なぜ私が Tanzu Labs へ戻ってきたのか

Yuki Nishijima
Product Run
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10 min readFeb 1, 2024

こんにちは、Broadcom(旧 VMWare)Tanzu Labsでソフトウェアエンジニアをしている西嶋悠貴です。タイトルからわかる通り、私は過去、旧 Pivotal 時代に Software Engineer として働いており、一度退職してから出戻り社員として働いています。当時は東京オフィスの設立前で、ニューヨークオフィスの所属でした。出戻ってくるまでの期間、約5年間程の空白があったことになりますが、その間に何もしていなかったわけでもなく、他のソフトウェア企業で仕事をしてきました。では、なぜ私は Tanzu Labs へ戻ってきたのでしょうか。

本題に入る場合に、Tanzu の歴史について少し触れたいと思います。今でこそ Broadcom の社員として働いている私達ですが、Tanzu の歴史を語るには 1989 年まで遡る必要があります。創業からの流れを簡単に振り返ります。

  • 1989年:創業者である Rob Mee が Pivotal Labs を創業
  • 2012年:EMC(現 Dell EMC)が Pivotal Labs を買収
  • 2013年:EMC と VMWare から Pivotal Software がスピンアウトする形で独立
  • 2018年:ニューヨーク証券取引所へ上場
  • 2019年:VMWare により買収、Pivotal ブランドは VMWare Tanzu へ名称変更
  • 2023年:Broadcom により買収、現在に至る

創業期から数えると30年以上の歴史があり、創業10年以内の若い会社が多い北米では、ある意味異質な会社であったといえます。創業者の Rob Mee は、有名な Extreme Programming Explained という本のレビュワーも勤めており、Pivotal Labs もその哲学を実践するための組織として立ち上がりました。私もその哲学に共感する形で一度目の入社をすることになります。

一度目の入社は、実は東京オフィスではなく、ニューヨークオフィスでした。2013年10月のことです。私が所属していたアジャイルコンサルティング部門(Labs)は、当時まだ東京にオフィスがありませんでした。その後、およそ3年5ヶ月後の2017年2月に転職し、その後はニューヨーク現地で複数回転職をしています。では、ペアプロ 100% も含めて Extreme Programming を実践する Tanzu を離れ、新しい環境でのソフトウェア開発はどのようなものだったのでしょうか。

「ペアプロは遅い」という幻想

Tanzu Labs では Extreme Programming が実践されており、その一環として、全開発者がペアプログラミングで開発を行っています。ペアプログラミングはその名のごとく、二人の人間がペアとなって一つの仕事をこなしていきます。そうすると、一つの仕事を二人でこなすわけですから、当然次のような疑問が浮かんで来るわけです。

二人で一つの仕事をやったら、効率が落ちるんじゃないの?

この質問が生まれること自体は至極当然だと思います。組織として効率をあげようと思ったら、一人の作業者がより多くのタスクをこなした方が効率が良さそうなのは当たり前ですね。しかし、ソフトウェア開発では、そうは問屋が卸さない。実際にペアプロ 100% の組織からそうでない組織に移ると、効率的に思えるプロセスを遅くする様々な要因が、はっきりと見えてくるのです。その中で、私が実際に体験してきた要因をいくつか取り上げます。

いつまでもマージされないプルリクエスト

開発を遅延させる要因として最も頻出するのは、いつまでもマージされないプルリクエストの存在です。近年では、何かしらの形でコードレビューが開発プロセスに組み込まれていることが多いと思いますが、誰しも一度は「まだこのプルリクエストはマージされないのか」と、もどかしい気持ちになったことがあるのではないでしょうか。実装が終盤に差し掛かってきた時には「明日にはステージングで確認できる状態になるだろう」と予測していたものが、実際には数日、数週間かかったり、最悪の場合はマージされることなくゼロからやり直し、ということもあるのではないかと思います。

レスポンスの遅い非同期コミュニケーション

ここ数年では世界的パンデミックがあったこともあり、多くの人がリモートワークとなり、直接ではなくチャットやメールなどの非同期コミュニケーションへの移行を強いられた現実もあるかと思います。これまでは気軽に声をかけられたのに、非同期コミュニケーションとなれば、たった数回の会話のキャッチボールをしただけで何十分も経ってしまう、なんてことは珍しくないと思います。

非同期コミュニケーションであっても、レスポンスが速い人とのやり取りはとても気持ちの良いものです。そういった人と仕事をすると、私も同じ速度で対応しようと感じさせられます。しかし、スピード感のある非同期コミュニケーション文化を作るのは、まさに ”言うは易く行うは難し” 。実際には、ちょっとしたコミュニケーションに数日掛かってしまったり、大きな組織だと必ず誰かが連絡を見落としてしまいます。

「週1回の計画や振り返りは多過ぎ」と主張され、徐々に遅くなっていくサイクル

このようなサイクルが常態化してしまうと何が起こるでしょうか。マージされる頻度が低くなるとデプロイ回数が減り、デプロイ回数が減ればバグ修正や新機能のリリース回数が減ります。すると、チームの誰かが言い出すのです。

