【雑訳】不確かで、確かに変わらないもの

ウォール・ストリート・ジャーナルに、サンダーのフロントがどのようにしてウェストブルックを指名したのかという記事が載ってて、それがとても興味深かったのでざっくり訳しました。

【追記】この記事の筆者の人が私の絵で記事を紹介してて爆笑しましたww気があうやんけwww(記事に絵は入ってないです)

シアトル・スーパーソニックスの残り時間は尽きようとしていた。ソニックスは2008年のドラフトピック4位を持っており、決断の時は迫っていた。ソニックスは本当にラッセル・ウェストブルックを選ぶ準備ができていたのだろうか。

ソニックスは、ウェストブルックについて何ヶ月もかけて調べていた。なぜなら、ウェストブルックは《ありえない》選択肢であったからだ。ウェストブルックには高順位にふさわしい経験もなかったし、将来性を判断するのに十分なデータもなかった。大方の予想は、1巡目中位といったところだった。ウェストブルックを、4位という順位で取る。大博打だ。乗るか、反るか。ソニックス(間もなくオクラホマシティ・サンダーになる)に、決断までの残り時間は5分しかなかった。


それからほぼ10年が過ぎ、ソニックスは賭けに勝ったことが明らかになった。誰もそれを予想しなかった。今季、ケビン・デュラントはオクラホマシティを去り、残されたウェストブルックは皆の度肝を抜くようなやり方でサンダーをプレイオフに導いて見せた。レギュラー・シーズン平均トリプル・ダブル。31.7点、10.7リバウンド、10.4アシスト。

このスタッツはウェストブルックという選手を表すと同時に、バスケットボールというものを定義している。ウェストブルックはずっと危なっかしかった。ヒューストンのジェームズ・ハーデンを差し置いてMVPを獲得するかもしれないほどの歴史的なシーズンを過ごしているにもかかわらず、未だに彼はプラスマイナスゼロの謎である。ウェストブルックは人々を迷わせる。しかし、ウェストブルックのこの資質を最初に正しく見抜いていた人々もいる…今まで決してその《意外な選択》について説明したことのない人々だ。


2008年のドラフト時、ソニックスは大混乱の最中だった。来季プレーしている場所はシアトルなのか、オクラホマシティなのかも分からない。チーム自体もひどかった。ソニックスはルーキーのケビン・デュラントの周りに置く才能を切望していた。

ソニックスの決断に至る第一歩は、当時ユタ・ジャズのエグゼクティヴ(プレイヤー・パーソネル・ディレクター)であったトロイ・ウィーヴァーが、スカウティングのためにロサンゼルスに行くところから始まった。(確実に高順位でドラフトされるであろうと目されていた)サザン・カリフォルニアのOJメイヨや、UCLAのケビン・ラブを見に行くためだ。だがウィーヴァーは、ある別の選手に感銘を受けた。UCLAのラッセル・ウェストブルックという謎の選手。ウェストブルックがメイヨをディフェンスでシャットダウンしようとする強い意志は、ウィーヴァーをたちどころに捉えた。「あのゲームで、私は取り憑かれたんだ」とウィーヴァーは言う。

ジャズは23位のピックを持っており、ウィーヴァーはウェストブルックを《一考の価値あり》と考えた。しかし、ウィーヴァーがウェストブルックをユタにもたらすことはなかった。5月初め、ソニックスのGMサム・プレスティ(弱冠31歳!)に引き抜かれたからだ。プレスティとウィーヴァーの最初の大仕事は、2カ月足らず後に迫ったドラフトだった。

ウェストブルックは無名だった。高校では、ジュニア・イヤーになるまでスターターになったこともなければ、シニア・イヤーになるまでUCLAの奨学金を得ることもなかった。今リーグで“最もエクスプローシヴ”と言われる選手は、17歳になるまでダンクすらできなかった。ウェストブルックのキャリアは、遅くにきた成長期に依っている。そこで彼は7インチ背が伸び、6フット3になった。

