老いた母にわがままを言わせたいのだけど……。
『わがまま』
父が亡くなって何年も経ち、残された母もようやく悲しみを乗り越えたように見えた。そんな母も老いには勝てず、最近はずいぶんと弱っていた。
「ねぇ、母さん。何かしたいこととか、欲しいものとかないのかい?」
何度も何度もそう訊ねるのだが「なあんもねぇ」と首を振るだけ。妹から探ってもらったが、答えは同じ……。
いつも父の顔色を伺って生きてきた母だ。父がしたいことをし、父が食べたいものを食べてきた。その父がいなくなった今、わがままをさせてやりたかった。
「ほら、食べたいものとか、行きたいところとかさ」
「孫の顔も見たし、ほしいものなんかねぇよ」
とまた首を振る。わたしはため息をついて庭を見た。母のヤマユリが咲いている。
「ずっと我慢我慢だったろう?」
「んなことねぇよ」
芯が頑固な母は首を振るばかり。
「母さんにわがまま言わせてやりたいんだよ。親孝行をさせてくれよ」と泣き言を言うと、ようやく母はジッと考え込んだ。
「――んだなぁ。んじゃぁ、腹一杯うなぎが食いたい。お前もうなぎが好きだろう?」
結局、母さんはわたしが食べたいものを言ったにすぎない。数日後、妹も呼んで、みんなでうなぎを食べた。わたしたちが旨そうに食べるのを、嬉しそうに見ていた。
母は3ヶ月後に亡くなった。最後までわがままらしいわがままを言わせることはできなかった。
《No.147 お題:わがまま》
あとがき――コンパスと地図
登山とかアウトドアというと、みんなが注目する道具といえば、テント、ナイフ、寝袋、調理器具なんかだと思います。ネットで見ていても「ナイフの使い方」とか「テントのレビュー」みたいな記事は山ほどあります。
しかし、ちょっと注目度が低いけど、実はそれよりはるかに重要なものがあります。
それがコンパスと地図。
今どきスマホ+GoogleMapで、ナビ頼りな人も多いと思いますが、山に入ればやはりコンパスと地図が必需品。しかもただ持っていればいいというものではなく、使い方を知っている必要があるので練習が必要です。
ちゃんとコンパスの使い方が分かっていれば、山の中で迷う可能性も少ないし、遠くに見える山の名前を地図から割り出すこともできる。
地味だけど、覚えたいコンパスと地図の使い方を身につけましょう。