Lean Canvas for Nonprofits

NPOも使える「ビジネスモデル・キャンバス」と「リーン・キャンバス」

笠原 孝弘
The Lean Series for Good

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前回、NPOにリーン・スタートアップは応用できるのか、その課題と可能性を書きました。

Lean for Nonprofits ――リーン・スタートアップ(高速仮説検証プロセス)はNPOに応用できるか?

リーン・スタートアップの手法を実行するために必要なのがリーン・キャンバス(Lean Canvas)です。日本でも有名になった書籍『ビジネスモデルジェネレーション』にあるビジネスモデル・キャンバス(Business Model Canvas)を、より顧客への価値提供とその活動へ徹底的に集中し、他の活動をそぎ落として高速仮説検証するツールです。

数週間から数ヶ月かかるビジネスプラン(事業計画書:事業収支計画、プロモーション戦略、パートナー戦略、マーケットリサーチ、コンセプト)と違い、「リーン・キャンバス」は半日もあれば複数のプロジェクトの仮説を書くことができます。さらに、1ページに簡潔にまとめるので頻繁に更新することも可能です。商品、サービス完成前にニーズが確認でき、顧客の反応を見て改善していきます。時間、お金、サポート、モチベーション等の制約がある活動環境の中で、仮説を何ヶ月もかけて計画し、更新せずに塩漬けにするよりも、立てた仮説を3日や1週間で検証し、常に学び、ビジネスモデルの仮説を実験し続けるのが、リーン・スタートアップの手法です。

「ビジネスモデル・キャンバス」のつくり方

まずは、「リーン・キャンバス」の元になった「ビジネスモデル・キャンバス」です。どのように顧客に価値を提供し、金銭的、非金銭的な成果を出し、社会に変化を起こしていくかのプロセスを1枚にまとめた戦略の青写真です。次の9つの要素を順番に埋めていきます。

Business Model Canvas for Nonprofits JP ver.1.0

※NPO向けに「ビジネスモデル・キャンバス」の用語を一部変更しています。

1.顧客セグメント(Customer Segments)

サービスを提供する顧客は誰か。特に啓発活動が中心のNPOは多様なステークホルダーがいるでしょう。
※例:企業、政府、生活者・消費者、NGO、活動家、支援者、寄付者、ボランティア、ファンドレイザー、「社会貢献型商品」の購入者

2. 価値提案(Social Value Propositions)

顧客にどんな価値提供をするか。顧客の抱える課題を解決したり、ニーズを満たしたり。複数の顧客がいる場合はそれぞれについて記入します。

3. チャネル(Channels)

顧客にどのようにサービスを届けるか。(1)認知度向上、(2)評価を受ける・フィードバック、(3)購入プロセス、(4)サービスを届ける、(5)フォロー・サポートのそれぞれの方法について記入します。

4. 顧客との関係(Customer Relationships)

顧客との関係構築方法(エンゲージメント)を記入します。

5.成果・社会的影響(Outcome Streams & Social Impact)

顧客からどんな方法で金銭的、非金銭的成果を生み出しますか。また、その成果により社会にどのような変化が起きるか。
※金銭的成果例:寄付、助成金、販売売上、対価、定期会員化(それぞれプライシングの設計が必要)
※非金銭的成果例:行動変容、ミッションの中間目標達成、支援者化、キャンペーンの広がり、メディア取材・報道

6.リソース(Key Resources)

顧客に価値提供するために必要なリソースは何か。チャネル(Channels)や顧客との関係(Customer Relationships)、成果を出す(Outcome Streams)ために必要なことを記入します。

7.主要活動(Key Activities)

顧客に価値提供するために必ず行わなければならない重要な活動は何か。チャネル(Channels)や顧客との関係(Customer Relationships)、成果を出す(Outcome Streams)ために必要なことを記入します。

8.パートナー(Key Partners)

資金調達源、連携するファンドレイザーやスキルやノウハウを持っている人・組織等、主要なパートナーは誰か。何を提供してもらうか、それに対して何を提供するかを記入します。

9. コスト構造(Cost Structure)

顧客に価値提供するために発生するコスト(「固定費」と「変動費」)は何か。リソース(Key Resources)で最もコストが高い部分はどこか。主要活動(Key Activities)で最もコストが高い部分はどこか。

「ビジネスモデル・キャンバス」活用方法の提案

ビジネスモデル・キャンバスは、仮説を書き、そこから検証した結果から更新していくものですが、顧客セグメント、パートナーが多様かつ、受益者からサービスの対価をもらうことが出来ないケースがある等、NPOはキャンバスの書き換えが難しい、もしくは1枚で収まらず複数枚作成が必要かもしれません。

