書くことに関する追憶ーーモンゴル語科の山田(拙者)さん

たまに足を運ぶ、不忍池ではなく、アメ横あたりをめがけて、上野の大規模な駅構内を歩いてたら、なぜだかふと思い出したことがあった。

それは、自分が意識して「書く」ことをはじめたのは、いつだったのか。そういった振り返るような瞬間。歩き、そこに映りこんでくる景気は、妙な思考のスイッチを押すもんだなぁと毎度ながらに思う。

さて、このときのイベントで、ざっくりと「ブログ暦」なるものをまとめていた。

mixi(2007~2011)
ameblo(2009~2011)
blogger(2012~2013)
ライブドアブログ(2012~)*ハチナナハチハチはじまる
はてなブログ(2013~2013)*ライターとしての活動がはじまる
wordpress(2013~)
note(2015~)
Medium(2015~)

で、mixiに関しては、書くことはしていたけど、「意識して」とはまではいかず、大学生のノリでただただ何も生まれない粋がった日記を書いていただけだった(とはいえ、その後のブログクオリティもずさんなんだけど…)。

そういう意味では、ameboスタートだったと言える。で、そんなmixiでなく、ブログをちゃんと書こうと思ったのにはいくつか理由があった。

一つは芸人が好きなこともあって、当時、鈴木おさむさんのブログを読んでいたこと。ちなみに、今だと「冗談手帖」でお世話になっている感じがする。

そういうのもあって、ブログと聞いてピンときたのは、amebloだった。それとは別に、大学時代にお世話になっていた先輩のブログをひそひそと読んでいて、なんかブログっていいな、と感じていたのがある。

それは、学年でいえば5つくらい違っていた、アメフト部の、モンゴル語科(外国語系大学だったので)の先輩だった。ぼくは日本語科で、受けていた授業のTA(teaching assistant)もやっていて、なんとなく距離の近く、先輩ぶってない威圧感のないやさしげな人で、つい親近感を持ってしまうような人だ。山田さんといった。

そんな山田さんは、寡黙だった。しゃべっても、ちょっとおどおどしたような口調でしゃべるので(それが愛嬌なのか、他の人を惹きつけていたような気もする)、あまり伝えるのは得意な方ではなかったんじゃないか、と今振り返ると思う。

けど、たまたまmixiつながって、彼が同期しているブログがタイムラインに上がってきて、それを読んだときに、「いつもの雰囲気と違う」と感じた。

まわりのmixiをやっている友人が書いているような学生ならではのハッチャケた様子でもなく、丁寧に言葉を並べ、自分の間/ペースみたいなものを守りつつ、つらつらと日常にあることを記している。それが、すごく響いたのを覚えている。そして、それを粛々と定期でアップしている様もなんかカッコいい、とぼくの目には映ったのだ。

そう、山田さん、あらため、拙者さんのブログのファンになった。そして、今でも更新を続けていて、ときどき、まとめて覗かせてもらっている。

ぼくもこういうの書きたいなぁ。そんなきっかけで、amebloがはじまったのだった。まあ、タレレバかもしれないけど、山田さんのブログを知ってなければ、書く仕事をやることになっていなかったかもしれない…とも考えることはできて、やはり出会いというのは大事なんだなとつくづく感じる。

おそらく、山田さんは彼がブログをやっていることを、自身のこととして捉えてないかもしれないけど、それがぼくみたいな輩に波及していた事実をお知らせしたい。

そんな10年近くも前のことで、心の奥底に追いやっていたものを、ふと思い出して、なんだか不思議な気分だ。どっかで、山田さんとブログ談義とかできたらうれしいなあ。元気にしてるのだろうか。

学生時代の写真を探したらこれしか残っていなかったのだけど、当然、山田さんはここにはいるわけもなく。とはいえ、懐かしいし、やっぱり今より断然ぽっちゃりしてたのだね、過去のぼくよ。
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