「飛ぶ教室」と「先生」

アート&クラフトストアのMichael’s にいった時のこと。

ありとあらゆる手芸や工作のマテリアルが置いてあるお店。

久しぶりにキャンバスに色を塗ろうかな・・・などと思いながら、うろうろ。そして、たくさんのシールのシートが並んでいるシール売り場で立ち止まる。

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シールの話。

小学校の先生で、忘れられない先生が一人いる。中井先生。昭和の時代の話。中井先生は「飛ぶ教室」という学級新聞をほぼ毎日発行していた。わら半紙(わかる?灰色の紙)に印刷された学級新聞。コンピューターなんてなかった時代。美しい丁寧な字で、文章を手書きして、生徒が書いた詩とかも紹介して、クリップアートを切り貼り(はさみとのりで、よ)して、できた原稿を印刷するという作業。手伝った記憶がある。そんな地道な作業を毎日続けていた中井先生。

中井先生のクラスでは、自由課題があった。自分の自由課題のノートに「天声人語」とか「余禄」とかの新聞のコラムの切り抜きを貼って、その文章をノートに書き写すというもの。読むと短いんだけど、それを書き写すとなると結構な文章量。小学生の私には、永遠に長い文章を書く作業に思えて、テレビを見ながらヒーヒーなりながらやってた(笑)。今思えば、その少し大変なぐらいの文章を書き写す課題は、文章を書く素晴らしい練習になっていたのだと思う。

やらなくても良い自由課題をやっていたのには理由がある。

シールだ。

ノートを提出するたびに、動物のシールをもらえるというルールがあったのだ。人気のコアラとカンガルーはすぐになくなった。

今、考えると、たかがシールのために・・・と思うけど、小学生の私たちは、シールを集めるのことに大きな情熱を感じていた。ノートの表紙の裏に、一つづつシールを貯めていくことに。

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記憶。

わたしが日本で小中高の教育を受けた中で、尊敬できる先生って、今思うと少ないのだけど、中井先生は、心が成長した大人で、本当に「先生」と呼ぶにふさわしい人だった。繊細な子どもの心を読み取ってくれた。感情的になることもあったけど、厳しさの中に大きく包み込む優しさがあり、進む道を示してくれた。

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Michael’sのシール売り場で降りてきたそんな昔の想い出。

そんなふと降りてきた思いでを頼りに、中井先生が持ってたような動物シールを探してみたけど、なかった。

それでも、幾つか、キュートなシールを買った。子ども頃、喜びを感じたことは、大人になっても楽しい。

「祈り」も降りてきた。

子どもを教え、導く立場にある、すべての「先生」たちが、子どもの心を大切な宝物のように扱うことのできる、心が成長した「大人」でありますように。

大きすぎる願いかしら?

But someone has to hold a vision.