コンウェイのライフゲーム
数学者ジョン・コンウェイがアートに残したもの
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数学者ジョン・コンウェイが新型肺炎(COVID-19)で亡くなった.
彼は計算機科学に多くの業績を残したが,彼はまた多くのアーティストにインスピレーションを与えた.
僕自身が最も影響を受けた数学者であるコンウェイの偉業のひとつを記すことで,このウェブマガジンの再開の合図にしたい.
ライフゲーム
コンウェイは,ある単純なゲームを考えた.ゲームと言っても,プレイヤーは,最初の一手以降はただ見るだけだ.それでもこのゲームは,何かとてつもない秘密を持っているように見える.そのゲームはライフゲームと呼ばれている.(英語では Conway’s Game of Life と言う.Game of Life とだけ書くと,日本語で言う「人生ゲーム」になってしまうからだ.)
ライフゲームは,碁盤があればすぐに始められる.碁石も一種類でいい.
プレイヤーは最初に碁石を数個から数十個適当に置く.これがプレイヤーに許された唯一の主体的なアクションだ.このとき,碁石をどのように置いたかを,方眼紙などに記録しておく.
次に,一組のルールに従って,碁石を追加したり,取り除いたりする.ルールは次のとおりだ.
- 空白のマスの周囲(8近傍)にちょうど3個の石があれば,そのマスに石を置く.
- 石の周囲に2個か3個の石があれば,その石はそのままにしておく.
- 石の周囲に石が1個しかない,または全く無ければ,その石を取り除く.
- 石の周囲に石が4個以上あれば,その石(中央の1個)を取り除く.
このルールを単純と捉えるか複雑と捉えるかは感性次第なのだが,その結果生み出されるものに比べたら十分に単純だと僕は思う.
第1ラウンドが終了したら,その状態を方眼紙に記録して,第2ラウンドを実施する.
ラウンドを繰り返すとどうなるだろうか.
その結果は驚くべきものになる.次の動画はライフゲームがどのように振る舞うかを解説している.
なぜライフなのか
コンウェイのルールをもう一度振り返ってみたい.
- 空白のマスの周囲(8近傍)にちょうど3個の石があれば,そのマスに石を置く.
これは周囲に3個体がいれば,新しい個体が生まれることを表す.有性生殖する生命は,性別の異なる2個体の間に新しい個体が生まれるが,ライフゲームでは(同性の)3個体が集まると新しい個体が生まれる.
- 石の周囲に2個か3個の石があれば,その石はそのままにしておく.
もし個体が家族や仲間に囲まれていれば,その個体は生き延びる.
- 石の周囲に石が1個しかない,または全く無ければ,その石を取り除く.
個体の周りに一人しかいないか,誰もいなければ,その個体は生命活動を維持できないで死ぬ.
- 石の周囲に石が4個以上あれば,その石(中央の1個)を取り除く.
個体の周りに4人以上いても,密度が高すぎて,その個体は死ぬ.
こう考えると,コンウェイのルールは生命のそれと似ていなくもない.そして,ライフゲームがこの単純なルールから驚くべき複雑なパタンを生み出すように,本物の生命もまた「単純なルールから」驚くべき複雑な社会を生み出しているのではないかというインスピレーションを与える.
もちろんこれは逆方向の推理だ.A→Xが成り立つからと言って,Xを見つけたときにその原因がいつもAであるとは限らない.例えばB→Xだって成り立つかもしれない.ここでAを「単純なルール」,Xを「複雑なパタン」としたときに,コンウェイはA→Xとなる例を見つけたのであって,いつもA→Xであるとは主張しなかったし,ましてA⇔X(AとXは同じことだ)とも主張しなかった.
それでも,ライフゲームのような十分単純な規則から,予想もつかないような複雑かつ「有機的な」パタンが生み出されることは驚きである.それはあたかも,ユーリーとミューラーが水素,水,メタン,アンモニアという単純な材料から有機物であるアミノ酸を合成してみせたようなものだ.