大学のフレッシュマン・イヤーで、ウェストブルックはベンチ出場だった。翌年の夏からウェストブルックの周辺は騒がしくなる。その夏に、UCLAの現役選手とOBとの間でスクリメージがあった。アール・ワトソン(現フェニックス・サンズのヘッドコーチで、当時ソニックスに所属していた)は、訊かれれば誰にでも、ウェストブルックを褒めちぎって話した。もちろん、ソニックスの面々にもだ。

ウェストブルックは、ソフォモア・イヤーに、カンファレンスの《ディフェンシブ・プレイヤー・オブ・ザ・イヤー》に選出され、ファイナル4に進出したその年のUCLAの選手の中では、最も多い時間プレーした。だが、ウェストブルックのポテンシャルについては、不確かなものにとどまった。ウェストブルックは、ポイント・ガードとしてではなくシューティング・ガードとしてプレーしていた。モック・ドラフトでは皆、トップ10ピック外として扱っていた。

しかし、ウェストブルックがNBA入りしようとした時期、ちょうどバスケットボールというスポーツの風向きが変わりつつあった。ゲームは、かつてないほどハイレベルなポイント・ガードによってコントロールされるようになってきていた。少なくともウェストブルックは“ますます重要になってきている《ポイントガードへのディフェンス》で、ストッパーにはなれるだろう”というのがソニックスの目論見だった。

ウェストブルックに興味を惹かれたソニックスのフロントは、5月のNBAドラフト・コンバイン時に、ウェストブルックとの面談をセッティングした。ウェストブルックは面談の部屋で、こんなに早い時期に注目されたことに落ち着かない様子だった。ウェストブルックはTシャツ、ショーツ、サンダル姿で現れ、特にこれといったことを喋ったわけではなかった。「私たちは面談で情報を山ほど持って帰れた、とは思わないけど、この子を注視し続ける必要がある、とは思ったんだ」とプレスティは言う。

ウェストブルックのドラフト・コンバインでのパフォーマンスは、ソニックスの興味をより強いものにした。ウェストブルックより格上とされていた選手との対戦でも「彼はフロアで1番の身体能力だった」とウィーヴァーは言う。「私は椅子に腰掛けながら、興奮を抑えるのに苦心した」

ドラフトまで1ヶ月を切り、シアトルのフロントの優先事項は《ラッセル・ウェストブルックについてありとあらゆる情報を集める》になった。

ソニックスはウェストブルックへの興味を隠した。プレスティとウィーヴァーは様々なタイプの選手を探しているように振る舞ったから、ほかのドラフト候補生たちへの面接でウェストブルックについて訊いても、さほど注意を引かずにすんだ。

メンフィス大学のクリス・ダグラス=ロバーツとジョーイ・ドーシーは、ファイナル4でのUCLAとのマッチアップでウェストブルックをビビらせようとしたら、ウェストブルックはすぐにやり返してきた、と語る。ケビン・ラブは(ファイナル4での)UCLA対メンフィスで、ダグラス=ロバーツ(メンフィス大のリーディング・スコアラーであった)にウェストブルックをマッチアップさせたUCLAの戦術は間違いだった、と認めた。ラブは言う。僕らはウェストブルックをデリック・ローズにつけなきゃいけなかったんだ、だってローズがメンフィスのベスト・プレーヤーだったんだから。

ソニックスにはもう1つ懸念事項があった。ソニックスは、ウェストブルックをシアトルでのワークアウトに招待したが、ウェストブルックは来て早々に足首を捻挫してしまったのだ。「あれは空振りになってしまったね、何も分からなかった」とプレスティは言う。

その代わり、ソニックスはウェストブルックのプレー、中でもハイ・クォリティな対戦相手(デイビッドソン大のステフ・カリーなどを含む)とのマッチアップを吟味した。プレスティとウィーヴァーは特に、ウェストブルックがUCLAのポイント・ガードとしてプレーした6試合に入念に調べた。ウェストブルックのショット・チャートとスタッツを穴のあくほど調べた。

