光伝送装置のオープン化動向, TIP summit 2018 出張レポート

Wataru Ishida
nttlabs
Published in
10 min readOct 23, 2018

こんにちは、NTT研究所の石田です。

本記事では今私が取り組んでいる光伝送装置のオープン化に関する動向紹介と先週ロンドンで開催されたTIP summit 2018の出張レポートをさせていただきます。

前置き - データセンタネットワーク装置のオープン化

光伝送装置のオープン化について紹介する前にまずデータセンタネットワーク装置がどのようにオープン化、コモディティ化されていったか経緯を説明します。

従来のデータセンタネットワーク装置はハードウェアとソフトウェアが垂直統合され、一体型のアプライアンスとして販売されていました。

サーバやPCのようにハードウェアを買ってきて、後からOSを選びインストールすることはできませんし、後からソフトウェアをOS上にインストールしたり、自身で開発したソフトウェアを動かすこともできませんでした。
データセンタネットワーク装置はサーバと異なり、ネットワークトラフィックを処理するために専用の半導体(Switch ASIC)を搭載しており、この半導体の製造ベンダが得てしてネットワーク装置を製造するベンダと同一だったため、ネットワーク装置がコモディティ化せず、特殊な装置としてソフトウェアと一体で提供されていた背景があります。

しかしBroadcomに代表されるMerchant Switch ASICベンダの登場と普及により、どのベンダの装置もハードウェア自体には大した差異がない状況が生まれました。またネットワーク装置ベンダがハードウェアの製造をODMベンダに委託するケースも増えました。これに目をつけたのがGoogleやAmazonなどの大規模データセンタ事業者です。

急増するデータセンタ内トラフィックを捌くため膨大な数のデータセンタネットワーク装置が必要だった彼らは、ODMベンダからソフトウェアが載っていないネットワーク装置(ホワイトボックススイッチ)を直接購入し、
自身のエンジニアリングリソースを活かしてそれらを制御するソフトウェアを開発し、自社のデータセンタネットワークを運用しています

当初このように既存のネットワーク装置ベンダに頼らずにホワイトボックススイッチを活用できる企業は多くありませんでした。相当の調達力がないとODMとコストメリットのある取引はできませんし、オペレータの立場でネットワーク装置の制御ソフト(NOS)を開発しかつサポートも行えるだけのエンジニアリングリソースを持つ企業も多くありません。

この状況を変え、ホワイトボックススイッチを民主化したのがOpen Compute Project(OCP)でした。OCPはFacebookを中心に2011年に設立された団体で、オープンソースソフトウェア(OSS)の考え方をハードウェアにも応用し、ハードウェアの部品表(BOM)まで含めた設計図を公開することで、データセンタ事業者向けのオープンハードウェア市場を創出することを目的とした組織です。

OCPが扱うハードウェアの領域は多岐に渡りますが、その中でホワイトボックススイッチの設計図のオープン化も行われ、またホワイトボックススイッチを利用するハードルを下げるためのソフトウェア(ONIE, ONL, SAI)もOSSとして開発されています。

さらにホワイトボックススイッチ用のOSを開発、提供するソフトウェアベンダも登場したことで誰でもホワイトボックススイッチを利活用できる環境が整ってきました。

日本国内でも先進的な企業では採用が進んでおり、自社データセンタネットワークをもつ企業にとって無視できない選択肢になっています。

Yahoo! Japanの事例

LINE Corporationの事例

光伝送装置のオープン化とTIP

前置きが長くなってしまいましたが、光伝送装置もデータセンタネットワーク装置が辿った道と同様の道を辿ろうとしています。光伝送装置には長距離伝送を可能にするための専用の半導体(Coherent DSP)と光学部品が搭載されており、装置ベンダが内製でこれらを製造しているケースも多々あります。また光伝送装置はソフトウェア、ハードウェアが一体型で提供されてきたのはもちろん、対向装置、あるいは系全体で同一ベンダの装置、システムを利用する必要があり、データセンタネットワーク装置
よりもさらに垂直統合が進んでいます。

このような状況を打破し、光伝送装置間の相互接続性、装置内のソフトウェア、ハードウェアの分離を推し進めるため、いまNTTを含め多くのキャリア(電気通信事業者)、装置ベンダ、スタートアップが参加しているのがTelecom Infra Project(TIP)という団体です。

TIPはキャリアのインフラへの投資, 技術革新を活発化させるためにFacebookが発起人となり3年前に設立された比較的新しい団体です。TIPはOCPでデータセンタ事業者が享受した成功モデルをキャリアでも再現しようとしています。

