ロープの結び方に見る文化の違い

Ichi Kanaya
Pineapple Blog
Published in
4 min readJun 30, 2015

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ロープの結び方は時に命に関わる問題だ.なので,我々は保守的にならざるを得ない.新しい結び方を発明したところで,それが装飾以外の目的を持つなら,定番の結び方として定着するには数百年の時間が必要だろう.

ここに面白い現象がある.海と山で結び方の文化が異なるのだ.また同じ「山」文化でも,クライミングと山岳救助では異なる.(高所作業はさらに違う文化を持つがこの記事では省略する.)

いや,僕の感想なんだけど.でもまあ,しばしお付き合い願いたい.

舫結び (Wikipedia)

具体例を挙げてみる.海では舫(もやい)結び(ボウライン)を多用する.「舫」という字からして「船」ぽいが,それはさておき,例えば海に投げ出された船員は体にロープを巻きつける時に舫結びを使う.舫結びなら,船から引っ張られても身体が締め付けられる恐れがない.(現在はこちらのバージョンが推奨されている.【追記 (2018–08–16) さらに近年では変形もやい結びではなく末端処理が推奨されている.】)

二重8の字結び (Wikipedia)

一方で,山屋は二重8の字結び(ダブル・フィギュア・エイト・ノット)を多用する.海の人は信じないかもしれないが,垂直懸垂下降の支点とハーネスへの固定にさえ二重8の字結びを使う.

それどころではない.山屋はなんとフリクションノットというロープをロープに巻きつけるだけの結びに命を預ける.

僕はどちらかというと海文化から入った口なので,山屋がフリクションノットを多用することに大いに驚いたのだが,山岳救助隊のロープワークを見てさらに驚いた.(国立登山研修所はいい仕事をしている.)山岳救助では,山屋が遠慮がちに二重8の字結びを使う部分さえフリクションノットを使う.もちろんバックアップはとるのだが,山岳救助に携わる人はよく結びの「解きやすさ」を口にする.フリクションノット最強のプルージックさえオーバースペックとして避ける傾向があるぐらいだ.

よくよく考えてみれば,僕が中学生時代に懸垂下降を教えてくれた大先輩は「肩絡み」というカラビナすら使わない方法で体をロープに預けていた.これなんて,結びですらない.

なぜ昔の山屋や現在の山岳救助隊がロープのフリクションに全幅の信頼を置くのか,言い換えると,なぜ海と山でこれほど文化が違うのか,少しの間僕には謎だった.

こういう時プログラマは歴史的理由という言葉をよく用いる.

だが問題は生命に関わることだ.いくら保守的であっても,歴史的理由以外に理由がありそうに思える.

で,とてもシンプルな結論に思い至った.

それはロープの太さ.

体を預けるロープの太さは海<山<山岳救助の順に太くなる,気がする.特にフリクションノットはロープの太さの「差」によって効きが違ってくるので,太いロープを使うほどフリクションノットを使う機会は増えるだろう.

海の場合,ロープは投げるものだ.またロープを切る機会も山より多い.だから軽く切りやすい細めのロープが好まれるのだろう.一方,山の場合,ロープを投げることはまずない.特に山岳救助になると上から下へのアプローチが中心になるだろうから,ロープは二人ぶら下がれるだけの強度のほうがロープの自重よりも重要になる.

こんな風に文化的な違いが生まれたのではないのかなと,ちょっと想像した.

Originally published at blog.pineapple.cc.

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