今週はこれしか仕事ができなかったから振り返ることがない。週一回の振り返りは多過ぎだ。

実施する必要がないなら頻度を減らすのは当たり前のように聞こえます。しかし、そもそもなぜ頻度を減らす必要があったのか?自分たちのスピードが遅くなっているのではないか?という本質的な問題が対処されずに残ってしまうことになります。

「どうやったらより速く動けるか?」を常に考える Tanzu という組織

Lean, Build, Measure のサイクルはソフトウェア開発にしか使えない手法ではない。

ここまで読まれた方の中には、「いやいや、そんなこと基礎的過ぎて私達は当たり前にできているよ」と思われる方もいるかもしれません。しかし、できるという自己認知であっても、実際数値にしてみると案外達成率が高くないケースもあるかもしれません。具体的に計測可能な指標の例を考えてみましょう。

  1. プルリクエストが送信された日からマージ可否の判断(サイクルタイム)をするまでにどのくらい掛かっているか?
  2. 単位時間当たりのデプロイ回数が単調減少していないか?
  3. 一人当たりのデプロイ回数が単調減少していないか?

自分ではできているつもりでも、いざ実際に数値を見てみると思ったほど数値を出せていなかった、ということは往々にしてよくあることです。そして、こういった数値を人手で計算するのは大変なので、Code Climate のようなサービスが存在するわけです。

余談ですが、Code Climate の創業者である Bryan Helmkamp は創業前に当時の Pivotal ニューヨークオフィスを間借りしていました。また、現在 Code Climate の Vice President of Strategy and Operations を務める Josh Knowles は、Pivotal ニューヨークオフィスの Director や Vice President を歴任してきました。つまり、Code Climate というサービスは Pivotal が回すプロジェクトを肌で感じてきた人々によって開発されているのです。

さて、話を Tanzu Labs へ戻します。Tanzu Labs では組織として毎日、「自分達も失敗するかもしれない」、「自分達も遅くなっているかもしれない」という考えが強く浸透しています。ここまで議論してきたのはソフトウェア開発の例でしたが、Tanzu Labs では全ての物事にこの原則を適用し、少しでも改善の余地が無いか、従業員全員が当事者意識を持って活動しています。

もう一つの例が、オフィスレトロ(振り返り)です。通常、仕事環境の改善は人事や IT、オフィス環境チームなど、専用の部署やチームが個別に意見を吸い上げて対応していることが多いのではないかと思います。パンデミック前の話になりますが、Tanzu Labs では所属するオフィスの従業員全員(規模の大きいオフィスでは数グループに分けて実施)で振り返りを行い、問題や解決案を出し合います。

オフィス環境について所属従業員全員で振り返りを行う様子(2016年に当時の東京オフィスにて)

そして、解決案の実行はもちろん Learn, Build, Measure のサイクルで回され、上手くいかなった施策はすぐに廃止されます。上手く回り出した施策はそのまま続け、問題を挙げた当事者へのインタビューや、場合によっては再度振り返りを行い、改善を続けます。

Amazon が地球上で最もお客様を大切にする企業という経営理念を掲げているのは有名な話です。社内ではなんと、「別部署の従業員もお客様のように扱え」という意識が徹底されており、部署間のコミュニケーションも、まるでお客様対応のように迅速で丁寧な対応をされるそうです。Amazon にとっての顧客第一主義とは、まさに会社の DNA だと言えるでしょう。

では、Tanzu Labs にとっての DNA はなんでしょうか。それはまさに、何事においても改善のサイクルを高速に回すことに挑戦する文化にあると言えます。

世界のソフトウェア開発はまだまだこれから

ソフトウェアが急速に発展したことによって、世界の企業時価総額ランキングでトップを占める企業は、そのほとんどがソフトウェアを主として開発する企業ばかりになりました。その一方で、長い歴史を持ち、ソフトウェアが浸透する前から人々の生活を豊かにしてきた大企業も、世界中にまだまだたくさん存在します。Tanzu Labs では、これまでの経済を牽引してきた素晴らしい企業を、素晴らしいソフトウェア企業へ変革する手助けをするため、日々奮闘しています。

Transform how the world builds software.

この「世界のソフトウェア開発を変革する」という言葉自体は2015年前後から会社のビジョンとして使われていたものですが、その企業文化は1989年の創業以来、脈々と受け継がれて今日に至ります。このように、長年の積み重ねによって作られた企業文化というものは、簡単に他の会社が真似できることではありません。

あの文化の中で、また仕事がしたい。

これこそが、私が Tanzu Labs へ戻ってきた大きな理由なのです。

ここまでお読み頂いて少しでも Tanzu Labs に興味が湧いてきた方は、ぜひ Product Run を購読頂き、今後の情報発信を楽しみにして頂ければと思います。

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