TIPの扱う領域は多岐に渡り、私が主に活動している光伝送ネットワークを扱うOpen Optical & Packet Transportワーキンググループ(OOPT WG)の他にもセルラーネットワークやエッジコンピューティングを扱うワーキンググループなどもあり、参加企業は600社を超えています。

OOPT WGからはVoyagerとCassiniと呼ばれる2種類のホワイトボックス型伝送装置が発表され、設計図の公開が行われています。どちらもOCPで設計図が公開されているホワイトボックススイッチを元にしており(Wedge100とAS7712–32X)、それに光伝送用のデバイスが組み込まれています。またOOPT WGもOCPと同じく、オープンハードウェアの利用のハードルを下げるためのソフトウェア開発も行われています。そのような取り組みの一つがTransponder Abstraction Interface(TAI)です。

Transponder Abstraction Interface(TAI)

TAIはMicrosoftがOCPで始めたSwitch Abstraction Interface(SAI)の光伝送版です。SAIはホワイトボックススイッチに搭載されるSwitch ASICの制御をベンダ非依存で行うためのAPIを定義していますが、TAIは光伝送部品の制御をベンダ非依存で行うためのAPIを定義しています。

TAIの実体はCのヘッダファイルの集合で、光伝送部品ベンダがこのヘッダファイルに適合したライブラリ(libtai.so)をNOSベンダに提供することで、
NOSベンダが光伝送部品ベンダに依存せずに上位のアプリケーションを開発することを可能にします。

TAIはTIP下のgithubリポジトリで開発され、私はCumulus NetworksのScottとともにメンテナとして開発に携わっています。まだ始まったばかりのプロジェクトですが、Voyager, CassiniをサポートするCumulus LinuxIP Infusion OcNOSの両者で採用され、さらにMicrosoftが開発するOSSのNOS, SONiCにもTAIを用いた伝送機能の追加が計画されるなど、ホワイトボックス型伝送装置の伝送APIのデファクトスタンダードを目指して開発を進めています。

またTAIの開発を通して、ホワイトボックス型伝送装置の市場創出、活性化も目指しています。ホワイトボックススイッチは各ベンダから様々な機種が登場していますが、まだホワイトボックス型伝送装置はVoyagerとCassiniの2機種のみです。たくさん機種が出れば出るほど、オペレータにとっては選択肢が増え、より安価で品質の高いハードウェアが手に入りやすくなるため、TAIの活動により多くのオペレータ、ベンダを巻き込んでホワイトボックス型伝送装置市場を活性化させていきたいと考えています。

TIP summit 2018

先週ロンドンで開催されたTIP summit 2018ではTAIのお披露目が行われました。OOPT WGのチェアのHansからキーノートで発表があった他、TAIの取り組みに賛同していただいている各社からプレスリリースが行われました(TIP, Cumulus, IP Infusion, Acacia)。またニュースサイトにも取り上げていただきました。

Expo会場ではVoyager, Cassiniを用いたTAIの動態デモが行われました。

Cassiniのデモでは世界で初めて複数ベンダの複数種の光伝送トランシーバ(FOC CFP2ACO, Oclaro CFP2ACO, Oclaro CFP2DCO, Acacia CFP2DCO)を同一筐体で同時にTAIを利用して制御し、相互接続試験を行いました。

下の写真が動態デモの様子です。光ファイバーだらけでよく見えませんが、2台のCassiniに上記4種類の光伝送トランシーバを挿入し、Open Line System(OLS)と80kmのファイバーボビンを介して相互接続しています。

トラフィックジェネレータから計800Gbpsのトラフィックを流し、写真中央のモニタで可視化しています。

またTIP summit 2018の翌日にはFacebookにホストしてもらい、第一回TAI workshopを開催しました。参加者は既にTAIのリポジトリにコントリビューションがある人を中心に20名弱と小規模でしたが、細かいコードの修正から今後の方向性まで幅広いトピックで良い議論ができました。

半年後ぐらいにまた何かのイベントに合わせて第二回TAI workshopを開催する予定です。興味のある方はぜひ参加してください。(周知はこのエンジニアブログでもする予定です。)

最後に

光伝送装置のオープン化もTAIの開発もまだ始まったばかりです。一緒に茨の道を乗り越えてくれる仲間を探しています。既存伝送装置の置き換えやダークファイバの利用を考えられている方、ぜひ連絡をいただければと思います。NTTソフトウェアイノベーションセンタの新オフィス(田町)でビールを冷やしてお待ちしております!

前日の立ち上げは深夜に及びました

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