「便利」よりは「不便」のほうがいい。だって、コミュニケーションとアイデアが生まれるかもしれないから。

つい便利を追求しちゃうけど、不便だからあれこれ知恵を絞ってイノベーションが起こるんだろうし、めんどうだから、人は協力するわけで、煩わしさも含めてコミュニケーション量が増えていく、本来はそうあったし、それが自然だったんじゃないかと感じるなかで、よいところどり一番搾りの「ソーシャル」に目を行きがちな人は一体何がしたいんだろう。

だれかの「困ったなあ」という言葉があるのは、ほんと新たなことはじめるのにいいタイミング。ピンチはチャンス、のピンチャン思考を持っていないと、「ない」ことが多い地方での生活は楽しみにくいと思うんだ。

そういうのがしんどいなら、嘘っぱちのソーシャルのなかで暮せばいいじゃないか。それも都会で暮らすという選択肢の一つで、相性的な話なわけで。地方で暮らすことが”正解”になるわけじゃなくて、その正解は自身で実験しながらみつけられたらってものだし、何かにすがっている間は、どこにいっても満たされることはない(悪いところばかりに目がいきがちで、不満のほうが多くなる)。なんのために、だれの人生を生きていくのか。

最近のあれこれをまとめたら、こんなあんばい。

BETTARA STAND日本橋で開催された「本との土曜日」を運んできました。孤高のランナー・若岡マンを探せ。
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