Ken Takeshige
原稿用紙1枚の物語
3 min readAug 12, 2016

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せっかく海に来たというのに、防風林の下を歩く彼女。その意味は?

『防風林の下』

京子が「海に行きたい」と言うので、少し遠くの海まで車を走らせた。八月末、クラゲが増え、水が冷え、泳ぐ人の数は減っていた。それでも念のために、とカバンの奥に水着は忍ばせてある。

駐車場に車を停め、京子はスタスタと前を歩く。しかし一向に海に近寄るわけでもなく、砂浜を歩くわけでもなく、住宅地と砂浜の間にあるクロマツの防風林の下を歩いている。

「もしかして、日焼け止めを忘れたの?」
「どうして?」
「だって、ずっと木陰を歩いてるから」
「ここがちょうどいいんだもの」

そう言って京子はまた前を向く。有無を言わせない雰囲気はあったが、それがかえって好奇心を誘った。

「ちょうどいい、ってどういうこと?」
「左を見ると素敵な海と砂浜、右を見ると道路や住宅地がある現実の世界。で、この防風林はその境界線。あっちともこっちともつかない、微妙な場所でしょ。まるでわたしたちみたいじゃない?」

ぼくは彼女が言いたいことを察して、俯いた。

「さ、そろそろ帰りましょ。奥さんが心配するわ」

《No.156 お題:海》

あとがき――YouTubeのカメ五郎さんという人

YouTubeで知った動画主『カメ五郎』さん。この人の動画がおもしろくておもしろくてハマっている。

https://www.youtube.com/channel/UCYekAQGJOCcLC3YNV1NZvLQ

どういう人かというと、「狩猟生活」と銘打って、山の中に入り、山で捕れたものだけを食しながら生きていこうとしている。もちろん期間限定で、1回1回の入山は数日~1週間程度(?)のようですが、それでも「捕れたものだけで生きていく」というのは結構壮絶な光景です。

「狩猟生活」と言っている位なので、第一目標は獣。罠を仕掛け、鹿を獲ります。とはいえ、捕れるまでは食べ物に困るので、山菜やキノコを採集し、それを飢えをしのぐ、と。

獲った動物はムダにしないという方針も好感が持てますし、失敗シーンも堂々と見せていくその姿に胸を打たれます。とくに狩猟における失敗は、世間から叩かれてもおかしくないようなものもあるので、それを公開していく彼の心意気はかなりのものでしょう。

彼の印象的な失敗のひとつは、彼の初めての罠猟でのことでした。仕掛けた罠が鹿の足にかかっていたのですが、彼はかかった鹿を殺す準備をしていませんでした。精神的にも動物を殺すことを覚悟し切れてなかったのか、鹿の元を離れ、殺すための道具の用意を始めます。時間を空け、心を落ち着かせてから罠に戻ると、鹿は自らの足を切り落として、逃げていたのでした。

「手負いの動物を作っちまうなんて猟師として最低だ」

と彼は1日落ち込んでいるものですし、猟師としてはできれば人に見せたくない瞬間のはず。それをあえて公開したことは、すごく意義のある行為だったとわたしは信じています。

その動画を見た人はきっと心がざわついたはず。そのざわつきはきっと多くのことを考えるきっかけになるだろうと思います。

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Ken Takeshige
原稿用紙1枚の物語

小説書いてます。『池内祥三文学奨励賞』受賞。世界旅を終え、作家活動中。 noteやMediumで小説を連載。ブログ『日刊ケネミック』→ http://kenemic.com | Amazon著者ページ→ http://amzn.to/1sh7d1f