荷を下ろす。根を下ろす。

omija / qeqeqe
Feb 9, 2018 · 3 min read

「なぜ働くのか」

ってのを、議論しはじめたら、そりゃまあいろんな考えがあるからキリはないんだけど、おれ/わたしはこう思うってものくらいは口にできる雰囲気はあったほうがいいよね。

働くのは、「荷を下ろすため」なのかもしれないなぁ、とふと思ったランチ後のひと時だったわけで、そう感じたのは、自身を振り返れば「仕事をすればするほどに荷を重くして自分で自分を苦しめる」なんて状況があったし、まわりをみても、やっぱりそういう人はいる!という事実に気づいたから。

「荷」というのは、「仕事そのものの量」というよりは、意識とか気の量、いわゆるストレスをより減らすために、どういう労働環境をつくっていけるかを定期で見直したほうがいいということ。

何か問題が生じたとき、内的原因と外的原因はどっちもあると思うけど、そもそもの環境自体を疑わないと解決できないことは多々ある。

どこで、週に何日、だれと、どういった関係性のなかで、なぜやっていくのか。など、そういった最初の“前提”をどうデザインしていくことが、巷でもっぱら噂の「働き方」ないし「休み方」を整えることではないだろうか。

その働き方、休み方に合わせて、どんな仕事を選ぶといいのか、また、それがなかなか見当たらない仕事であれば、どう仕事をつくっていくのか、もわりと大事なことなんだろう(少なくともぼくにはそう)。

そういや、「はたらく」は「畑(はた)を楽(らく)にする」という意味もあったんじゃなかったっけな?と思い出して。

あるバーテンダーが「水のようにスッと飲めるカクテルをつくりたい」と答えていたときがあったけど、それと似ていて、違和感、しこりみたいなものをどんどんそぎ落としていく、取り除いていく。

それが荷を下ろすことで、働き方をつくっていくだと今は思う(数年後、いや来年、いいやいや、明日、、、数時間後には変わってるかもしんないけど)。

あくまで「働く」は手段というか、暮らしの一部でしかなくて、大きな意味ってのは、ただただ自分の暮らしをどうつくっていくかどうか、それだけのこと。

みたいなことを考えると、自分が「どこに、だれに、はたまた、なにに」根を下ろすかが、なんとなく見えてはくるかもなぁ。仕事のために働くなんてばかばかしくてやってられないわ。

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大見謝がSNSの代わりに投稿したものを残しておくミニマムブログ。

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