
夫がパン屋になりたいなどと言い始めた。そんな不安定な生活を望んでいないのだけど……。

『パン屋になりたい夫とわたし』
小学校の同窓会。40歳ともなれば、話題は子どもや家族のことばかり。
「さっちゃんは旦那さんとうまくいってんの?」
うん、と答えた上で、口ごもってしまう。有名企業で出世している。現状に不満はないけど……。
「実は夫がパン作りにハマっててね」
「平和だねぇ」
と同級生たちが笑う。
「どんどん上手になって、『パン屋になりたい』って言い始めたのよ」
夫が作るパンは美味しい。本人も「デスクワークよりもパン作りが性に合ってる」と言っている。それが趣味のうちは楽しかったのだが、ある日「脱サラしたい」と言い始めた。
「せっかく安定したお給料があるのに、それを捨ててまで……ねぇ……」
同級生たちは他人事だから「パン屋いいじゃん」「おれ買うよ」と笑っている。
「子どもの将来を考えると、パン屋じゃでしょ」
「でもさぁ、さっちゃん……、これ」
と同級生の男性が笑いながら、卒業文集を開く。
「さっちゃんの将来の夢、パン屋って書いてあるよ」
そんなことすっかり忘れていた。でもたしかに自分の字だった。
帰り道、ひとりになったとき「小学校の夢って叶わないのが普通だと思ってた」と呟いてみた。自分の声が思ったよりも明るいことに驚いた。
《No.120 お題:パン》
あとがき――アームチェア・フィッシャーマンという趣味の楽しみ方
趣味というのは、たとえその趣味をやれていないときでも楽しいものです。
その代表的な例が “アームチェア・フィッシャーマン” (肘掛け椅子の釣り師)という言葉に現れています。
わたしがこの言葉を知ったのは、敬愛する作家開高健氏の本。彼は釣り好きで、釣り関係の本も出しています。
釣りに行けないときでも、肘掛け椅子に座り、釣り具や釣り関係の雑誌を眺め、過去の釣りを思い返し、あるいは行ったことがない川や池を想像し、心の中で釣りをする。地図を見て「この場所にはきっと肴がいるに違いない」と思いを馳せる。
釣り師はたとえ部屋にいても釣りで楽しめるものなのです。
これは釣りでなくても「あるある」と思ってくれる人が多いのではないでしょうか?
スキーが好きで、滑れないときでもスキー板を磨くだけで楽しい、とか。
山登りが好きで、家で山地図を見るだけでワクワクする、とか。
というわけで最近は釣り関係の本を買い漁っています。井伏鱒二とか開高健とか、最近の人だと夢枕獏とか、ほかにもいますかね? 釣り関係のエッセイ/小説など教えてください。