有名なパタン
ライフゲームでは,多くの初期配置が絶滅に至る.しかし,初期配置をうまく選ぶと
- 永遠に変化しない
- 一定の周期でパタンを繰り返す
- 集団で移動していく
- 無限に増える
- 長い(50世代以上)生き続けるが,やがて絶滅する
といったパタンを見ることができる.数学ライターのマーティン・ガードナーがサイエンティフィック・アメリカン誌でライフゲームを紹介したことから,たくさんのパタンを見つける動きが起こった.
話は逸れるが,このマーティン・ガードナーは数学の面白さを掘り出す天才で,例えば19世紀英国の数学者チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンの数理論理学の問題を現代に蘇らせている.ドジソンは数学者としては有名ではなかったが,ペンネームで記した「不思議の国のアリス」は誰もが知っている.
フォン・ノイマン
ライフゲームの元々のアイディアは,天才数学者ジョン・フォン・ノイマンと同僚のスタニスワフ・ウラムによって考案されたセルラ・オートマトンである.ノイマンは自己複製する機械を考案している最中に,ウラムの助けを借りて,空間も時間も非連続にすることを思いついたらしい.
時間も空間も非連続,つまり離散なモデルというのは,計算機科学者にとって大好物である.なぜなら,ディジタルコンピュータは時間も空間も離散値しか扱えないからだ.例えばディジタルコンピュータは実数を扱えないので,代わりに浮動小数点数という実数と良く似た離散値を扱う.
フォン・ノイマンは「あらゆる生物もオートマトンの一種である,すなわちその振る舞いを数学的に記述することができる」と言っている.フォン・ノイマンは,生物の振る舞いが微分方程式ではなく,オートマトンのルールとして書かれることを予想してみせたのだ.
フォン・ノイマンの予想が本当かどうかはわからない.筆者の上司であったヒューゴ・デ・ガリスはセルラ・オートマトンによって人間の脳を模倣できると信じ,膨大なルールを書き続けていた.
ウルフラム
セルラ・オートマトンの研究者にはなぜか変態的とも言える天才が多い.15歳で科学論文を書いた理論物理学者で実業家のスティーブン・ウルフラムは,セルラ・オートマトンを数学的に研究し,そのルール集合を以下の四つのクラスに分類した.
- クラス1. 均質な秩序状態へ至るルール.初期状態は素早く何もない世界へと消滅する.
- クラス2. 周期的な秩序状態へ至るルール.初期状態は素早く安定状態または周期的な状態へと変化する.
- クラス3. カオス状態へ至るルール.初期状態はランダム(に見える)変化を続ける.
- クラス4. 複雑な状態.初期状態は規則的なパタンを生成したり,ランダムに見えるパタンを生成したりと,複雑なパタンを形成する.
そして,ウルフラムは生命のような複雑な現象はセルラ・オートマトンのクラス4のような現象から引き起こされるものだと考えた.この考えは複雑系という学問分野につながっていく.
ラングトン
ノイマンの影響を強く受けた計算機科学者クリストファー・ラングトンは,自身の研究を人工生命 (ALife) と名付けたことで最もよく知られている.彼は生命現象を数学的に記述しようとするのではなく life as it could be すなわち「あり得たかもしれない生命」を作り出すことを研究した.
これは大きな視点の転換である.例えばアリの群行動を複雑だと思うのは,我々が勝手に驚いているからにすぎない.アリは単純なルール集合に従って行動しているだけかもしれない.ラングトンはそのような示唆を多方面に与えた.
ラングトンが人工生命という言葉を作り出した頃から,単純なルールで複雑な現象を再現する試みが活発になったように思う.ただし,ラングトンはそのような「宝探し」を冷めた目で見ていたように筆者には感じられる.
ただ,ラングトンが life as it could be と呼んだ概念は,世界中のアーティストに火をつけた.「生命とは何か」という問いに「試しに作ってみれば?」という回答が返ってきたのだ.