shunsuke ikegaya
8 min readMar 15, 2016

微生物の働きから生まれる美味しい酒

寺田本家 - 寺田優

【プロフィール】
寺田本家24代目当主
創業340年を超える寺田本家24代目当主。学生時代にはバックパッカー生活を送り、動物を撮影する動画カメラマンのキャリアを経て、寺田本家に婿入りする。かつての自然酒造りの手法に携わることで発酵への知見を深め、現在は「神崎発酵の里協議会」の代表世話人も務める。毎年3月中旬には、発酵に関わるさまざまな業種の人が出展する「お蔵フェスタ」を開催。『麹・甘酒・酒粕の発酵ごはん』(PHP研究所)は、パートナーである寺田聡美との共著書。

江戸時代の延宝年間、1673年頃に現在の千葉県香取郡神崎町の地で寺田本家が創業した。無農薬・無化学肥料で生産された米と蔵内の湧水で、純粋な自然製法を行う造り酒屋だ。24代目当主を務める寺田優は、発酵を引き起こす微生物のための環境作りを徹底する。

動物カメラマンから造り酒屋へ

以前は映像を作るプロダクションにおりまして、そこでおもに動画の撮影をしていました。対象は昆虫や鳥、動物です。テレビの動物番組や、博物館の資料映像などの制作です。その仕事を辞めてしばらく、いろいろな農家さんを訪ね歩いていた時期があるんですね。そのときは、農業をやってみたいという思いがあったのです。妻が寺田本家の娘なんですが、そのときはまだ結婚前で「寺田本家でも田んぼをやっていて、お酒造りをしながら米作りもできるよ」と誘われたのが、ここで働き始めたきっかけです。

自分の都合ではなく、自然を相手にして、自然に対して委ねるというところが、お酒造りでも動物の撮影なんかに通じると思います。そのときに学んだことが、お酒作りにも役立っているんじゃないかと思いますね。

寺田本家の裏手には西暦700年頃から続いている神社があって、その森は天然記念物に指定されているんです。動植物が保護されていて、貴重な植生が残っているといわれています。お酒の原料は米と水なのですが、どんなお水かによって味ががらっと変わってしまいます。うちで酒造りができるのも、神社の森に守られていい水を確保できるからだといえます。森を大事にすることが、いいお酒を作ることと直結していると思っています。

酒造りの1年

酒造りのシーズンは、米を収穫する秋に始まりまして、大体3月頃まで休みなく仕込み作業が続いていきます。この時期は日曜日も関係ありません。春になってようやくホッと一息ついたら、うちではお酒用の米作りもやっておりますので、種まきを行います。ゴールデンウィークごろに田植えをして、秋に稲刈りをしたら再び酒造りが始まる、というサイクルで一年が続いていきますね。

農作業と並行して、酒蔵でも作業を行います。4月頃にすべてのお酒が搾られるのですが、そのあとは、熟成という工程に変わってきます。微生物が大きく働くというよりも、アミノ酸などのいろんな分子が絡み合って化学変化を起こしていくんですね。それが熟成という工程で、角が取れて味がまろやかになり、より美味しいお酒になっていきます。もう、時間をかけることでしかできない味わいというのがありますんで、夏の間静かに、お酒が蔵の中で寝かされているという状態ですね。

夏の間に寝かしているときもときどきチェックして、香りを嗅いだりしながら、熟成がどのぐらいの段階だなというのを確認します。今いい具合だなというときに瓶詰めして、出荷します。順番に樽が並んでいるので、大体熟成が進んできたからこのタンクから出荷を始めようかと、段取りを決めていくわけです。

米作りで深まる酒造りの知恵

酒を造るためには、まず、米を精米します。精米した米を洗って水に浸し、3割ほど水を吸わせたものを大きな蒸篭で蒸します。1時間ほど火を入れることで米のなかの澱粉がアルファ化して、分解されやすくなります。それから、田んぼの稲から取った麹菌を米に撒いて麹を作り、その次は酒母を作ります。麹と蒸した米と水をあわせて1か月ほどゆっくりと発酵させると、空気中にいる酵母菌がそのなかに飛び込んできて、お酒の素となるのです。それを酒母と言います。その次にもろみを作り、できあがったもろみがスターターとなります。タンクに入れ、蒸した米と麹と水を加えて、段々増やしていく。1か月ほど発酵すると、お酒に変わっていきます。

酒造りのことを知れば知るほど、米のことをよく知らないと、いいお酒を造ることはできないと実感しますね。米のでき具合は年によっても違います。花が咲くころの天候ですとか、田植えしたころの気温など、いろいろな要因が米の質と関わってくるんですね。それをちゃんと把握するためにも、自分たちで作ることが大事なんじゃないかと思います。ゆくゆくは、もろみのなかでの米の解け方ですとか、麹のでき具合などを判断する材料になってきますので。

しかしながら、何がいいかというのはなかなか難しいところで、答がないんですよ。例えば、今年搾ったお酒を味見をすると、去年よりも甘みが残っていたりですとか、若干違いがあるわけですね。どちらがいいかといったら、どちらも悪くないわけで、その年の味わいというのが大事だと感じています。こっちがベストイヤーなのかといった考え方もあるとは思いますが、自分たちはそのときにできたものがいいんじゃないかと思っていますね。

微生物の活動に響く仕込み唄

米と水を原料として微生物の働きで起こるのが発酵ですから、酒造りの主役は何と言っても微生物です。うちで大事にしているのは、微生物が元気に働いてくれる酒造りです。微生物は見えないような存在ですけど、きっと自分たちが楽しく、心を込めて仕事をすることが、微生物にも伝わるんじゃないかと思うんですね。ひとつひとつ丁寧に、大事にしていくことで、乳酸菌やら菌とコミュニケーションがとれるようになったら嬉しいなと思っています。そうすると、微生物が醸し出すエネルギーや栄養など、飲んだときに体を元気にする力になるんじゃないかと思っています。

酒母作りの際には、酒母室に桶をずらっと並べて、全員勢揃いで唄を唄いながら作業をします。うちで歌っているのは、そこで酒母をすっていくもと摺り唄っていうのと、大きなもろみタンクのなかでかき混ぜる仕込み唄っていうのを唄っています。酒造は過酷な作業ですから、そこをめでたいなとか、気持ちが高まるようなことを唄っていくことで、気分を高めていい仕事ができるようにしていったんじゃないかなと。まあきっといい気持ちで仕事をするっていうことが、菌にも伝わって、いいお酒ができていくんじゃないかなと。

昔から日本では、建築でも土を練って発酵させた土壁で建物を建ててきましたし、生地を染色する藍染も発酵ですし、生活の隅々に発酵文化があったんじゃないかと思うんですよね。微生物は人の役に立とう役に立とうという働きをしているんじゃないかと思っていまして、それをいかに自分たちが見つめてあげられるか、受け止めてあげられるか、ということがこれから大事なんじゃないかと思っています。

【問い合わせ】http://www.teradahonke.co.jp

※2015年5月7日 FOODIES magaizne掲載インタビュー