そこでプロジェクト単位、マーケティング施策実行には、「リーン・キャンバス」の活用をおすすめします。「ビジネスモデル・キャンバス」を組織の全体戦略の青写真として折を見て更新する“静的”なものにし、「リーン・キャンバス」を顧客に集中して高速で仮説検証を行う“動的”な戦略図として活用します。

「リーン・キャンバス」のつくり方

「リーン・キャンバス」は、ビジネスモデルを9の部品に分解し、不確実でリスクの高いものから体系的にテストし明確化していきます。完璧な答えを見つけられなくても、空欄部分があってもOKです。作成した仮説の検証ポイントを押さえて、改善点を見つけ、素早く更新していくのが大切です。ストレスなく生産性を発揮する仕事術、タスク管理手法の「GTD(Getting Things Done)」の姿勢でキャンバスを書いていきましょう。

Lean Canvas for Nonprofits JP ver.1.0

※NPO向けに「リーン・キャンバス」の用語を一部変更しています。

1. 顧客セグメント(Customer Segments)

ターゲットにする顧客は誰か。サービスの受益者、商品購入者や、寄付者の属性、法人寄付、助成プログラムなどを記入します。
また、アーリーアダプターは誰でしょうか。顧客への影響力が大きく、オピニオンリーダーとも呼ばれます。
※注意:アーリアダプターはメインの顧客ではない。

2.課題(Problem)

顧客が抱える課題を上位3つは何か。また、満足はしていないものの、顧客が活用している既存の代替サービスや商品はなにか。

3. 独自の価値提案(Unique Value Propositions)

あなたの活動が他に比べて注目、差別化できるポイントは何か。明確で印象に残る説得力のあるメッセージを記入します。「正しい」答えは出ないかもしれません。まずは心に浮かんだ言葉でOKです。

4.ソリューション(Solution)

それぞれの顧客に対してあなたの実行施策の上位3つの機能を記入します。それぞれの顧客が抱える課題に対して「実行可能な」施策です。

5.チャネル(Channels)

顧客にどのようにサービスを届けるか。認知度向上、評価を受ける・フィードバック、購入プロセス、サービスを届ける、フォロー・サポートのそれぞれの方法について、無料 / 有料ツールの活用を踏まえて記入します。
※無料ツールの例:メール、ブログ、検索エンジン最適化、eBook、小冊子、オンラインセミナー
※有料ツールの例:チャリティイベントの開催、営業電話、インターネット広告

6.持続的な収益の流れと社会的影響(Financial Sustainability& Social Impact)

事業継続のために収益の流れをつくることが必要です。顧客からどんな方法で金銭的成果、非金銭的成果を生み出すか。また、その成果により社会にどのような変化が起きるかを記入します。
※金銭的成果例:寄付、助成金、販売売上、対価、定期会員化(それぞれプライシングの設計が必要)
※非金銭的成果例:行動変容、ミッションの中間目標達成、支援者化、キャンペーンの広がり、メディア取材・報道

7.コスト構造(Cost Structure)

顧客に価値提供するために発生するコスト(「固定費」と「変動費」)は何か。

8. 主要指標(Key Metrics)

あなたの活動が成功するために必要な数字は何か。計測する主要活動を記入します。

9. 圧倒的な優位性(Unfair Advantage)

他が簡単にコピーや購入が出来ないものは何か。この欄が最も記入が難しいでしょう。空欄でもOKです。ただ、考え続けることを忘れてはいけません。
※例:教育業界の第一人者が理事にいる。世論を動かす強烈なオピニオンリーダーがいる。

ソーシャルビジネスの「リーン・キャンバス」事例

flickr.savrae

靴が1足購入される度に、途上国の子どもたちに新しい靴を届ける「TOMS(トムス)」のビジネスモデル One for One (ワン フォーワン)を事例にリーンキャンバスを書いてみます。NPOや女優、セレブを巻き込んだチャリティーシューズの展開に定評があり、“ひとつ買うと、困っている誰かにもうひとつ”という購買モデル One for One を世界中に広めたブランドです。

1. 顧客セグメント(Customer Segments)

・「社会貢献型商品」の購入者
・靴に関するコミュニティを探している人
・ボランティア希望者

【アーリーアダプター】
・途上国の寄付につながるブランドが大好きな人

2.課題(Problem)

・先進国消費者が購買する商品の背景(特に安価に購買可能な商品)

【既存の代替商品】
・ One for One モデルではない一般の靴
・NPOに寄付をしている

3. 独自の価値提案(Unique Value Propositions)

お客様が品質の良い1足の靴を購入されるたびに、靴を必要としている子ども達に新しい1足の靴が贈られる。“ひとつ買うと、無料で誰かにもうひとつ届く”。

4.ソリューション(Solution)

靴の製造過程や流通システムと寄付の仕組みを One for One でつなげる。

5.チャネル(Channels)

