デザインのパラダイムは何だろう

Elena Suzuki
On the Design: Dialogue
11 min readMar 10, 2017

2017年2月20日、東京藝大の須永剛司ゼミで「デザインのパラダイム」について面白い議論が行われたので、以下にその概要、というよりも私自身の理解を記します。前置きが長くなりました。時間がない人はとりあえず3を読んでください。

1. 自然科学におけるパラダイム

まず初めに、そもそもパラダイム(paradigm)とは何なのか、簡単におさらいしてみます。パラダイムとは科学哲学者のトーマス・クーンが著書「科学革命の構造」で提唱した科学史上の概念です。大阪大学の入江幸男氏は以下のように解説しています。

1、パラダイム paradigmとは何か

「実際の科学の仕事の模範となっている例--法則、理論、応用、装置を含めた--があって、それが一連の科学研究の伝統を作るモデルとなるようなもの」

例:プトレマイオス天文学、コペルニクス天文学、アリストテレス力学、

ニュートン力学、粒子光学、波動光学、など。(1ー12)

・paradigmとは、文法の教科書などで、動詞などの語形変化を学ぶときに具体的に挙げられている範例のことである。クーンは、この意味を科学研究に転用した。

2、科学研究の三時期

クーンは科学研究を三つの時期に分けた。それは、

1、パラダイム成立以前の研究

2、一定のパラダイムに基づいた研究=通常科学

3、パラダイムの危機と変革の時期の研究

である。クーンによれば、パラダイムが出来上がり、それに基づいて研究が行われるということが、その科学の成熟の証しである。

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~irie/kougi/kyotsu/2002ss/2002A04paradigm.htm

パラダイムとは、ある時代、集団のものの見方、考え方を支配する認識の枠組みのことです。パラダイムは必ずしも一つの時代に一つのみが存在するわけではなく、競合する複数のパラダイムが長期にわたって存在することもあります。例えば、光の本性を粒子とする「粒子説」のパラダイムと、光の本性を波動とする「波動説」のパラダイムは古代ギリシャから並存し、対立を続けましたが、1920年代に量子力学が成立して以降「どちらとも捉えられる」と考えられるようになりました。

クーンのパラダイム理論で興味深い主張は「共訳不可能性(incommensurability)」です。パラダイムが異なる場合、「解くべき問題」「それに対する回答」「回答の正当性を担保する基準」も変化します。そのため、異なるパラダイムに属する科学理論の間には、両者の優劣を決定する物差しは存在しないのです。また、特定のパラダイムで正当性を持つ理論を用いて、他のパラダイムの問題を解くことはできません。この考え方は、科学が連続的に進歩するという従来の考えに衝撃を与えました。「どのパラダイムを選択するのか」という問題は、あるパラダイム内の科学では答えることができません。この問題に答えるためには、「どの問題を解くのがより有意義か」という、科学を超えた価値判断を行わなければならないのです。

2. 社会科学におけるパラダイム

ゲイリー・ガーツとジェイムズ・マホニーは、共著「社会科学のパラダイム論争」で、パラダイム理論を社会科学の分野に応用しました。

この本の「2つの文化」とは、定量的アプローチ(量的研究)定性的アプローチ(質的研究)を指します。調査対象が「どのように」生起したかを数値を使って調査する量的研究。調査対象が「なぜ」生起したかをフィールドワークなどを用いて深掘りして調査する質的研究。この二つのアプローチでは、導かれる結論が異なることが頻繁にあります。この両者間の違いを単なる手法の違いではなく、パラダイムが異なるのだと彼らは考えました。質的研究と量的研究の間には優劣はなく、「解くべき問題」「それに対する回答」「回答の正当性を担保する基準」が異なる存在です。そのため、質的研究者と量的研究者が互いの知見を尊重しながら対話をすることが重要だと彼らは考えました。

社会科学におけるパラダイム論では、「それぞれの研究の目的、動機、期待するものは、その研究の依拠するパラダイムあるいは世界観によって規定される」と考えます。パラダイムの概念はここで、 「研究者が根ざしている大きな学術のコンテクスト」という意味に拡張されるのです。

グーバとリンカンは、「質的研究ハンドブック」の中で、社会科学におけるパラダイムの構成要素を「存在論(ontology)」「認識論(epistemology)」「方法論(methodology)」の3つとし、パラダイムの類型として「実証主義」「ポスト実証主義」「批判理論」「構成主義(構築主義)」の4つを提示しました。この分類を下敷きにして、アクションリサーチ研究者の武田丈はさらに詳しい分析を行っています。武田は構成要素に「価値論(axiology)」を加え、他の研究者の行なった分類も参考にしながら、社会学の主な研究パラダイムを以下の図のように分類しました。

武田丈「参加型アクションリサーチ(CBPR)の理論と実践」p69 より

これを見ると、社会科学の分野においても、異なるパラダイム間では価値基準や認識の方法が大きく異なることがわかります。

この分類とは別に、アクションリサーチの研究者であるケミスとマクタガードが行なった実践研究のパラダイムの分類も興味深いです。彼らは、実践に関する研究のアプローチを「個人主義的な見方ー社会的領域の見方」「主観的焦点ー客観的焦点」の二軸の組み合わせた4種類の視点で考え、さらに全てを包括する視点を合わせた5種類のパラダイムを考えました。この分類では要素として「認識論」と「方法論」のみが挙げられています。

