ウソをつかれるのが嫌いという妻に、大事な場面でウソをつくか、つかないか。
『ウソ嫌いの妻』
病院から電話があった。妻が運転する車が事故に巻き込まれたらしい。4歳の娘も乗っていた。
「覚悟していらしてください」
電話口で担当者が言った。病院に着くなり、医者は「お子さんは亡くなられました」と頭を下げた。
「妻は!?」
「奥様も、もう時間の問題です」
できることもない、と医者は続けた。まだ意識があるという妻と会うことになった。
「奥様の為にも、お子さんは生きていると、伝えてあげてください」
妻はウソを嫌っていた。この世界に優しいウソなんてない、といつも断言していた。幼い頃、母の「サンタクロースはいる」という言葉を信じ続け、それが嘘だと分かったとき、本気で怒ったほどだ。
――嘘だけはやめて。あなたが不倫する日がきたら、そう言って。1度でも嘘をつかれたら、その先、一生、あなたの言葉を疑わなくちゃいけなくなるから。その代わり、あなたの言葉はすべて信じる。
結婚したとき、妻が言っていたのを思い出す。
「娘は?」
かろうじて開いた唇で、妻が言った。顔の傷は大したことがないが、青ざめ、震えている。ぼくは医者を見る。医者は頷く。今度は妻の顔を見る。泣いていた。
「生きてる。娘は生きてるよ。だからお前もがんばれ」
すらすらと、ぼくはウソをついた。妻はもう言葉も出ないようだった。僅かに動く唇に耳を寄せる。
「ありがとう」
妻はそのまま息を引き取った。ぼくは1人になった。妻が嫌う嘘つきになって……。
あとがき――子連れの猪
最近、うちの周りで猪をよく見かけます。
特に子連れの猪3~4頭のうりぼうを連れて歩く猪一家を見かけます。
あいつら人間を見てもろくに逃げもしないんですよ。
「ちぇ、人間かよ。あっちいこうぜ」ってな具合に、めんどうくさそうに離れていくだけ。
なんだか可愛らしくて、見えなくなるまでジッと見ている自分がいます。