・口コミ
・ソーシャルメディア
・広告パートナー
・靴小売業のネットワーク
・広報支援してくれるボランティア

6.持続的な収益の流れと社会的影響(Financial Sustainability& Social Impact)

・靴の売上、小売業経由の販売
・この事業が創始者のお金から自立して、営利企業と慈善団体の組み合わせ(ハイブリッド型)の経営を成り立たせること。
・TOMS のセオリーオブチェンジ(変化の法則)と、それに付随する測定基準によって、彼らの活動が狙っているインパクトを世界に証明すること。

7.コスト構造(Cost Structure)

・靴の製造コスト
・マーケティングコスト(世論の経済に対する楽観傾向によりコスト削減)
・寄付する靴の配布(ボランティアによりコスト削減)

8. 主要指標(Key Metrics)

・顧客獲得率
・セオリーオブチェンジ(変化の法則)に即したインパクト指標

9. 圧倒的な優位性(Unfair Advantage)

・TOMS のブランド競争力(理念に基づいている)
・全従業員のボラタリー精神

socialleancanvas.com

「リーン・キャンバス」は顧客インタビューを中心にして更新する

「リーン・キャンバス」が完成したら、顧客の反応から仮説検証をし、学び続け、キャンバスを更新していきます。仮説検証の方法はステージごとに実験(顧客インタビュー)するポイントが異なります。

ステージ1:顧客の課題を理解する
ステージ2:ソリューションを決定する
ステージ3:定性的に検証する(MVP:Minimum Viable Product 検証)
ステージ4:定量的に検証する(行動につながる指標:Actionable Metrics の設定など)

「リーン・キャンバス」を更新する各ステージの顧客インタビューのポイントは、製品(サービス・商品)リスク、顧客リスク、市場リスクのそれぞれの不確実な状態に着手し、改善の必要性を理解し、そして、フィードバックを基に素早く改善を行います。

ステージ1「顧客の課題を理解するインタビュー」

◆製品リスク
課題:解決に値する課題かどうか確認(顧客はどのようにしてこちらが仮説にした上位3つの課題に優先順位をつけたか。)

◇顧客リスク
顧客セグメント:課題を持つ人、支援者を特定(誰が困っているのか。それは実用的な顧客セグメントか。)

◆市場リスク
既存の代替品:既存の代替品から競合他社を特定(ソリューションの価格を設定。競合は誰なのか。今はその課題をどのように解決しているか。)

ステージ2:「ソリューションを決定するインタビュー」

◆製品リスク
ソソリューション:最小限のソリューションMVPの決定。(課題をどのように解決するか。サービスリリースに必要な最低限の機能は何か。)

◇顧客リスク
アーリーアダプター:製品を今すぐに欲しいと思うアーリーアダプターに範囲を狭める(誰が困っているのか。どうやってアーリーアダプターを発見するか。)

◆市場リスク
収益の流れ:顧客の声を聞いて、価格をテスト。(どのような価格モデルにするか。顧客はソリューションにお金を払うか。いくらなら寄付するか。)

ステージ3:「定性的に検証する(MVP検証)インタビュー」

◆製品リスク
独自の価値提案:MVPを構築して、小規模に検証(製品の魅力は何か。ウェブサービスであればトップページ、ランディングページは注目されているか。例えば顧客は寄付決済完了までの流れを最後までたどり着けるか。要改善ポイントはどこか。構築したMVPをは独自の価値を提示できているか。)

◇顧客リスク
チャネル:既存のチャネルでさらに顧客を集めることが出来るか。十分な顧客はいるか。有料チャネルから開始してもOK。

◆市場リスク
収益の流れ:顧客の行動を見て、価格をテスト(価格は適正か。顧客はソリューションにお金を払ってくれるか。)

ステージ4「定量的に検証するインタビュー」

※このステージは顧客インタビューが中心ではない。

◆製品リスク
主要指標:大規模に検証(行動につながる指標:Actionable Metrics の設定など。)

◇顧客リスク
チャネル:少しずつ拡大可能な無料チャネルを構築 / 開発。早ければ早いほどいい。

◆市場リスク
コスト構造:ビジネスモデルがうまくいくように、コスト構造を最適化する。

顧客はあなたのソリューションに興味はない。興味があるのは、顧客自身の課題だ。
――デイブ・マクルーア、500 Startups社

MVP(Minimum Viable Product)や行動につながる指標(Actionable Metrics)を解説した前回の記事はこちら

参考書籍・サイト:
・アッシュ・マウリャ『Running Lean』(オライリージャパン)
・LEAN CANVAS BUSINESS MODEL | thinklean with e-boost
http://issuu.com/hangerrrrr/docs/lcbmguide
・Example Canvas — Toms Shoes |
social lean canvas
http://socialleancanvas.com/blog/2014/03/19/example-canvas-toms-shoes/

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