武田丈「参加型アクションリサーチ(CBPR)の理論と実践」p71 より

「デザイン研究」や「デザイン知」について考えている私たちにとって興味深いのは図の⑤の包括的なパラダイムです。

この視点では実践を、歴史的文脈の中で人々の社会的相互作用行為が織りなす広い網の目に組み揉まれる形で、行為している個人によって規定されるもの、として理解すると同時に、外的に与えられる客観的な側面と、内的に理解され解釈される主観的な側面の両方を持つものとして理解する。したがって、客観的条件を変えることは、状況が解釈学的に理解される仕方を変え、それが人々の「外的な客観的」世界への働きかけ方を変え、さらにそれが人々の行為が違った仕方で理解・解釈され、他の人々も違った仕方でふるまうことを意味するので「再帰的」だと言える。この再帰的・弁証法的な見方は、人々は世界の中の行為からつくられ、同時にその人たちは行為と歴史をつくる、という認識を重視し、こうしたプロセスが研究の中でどのように生じるかを理解することを目指す。

武田丈「参加型アクションリサーチ(CBPR)の理論と実践」p74

私たちが何かを「デザインする」ときは主観的に考えますが、ものは客体としてしか作ることができず、私たちは自分で作ったものを外から「見る」ことになります。また、デザイン実践のプロセスで「やって」「見て」「考える」中で、デザインの対象や問題、目的などが変化してゆく点においても、二項対立を超えた包括的な視点に立っています。

デザイン知とは、「主観的」であり、同時に「客観的」でもあるのです。

さて、引用文の中に出てくる「再帰性」について、少し考えてみたいと思います。というのも、デザイン知にとっても「再帰性」は重要な意味を持つのではないかと思ったからです。 社会科学において「再帰性 (reflexivity)」 とは、「○○についての言及が,○○自身に影響を与えること」、例えば研究結果が研究対象に影響を及ぼすことを示します。自然科学の分野では、観察結果が観察対象に影響を与えることは無い(と考えられている)ため、この性質は社会科学の特性の一つとも考えられています。

ではデザインにおける「再帰性」とは何なのでしょうか。デザインの実践を行うとき、私たちはそこに何かしらの価値、コンセプトを与えます。この時に作られたものが、私たちの手を離れて、時間をかけて人や環境と関わりを持つ中で、そこに含まれる価値やコンセプトが変化して、私たちのところへ戻ってくることがあります。デザインされたものに生じる価値変化や深化のプロセスが、デザインの重要な再帰的過程だと考えることができるのです。

そもそもデザインの究極の目的、ゴールは「価値創出」であり、私たちが日々手を動かして作っているのはそのためのツールなのかもしれません。

3.デザインのパラダイム

前置きが色々と長くなりましたが、ここからが本題です。

パラダイムを社会科学的な解釈に倣って「世界や現実に対する本質的な考え方」と考えると、「デザインのパラダイム」つまりデザイナーが根ざす価値基準や世界観とは何だろう?という疑問が湧いてきます。

これを定義すれば、この先の私たちの実践や研究の足場をしっかりとつくることができるからです。

私たちは、武田丈が提示した「トランスフォーマティブな研究パラダイム」を参考にしながら、「デザインのパラダイム」のラフスケッチを描いてみることにしました。トランスフォーマティブな研究パラダイムとは、アクションリサーチの一種であるCBPRが根ざすパラダイムとして示されていますが、これを参考にしたのはCBPRがデザインの研究手法と親和性が高いと考えたためです。

武田丈「参加型アクションリサーチ(CBPR)の理論と実践」p77 より

東京藝大大学院須永剛司ゼミによるデザインのパラダイム

2017.02.20

価値論

依拠する価値観や価値判断の方法

デザイナーは社会正義や人権の実現(社会的価値)に役立つものごとと、自律的に持続できる程度、自分で責任を持てる程度(responsibly limited )の社会的利益に役立つものごと(経済的価値)を両立して実現するために、文化的な歴史や相互作用の規範を重視する。

存在論

デザイナーは対象に対してどのように存在し、どのように振る舞うのか

何に対しても批判せずに、尊重(appriciate)しつつ受け取る。目の前の現実をちゃんと見る。できればその中にわたし自身が入る。何かデザインした時は、一番最初にわたしが使う。

認識論

デザイナーは対象をどのように分かろうとするのか。

デザイナーとデザイン対象との間は協働的であり、対話を通してそこにある社会的・文化的・経済的・技術的複雑さを丸ごと引き受けるものである。デザイナーとデザイン対象者は価値を共に作り出すパートナーとなる。

方法論

知識を見出す方法 / 現実を作り出す方法

人間の営みを長く持続していくことを目的にして、現実を見て「そこ」にいる人たちと共に「そこ」にある営みの本質を見出す。

「やって」「見て」「分かる」アプローチを用いる。

以上が、現時点で「デザインのパラダイム」として考えた定義です。

ここまで、自然科学や社会科学の学術領域における様々なパラダイムを見てきました。その上で、研究対象としてのデザインのパラダイムを考えましたが、そもそも「研究(research)」と「デザイン(design)」という二つの大きなパラダイムが存在するのではないか(2017.02.08須永剛司@東京藝大)と考えることもできます。

「デザインのパラダイム」問題は、デザイン実践と研究を考える上で今後も考え続ける必要があると感じています

鈴木英怜那@東京藝大山岳部山小屋「黒沢ヒュッテ」

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