甲「○○はじめたいんですけど」乙「で、今やってることは?」

やりたいことがあるのならすでに何かしらははじめておかなきゃ。

学生のとき、無駄に意識高めで無目的なままに、なんとなく読んでいた営業関連の本。あれって、概観は掴めたかもしれないけど(掴んだつもりになってたかもだけど)ほんとの意味では、97%くらい身になっていなかった。

という事実を、営業職に就いたときに突き付けられた。だけど、仕事をしはじめてから同じ本を読んだら、自分の悩み部分にヒットする部分が多くて、情報にリアリティを感じられて、仕事のコミュニケーションにかなり役立った。そんな記憶がある。

アウトプットを前提に学んだほうが、、いやむしろすでにアウトプットしたうえで学んだほうが疑問や課題などの細部も見えてくる。インプットは、その姿勢ではじめたほうが効率もいいし、それが自分の性に合ってるのだとそこで気づいた。

一時期、ライティングの仕事をしたいと思い立ったときがあって、その仕事をしている人に会うために、「今これやってます」と言えたほうが具体的にダメだしもらえる気もしたから、ブログをはじめたりもした(アドバイスを求められる側になって、“かたち”を持っていない人にはしづらいということを感じたから、わりとそれは当たってたかも)。

まあ、あれですよ。やる(アウトプットする)側になったときに、やっと「はじまる」という感じなのだろう。

やってない状態(これからやりたい/これからやります)での学びというのは、ひどく脆弱にも思えるし、洗脳まがいにもなりかねない。やっていない頭に詰め込みすぎるほうが、身動きがとりにくくなるようだ。

やるとやらないの狭間で揺れていた経験と、葛藤による思考の積み重ねがあったからか、今ではそう思う。

なんとなくだけど、一歩踏み込んで、はじめた(あるいは、「止める」ということをはじめた)知人に対しては、無条件で応援したくなる心理ってのはあるよなあ。

結局のところ、その一歩、いや半歩でもいいから、まずは踏み込んでみる。その好奇心とか、ちょっとした覚悟とか、いいかたちで追い込むための環境があるかどうかだけの話じゃあないか。進んでいくペースはそれぞれでいいとは思うけどね。

と、ふと思ったお昼頃。ループしまくりで聴いてた曲のせいにしておこうかな。

One clap, two clap, three clap, forty?

By clapping more or less, you can signal to us which stories really stand out.