“貨幣”でも“評価”でもない“関係経済”について。

なんとなくこのメモと関係しそうな気がした宮浦さんと「セコリ荘」。3月、おでんを食べにいったときに。

貨幣史がおもしろい。物品貨幣、外国産のものを除けば、日本で一番最初につくられた金属貨幣は7世紀。金属貨幣の全国流通がはじまったのは、三貨制度が定められた江戸時代。

ここであらためて「経済」という言葉について考えてみる。

その意味について調べてみると、あるところは「社会が生産活動を調整するシステム、あるいはその生産活動」としたり、またあるところでは「人間の生活に必要な物を生産・分配・消費する行為についての、一切の社会的関係」としている。

共通するのは、経済といえば「お金(貨幣)」をイメージしやすいが、それは経済の全体を語るものではなく、あくまでその”一部でしかない”ということ。

つまり、ぼくたちの日々といのは、「貨幣経済」だけはない、他の経済でも成り立っていることだ。そう、「評価経済」という考え方だってある。

また、取材や訪問を重ねるなか、地方の暮らし(もちろん都会でもないわけではない)で気づいたのは、お金を介さない「物技(技技)交換」という循環があるということ。

最近では、「〇〇・イン・レジデンス」のようなプロジェクトなどでも、その風習/アイデアを取り入れたものも増えてきた(ある種、原点回帰とも言えるかもしれないが)。

では、物技交換と経済の関係性がどうなっているだろう。

(個人的解釈が強いが)物技交換は、評価経済になぞらっている部分もありつつも、完全にそこにカテゴライズできない。どちらかといえば「関係経済」という言葉で表現したほうがしっくりくるのだ(信頼の矢印が”一方向”か”双方向”かという違いなのか…?)

ここらへんは、自分のなかで「場」とか「コミュニティ」を整理するためにも、関連書読んで、書き出して、もうちょい言語化できるようにしたい。

だって、貨幣・評価・関係のどれか一本に頼るでもなく、経済の選択肢も増やしながら、組み合わせながら、暮らしをつくっていけるほうがいいじゃん。

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