生前贈与と伯父と祖父(真)

ひるね
patorashutukare
Published in
3 min readJan 4, 2017
Rosh Hashanah / New Year greeting card
by Center for Jewish History, NYC

1年くらい考えてたの!とまさかのお年玉という名の生前贈与を母が出してきた元旦朝、居間は正気かというムードになった。

普通の、しかし異様に厚みのあるぽち袋。3人に同じ分だけ。次あるかどうかはわからないけど、このくらいの経済状況の家が1番揉めやすいって聞いたからと言って笑っていた。

最初は珍しい、これまた面倒のない範囲でのネタにもってこいなものがと思っていたけど、そういや母方の家は小遣いからお年玉からいろいろ長男ばかり優遇しすぎた結果、次男は家を飛び出したまま親の葬儀にも出ず、何十年前のものだかわからない噂でしか知らない。どうも関西で随分背中の華やかなタクシーの運転手をやっているらしいという話だった。

今回のことは、何かあった時に揉めてほしくないから事前に決定権のある人が、ということなのだろうと思う。

世の中にはとてもたくさんの人がいて、みんな真剣に色んなことを考えていてすぐには想像もつかない。

笑って受け取ってはみたもの、後からなんだかひどく寂しい理由のように思えてきてしまった。何も知らなければ少し珍しいだけのユーモラスで平和な話に見えたはずだけど、表には出さなくても、自分では気づいてなくても、誰しも永遠に失った取り返せないもののために時々佇まいを正している。

みんないつもそうだ、なにか抱えていたとしても何もない振りをしてる。いくらでも例を挙げられる。

心を壊してしまった人が「理解できなくていい、理解しようとしてくれれば」と言っていたけど、本当はたかが人ひとりでも理解なんて到底不可能で、理解しようとすることだけが全てのように思えてくる。いや理解しようとできているんだろうか。それすら時にできていなかったとしたら。

高校生の頃、自分の人生がどうなるかわからなくてひたすら占いをしていた。出生時のホロスコープを見ると人の死で利益を得るという兆しが3回出ていて、正直なんだか悪人のようで気づいた瞬間居心地が悪かった。

今振り返って心当たりがあるとすれば、父、母、そしてあるいは顔も名前も、きちんとした家の人だということしか知らない祖父。

それで3回か、それとも昔付き合った人から何か得るものがあったとすれば(しかし金額的には大幅なマイナスで絶対個人的には納得できない)、その人、父、母で3回。

いや待てよ父、祖母(真)、母で3回か。

今や遡って自分のルーツを知ることができなくなったことを知ったと言えるのかもしれない。

何かを大事にすることで、大事な何かを捨てた人を遠くに追いやる。少し感傷的な気はするけどなかなかいいじゃないか。というか感傷的になって書き始めた結果なんだか冷静に計算し始めてしまった。なんとも守銭奴だな。

私も何か考えて、これからどこかに行く。何をしに?まだわからない。

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ひるね
patorashutukare

なんの参考にもならなければなにもわかってない。