退職したら

あれですね。「退職したらこれをしたい」という話や、「退職したからこれ(旅行とかいろいろ)をしている」とかいう話があります。

そういう話で、どうも気になるのが「退職したら/退職したから」という言葉が頭に着くこと。それが頭に着くということは、「今はやりたいことをやっていないの?」と思い、「やってないのはなぜ?」と思うからです。

もちろん、退職してからやりたいと思っていたことをやって、かつ成果とかいろいろ出している人がたくさんいることも知っています。でもそういう人でも、勤めている間からいろいろ準備をしていることが多いみたい。そういう広い意味では勤めている間からもうやってると言えるのかもしれません。あるいは、どうにもならない理由があって、やりたい事を抑えこまざるをえない方がいらっしゃる事も知っています。なので、この段落で挙げたような方々は、このstoryの話題からは外れて頂きます。

やりたい事でもない事を何十年も続けて、その間やりたい事を我慢するのは凄いなぁと思います。何十年もやりたい事を持ち続けるのも凄いなぁと思います。

でも、「なぜ今、やってないの?」という疑問がどうしても浮かんできます。今、やってないということは、それほど強くやりたいと思っている訳ではないのでは?

昔出版された「小説の書き方」的な本に、こういう一節があります。(著者陣が魅力的なので昔、買いました。書き方なんか期待していなかったし、実のところ書き方なんか書いてない(笑)。一応話題の分担はなされているので、題材の割り振りは著者の間で行なわれているようです。ですが、どう見ても好き勝手なことを書いているように見えます。”SFの書き方”, アメリカSF作家協会 〔小隅 黎 監/訳〕, 1976, Writer’s Digest Books 〔邦訳 昭和59年, 講談社〕.)

ハーラン・エリスンが、折にふれてもう何度となく言っているところによると、ものを書くことは単に ―ごく初歩的な意味でも― この新作中編で車が買えるとか、長編一本で抵当が払えるとかいったものではない。人がものを書くのは、書かずにはいられないからなのだ。

(太字部分は傍点付)

「退職したら」という言葉がつくと、どうもこの「書かずにはいられない」に相当する意欲、あるいは衝動の欠落に思えてしまうのです。

そしてその章はこのように結んであります。

しかし、信じようと信じまいと、それが楽しいのだ。また金銭ずくを超えて報われる仕事なのだ。だから、もしあなたも私と同様、その興奮を味わいたいと思うのなら……。どうしてこんな本など読んでいるんだ? すぐ自分のタイプライターの前にもどって、書きたまえ!

(太字部分は傍点付。「書きたまえ!」は傍点付かつ太字)

2つめはもうこの本の存在意義を自分で全否定してますが(笑)。この2つの引用部分は至極もっとも、当たり前のことを書いているように思います。やりたい事があるなら、なぜ今それをやっていないのか? やりたい事があるのなら、なぜそれをやらないでいる事を我慢できるのだろうか? 私にとっては極めて不可解な事です。(もしかしたら引用部分には著者による脚色もあるのかもしれませんが。)

反論はいくつもあると思います。ですが、おそらくこの質問でほぼ全てに対して応えられると思います(答えではありません。対応できるという意味で)。「何のために生きているの?」

ただちょっと追加すると、「やりたい事」と言うとどういうわけか「遊ぶ事」と同義であるかのようにとらえる人がいます。これはさっぱり理解できません。いやまぁ「遊ぶ事」と同義でないわけでもありませんが。これは「遊ぶ」の意味が違うんだろうなと思います。脂汗を流していても、頭を抱えて唸っていても、それは「遊んでいる」んですけどね。なぜそれが「遊んでいる」になるのかもと言えば、脂汗を流していても、頭を抱えて唸っていても「楽しい」から。おっとそうなると「楽しい」の感覚の違いになるだけか。やっぱり説明するのは難しいなぁ。

生物として見た場合、「書かずにはいられない」というような意欲とか衝動は不要なものかもしれません。生きて子孫を残すのが生物の本分なのですから。それとは無縁な意欲などは不要なものでしょう。そういう意欲を持つなどということは遺伝子か生育環境か、どこかは分かりませんが、どっかでエラーが発生した結果でしかないのかもしれません。なにせ生物としてはなくても構わないものを持ち、振り回されているのですから。まぁそういう意欲や衝動を持つという事はミュータントって事になるでしょうか。

あるいは、もしかしたらそういう意欲や衝動に逆らえない(あるいは逆らえないほどの意欲や衝動)というのは、むしろ動物に近いのかもしれません。

ミュータントにせよ動物にせよ、「退職したら」と言える人間と分かり合うのは難しいのだろうなぁと思います。

追加的になりますが、「退職したから」というのもどうなんだかと思います。私は退職したら何か屋号でも取ってやりたいことを続けると思いますが。歳とかでやりたい事を区切る理由がさっぱり理解できません。


あ、一般的な話として。退職を期に自伝とかまぁいろいろと自費出版するのは止めてください。例外はありますが、それはゴミですので。むしろただの家計簿や日記の方が、100年後にとんでもない価値を持つことになります(おそらく)。


本文とはまったく関係ありませんが。

先に日本語のstoryの集積場となっていた「日本語の記事」コレクションが、現在モデレータの方が離れているのか、storyの承認が行なわれていません。コレクションの本来の使い方(あるいはMedium側のもともとの意図)としては、コレクションの持ち主が「あ、これを集めておきたい」というものを集めておくもののようです。「日本語の記事」コレクションはそれとはズレた利用方法をされていたと言えると思います。

というわけで、「投稿待ってます」というスタンスのコレクションを作りました。「日本語のストーリーⅢ」です。なんかコレクションの検索をしてもなかなか出てくるようにならないので(どういう条件なんだろ?)、ここで告知します。こちらは私が管理するというつもりでもないので、モデレータ権限をできるだけ出していきたいと思います。

「ここを見ればとりあず日本語の記事がある程度集まっている」という場所があってもいいだろうと思いますので、ここで告知します。ぜひご利用ください。