Ken Takeshige
原稿用紙1枚の物語
3 min readAug 7, 2016

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暑い日に自分で扇ぐうちわの風というのも悪くないものです。

『うちわで扇ぐ』

家に着くなり婆ちゃんがみんなの麦茶を出した。

「やっぱり田舎はいいわ」

母さんが言い、父さんは「そうだなァ」と外に広がる婆ちゃんの畑を見る。

「冷房つけようよ」とわたしが言うと、婆ちゃんはひょいとうちわを差し出した。

「これくらいなら、うちわでいいでしょ」
「たしかに」

扇いでみると、手頃な風が心地いい。

「よもぎ餅、好きだろう? 作っといたよ。東京じゃ食べられないだろう?」
「食べてるよ。コンビニでも買えるしね」
「そうかい。なんでも簡単に手に入るんだねェ」

婆ちゃんがよもぎ餅を取りに行く後ろ姿が寂しそうに見えた。100円で買えるよもぎ餅と、婆ちゃんがヨモギを集めて作ってくれたよもぎ餅を一緒にしてしまったことを悔いた。

婆ちゃんが作ったよもぎ餅を食べると鼻にスッと香りが抜けた。

短い夏休みを終えて東京に帰る日、婆ちゃんは「手土産に」とよもぎ餅を包んでくれた。

「ねぇ、うちわも持って帰っていい?」
「いいけど、そんなんでいいのかい?」
「わたし、よもぎ餅は作れないけど、涼むための風くらいは自分で作りたいから」

婆ちゃんは笑って、紙袋に家にありったけのうちわを入れてくれた。

《No.152 お題:うちわ》

あとがき――妻が茶道を始めたこと

妻もわたしもいわゆる「日本文化」に興味がある。

世界一周の旅を終えて、強く残った感情は「日本を知りたい」だった。

ぼくは日本古来の釣りである「テンカラ釣り」を始め、妻は日本食の勉強に励んでいたのだが、最近、茶道に手を伸ばした。

旅の前は「茶を1杯飲むのに、なにを面倒なことを――」と思っていたのだが、いま勉強してみると茶道にも深みがあることを知り、その深みに興味を持った。ぼくは興味程度だが、妻はそこに飛び込む決意をしたようで、月に数回教室に通っている。

試しに家の和室で妻に抹茶を入れてもらう。

外で鳴く蝉の声、鳥の声、風の音、うって変わって和室の清閑。室内で聞こえるのはお茶を淹れる所作だけ……。

これは一種の瞑想です。こころが落ち着き、時間を忘れて、日本の四季を楽しめる。

「極める」というのとは違うけど、想像以上に楽しめる営みなのだと実感しました。

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Ken Takeshige
原稿用紙1枚の物語

小説書いてます。『池内祥三文学奨励賞』受賞。世界旅を終え、作家活動中。 noteやMediumで小説を連載。ブログ『日刊ケネミック』→ http://kenemic.com | Amazon著者ページ→ http://amzn.to/1sh7d1f