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三人称視点あり小説執筆技法:主語の助詞

Taiyo FUJII/藤井太洋
4 min readMar 15, 2014

一人称に比べて、三人称の小説は格段に難しいと言われる。視点が管理できないためだ。

筆者は小説執筆歴二年にして二冊の商業出版長篇を上梓するという幸運に恵まれたが、近刊である『オービタル・クラウド』では初めての三人称による記述を試みている。半年間という短い執筆期間で、初めての三人称による小説とその手法を自分のものにできたのは、早川書房の担当編集者I氏の指導のおかげでもある。

ここで忘れないうちに、三人称視点あり小説執筆手法を、再現可能な技術として記しておきたい。第一回目は、主語の助詞からはじめたい。例文は林と北野という人物によるスキット(寸劇)だ。

林はマグカップを持ち上げた。
「もう一杯、もらってもいいかな」
北野はコーヒーサーバーへ手を伸ばしながら苦笑した。
「飲み過ぎじゃないか?」
寝不足はカフェインの摂りすぎのせいだろう、と言いながら湯気の立つ黒色の液体をたっぷりと注ぎ込む。

これが「視点の揺れている」文章だ。林と北野、どちらが視点人物であってもおかしくない。このまま続けてしまえば、読者はどちらの視点で読んでいいのかわからなくなってしまうことだろう。これぐらい短い文章ならば感覚的に修正もできるだろうが、まず、視点を感じさせる部分を明確に指摘してみる。

マグカップを持ち上げた。
「もう一杯、もらってもいいかな」
北野コーヒーサーバーへ手を伸ばしながら苦笑した
「飲み過ぎじゃないか?」
(省略された主語)寝不足はカフェインの摂りすぎのせいだろう、と言いながら湯気の立つ黒色の液体をたっぷりと注ぎ込む。

  1. 冒頭に登場する人物は視点人物と感じやすい。
  2. 助詞「は」は説明なしの主格へつく場合、視点人物と感じられやすい。
  3. 苦笑は「苦々しそうな表情をしながら強いて笑うこと(広辞苑第六版)」ともあるように、内心が判明していることが前提となる。視点人物に用いるべき動作である。
  4. 視点人物の主語は、自明なものとして省略しやすい。逆に、省略された主語は視点人物がそこにあることを感じさせる。

視点人物から「見える/見えない」「知っている/いない」のような内容に踏み込む前に、このように主語周りの助詞と、動詞、そして省略している部分を見ることができる。上記を踏まえて、とりあえず林視点となるよう書き直してみよう。

林はマグカップを持ち上げた。
「もう一杯、もらってもいいかな」
北野がコーヒーサーバーへ手を伸ばし、顔をしかめながら口元だけで笑った。
「飲み過ぎじゃないか? 寝不足はカフェインの摂りすぎのせいだろう」
北野が湯気の立つ黒色の液体をたっぷりと注ぎ込む。

「北野が」が重複していたり、中央の「〜顔をしかめながら」などがこなれていないが、視点は完全に林のものになった。こうなればしめたものだ。さらに書き直してみよう。

林はマグカップを持ち上げた。
「もう一杯、もらってもいいかな。眠くてね」
コーヒーサーバーへ手を伸ばした北野が口元だけで笑ってみせた。
「飲み過ぎじゃないか?」
カフェインの摂りすぎだ、と言いながらも、湯気の立つ黒色の液体をたっぷりと注ぎ込んでくれる。

最後の文の冒頭にあった寝不足のくだりを視点人物側に言わせることで短く詰め、「〜くれる」と結ぶことで「北野」を追い出すこともできた。書ける人にとっては息を吸うようにやれる視点の管理だが、このような修正を行うことで、こなれた三人称を作り上げることができる。

最後に、視点人物を北野にした例を示す。まずい翻訳のような文章だが、「が/は」だけを操作してとにかく視点を移してみる。

林がマグカップを持ち上げた。
「もう一杯もらってもいいかな。眠くてね」
北野は鼻を鳴らす。
「飲み過ぎだよ。カフェインの摂りすぎはよくない」
これで最後だぞ、と続けた北野はコーヒーサーバーを傾けて、湯気の立つ黒色の液体を林の差し出したマグカップに注ぎ込んだ。

見ての通り、滑らかにはなりにくい。冒頭に視点人物でない人物の動作が入るため、難易度が高いのだ。そこで、いくつかの操作を行う。

マグカップを持ち上げた林がこちらを向いた。
「北野、もう一杯もらってもいいかな。眠くてね」
鼻を鳴らしてやる。
「飲み過ぎだよ。カフェインの摂りすぎはよくない」
これで最後だぞ、とコーヒーサーバーを傾けて、湯気の立つ黒色の液体を林の持つマグカップに注ぎ込んだ。

「マグカップを持ち上げ」る動作を修飾子とした「林が」と記述することで、林の動作を外から見ているように感じさせることができる。そして、視点人物である「北野」の名前を林の台詞に含ませることで地の文から「北野」を消すこともできた。

視点が揺れる原因は数多くあるが、迷ったら、主語につく助詞の「が/は」を制御してみよう。この第一歩が慣れない執筆者にとって助けになればと思う。

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Taiyo FUJII/藤井太洋

作家 『Gene Mapper -core』、早川書房『Gene Mapper -full build』『オービタル・クラウド』、朝日新聞出版 Kindle連載『UNDERGROUND MARKER』シリーズ