Ken Takeshige
原稿用紙1枚の物語
2 min readSep 5, 2016

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ウソをつかれるのが嫌いという妻に、大事な場面でウソをつくか、つかないか。

『ウソ嫌いの妻』

病院から電話があった。妻が運転する車が事故に巻き込まれたらしい。4歳の娘も乗っていた。

「覚悟していらしてください」

電話口で担当者が言った。病院に着くなり、医者は「お子さんは亡くなられました」と頭を下げた。

「妻は!?」
「奥様も、もう時間の問題です」

できることもない、と医者は続けた。まだ意識があるという妻と会うことになった。

「奥様の為にも、お子さんは生きていると、伝えてあげてください」

妻はウソを嫌っていた。この世界に優しいウソなんてない、といつも断言していた。幼い頃、母の「サンタクロースはいる」という言葉を信じ続け、それが嘘だと分かったとき、本気で怒ったほどだ。

――嘘だけはやめて。あなたが不倫する日がきたら、そう言って。1度でも嘘をつかれたら、その先、一生、あなたの言葉を疑わなくちゃいけなくなるから。その代わり、あなたの言葉はすべて信じる。

結婚したとき、妻が言っていたのを思い出す。

「娘は?」

かろうじて開いた唇で、妻が言った。顔の傷は大したことがないが、青ざめ、震えている。ぼくは医者を見る。医者は頷く。今度は妻の顔を見る。泣いていた。

「生きてる。娘は生きてるよ。だからお前もがんばれ」

すらすらと、ぼくはウソをついた。妻はもう言葉も出ないようだった。僅かに動く唇に耳を寄せる。

「ありがとう」

妻はそのまま息を引き取った。ぼくは1人になった。妻が嫌う嘘つきになって……。

あとがき――子連れの猪

最近、うちの周りで猪をよく見かけます。

特に子連れの猪3~4頭のうりぼうを連れて歩く猪一家を見かけます。

あいつら人間を見てもろくに逃げもしないんですよ。

「ちぇ、人間かよ。あっちいこうぜ」ってな具合に、めんどうくさそうに離れていくだけ。

なんだか可愛らしくて、見えなくなるまでジッと見ている自分がいます。

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Ken Takeshige
原稿用紙1枚の物語

小説書いてます。『池内祥三文学奨励賞』受賞。世界旅を終え、作家活動中。 noteやMediumで小説を連載。ブログ『日刊ケネミック』→ http://kenemic.com | Amazon著者ページ→ http://amzn.to/1sh7d1f