「私たちは一連の試合を20回ずつは観たと思う」プレスティは言う。「だから、次にどんなプレーが来るって空で言えると思うよ」プレスティはまた、NFLのチームがクォーターバックを育てるためにどのような方法を採っているのか調べるため、追加のスタッフまで採用した。クォーターバックは、フットボールでポイントガードに匹敵するポジションであり、NFLのチームがクォーターバックを育てる方法論から、彼らのいわゆる《ウェストブルック問題》を解決するヒントが得られるのではないか、とプレスティは考えたのだ。

ソニックスは自らの方向性に自信を深めていく。ある日、ウィーヴァーはプレスティのオフィスに入ってきて言った。「候補生をみんな見たけどさ、私はなんであの子がトップ・グループにいないのかさっぱり分からないよ」と。

ソニックスは、最終的に“狂った”判断を下す前に、ウェストブルックのエージェントにもう一度ウェストブルックと会わせてくれるよう頼んだ。プレスティとウィーヴァーはロスに飛ぶ。そこでプレスティはウェストブルックに、彼の見るチームのビジョン、そして、来シーズンどこでプレーするのかは定かじゃないが、争乱が待ち受けてるのは確かだ、と言うことを話して聞かせた。プレスティは知りたかったのだ。君は重荷に耐える準備ができているか?

その日、ウェストブルックは自らをプレスティに託した。プレスティとウィーヴァーはウェストブルックを見た。大半の予想を裏切り、強豪チームに欠くべからざる選手になったこと。そしてその容赦ない不断の負けん気。

プレスティとウィーヴァーは懸念が減ったことに満足した。「ウェストブルックがどれぐらい良い選手になるかは分からなかった」プレスティは言う。「だが《ラッセル・ウェストブルックという人物》は、自分のポテンシャルを最大限に発揮するだろう、と思ったんだ」

ソニックスの選択肢は、ウェストブルックとブルック・ロペスの2人に絞られ、決定権はその場で最も年少だったプレスティの手に委ねられた。元シアトルのコーチ、PJカーリシモは、プレスティが『ウェストブルックには何かがある』という予感めいたものを持っていたことを思い出した。「みんなの意見が間違いで、サム(・プレスティ)の意見が正しかったことがわかったね」カーリシモは言う。「でもサムの意見は結局、たくさんの知識とリサーチに基づいていたんだよ」


ウェストブルックは、ドラフトの会場に三つボタンのダボダボのスーツで現れた。今のウェストブルックだったら燃やしかねない代物だ。彼はデリック・ローズ、マイケル・ビーズリー、OJ・メイヨが次々にステージに上がるのを見ている。ソニックスの番がきた。コミッショナーのデイヴィッド・スターンがステージに歩み寄り、ソニックスの決断を読み上げる。

“With the fourth pick in the 2008 NBA draft,”

スターンの声が響く。

“the Seattle SuperSonics select Russell Westbrook from UCLA.”

批判はすぐさま巻き起こった。スポーツ解説者のディック・ヴィテイルはこう言った。「とんでもなく大きな間違いだ」

だが、すべての人がこの決断をおかしいと思ったわけではなかった。プレスティの正気が疑われたまさにその瞬間、プレスティは他でもない、マイケル・ジョーダンからの電話を貰う。ジョーダンは電話口でプレスティにこう言った。「ラッセル・ウェストブルックのトレードに興味があるんだがね」

プレスティがウェストブルックに最終的にビジョンを話し、ウェストブルックのチョイスに委ね、そしてウェストブルックがプレスティに自分を託す下りではすごい感動してしまった。これ今季の契約延長の時と同じじゃんか、って思った。ウェストブルックとプレスティとの間にある信頼関係と、サンダーというフランチャイズ、そしてウェストブルックの人間性が垣間見れる良い記事だなあと思ったのですが、いかんせん元の文がたいそう英語くさいというか、一文の中の主語の説明がめちゃ長くて(伝われ)うまく訳せなかったことを今更お詫びします。

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