パラサイト的格差が蝕む世界

なぜ格差は生まれ、拡大しつづけるのか

Takuma Oishi
Project ARCH
8 min readFeb 23, 2020

--

Photo by Dan Freeman on Unsplash

韓国映画のパラサイトがアカデミー賞作品賞を受賞した。この映画のテーマは「格差」である。最近ではパラサイトの他にも、ジョーカーや万引き家族など、格差を題材とした映画が続けて話題となった。これは果てして偶然なのだろうか。パラサイトをきっかけに、いくつかの視点から「格差」について考えてみる。

🕷貧困層は旧避難場所の地下層に住む

パラサイトでは「半地下」が貧困の象徴として扱われている。韓国では1960年代に北朝鮮からの攻撃に備え、家屋に避難場所として、地下層の設置が義務付けられていた。その後、圧縮成長によりソウルへの人口流入が本格化、これ以上人口増加に耐えきれなくなったとき、密かに住居として貸し出されたのが、元々避難場所として設置されたはずの地下層だった。現在でも80万人以上の貧困層が、半地下で暮らしているといわれる。

なぜ韓国ではこのような格差が生まれたのか。1997年に韓国は財政破綻の危機に陥り、IMF(国際通貨基金)の管理下に置かれることになった。この状況を脱するため、金大中政権は、資本市場の開放・国家規制の緩和・公企業の民営化など、新自由主義的な政策を次々と行っていった。その結果、無事に経済危機は乗り越えられたものの、急激な産業構造の転換が格差の拡大を招いてしまったのだ。

🕷貧困脱出の唯一の道は名門大学合格

韓国の格差を表す数字をいくつかあげる。66歳以上の貧困率は、日本の19.6%に対して、韓国は43.8%と2倍以上。所得上位10%が全体に占める割合は43.3%と非常に高く、合計特殊出生率は、日本の1.42に対して、0.98と1を下回る数値だ。特に合計特殊出生率の低さは、貧困層は子どもを生んでも育てるのが難しい、韓国ならではの社会事情が背景にある。

韓国は言わずと知れた超学歴社会だ。ソウルでは、小学生の頃から大学受験を意識して、毎日数時間塾に通わせるのが一般的だという。ある家庭では、手取り100万円のうちおよそ60万円を教育費にあてているという。そんな状況を見兼ねて、ソウル市は22時以降の授業を禁止する条例を制定するほどだ。韓国で貧困を脱出するには、子どもを名門大学に入れるしかないのである。パラサイトの”ギウ”も何度も大学受験に失敗している。

🕷格差が拡大しているのは韓国だけではない

格差は韓国国内だけではなく、世界中で拡がっている。世界の格差を表す数字をいくつかあげる。

  • 上位1%の総資産は、下位99%の総資産より多い
  • 上位26人の総資産は、下位50%の総資産と同じ
  • 上位10%が、全世界の所得の約40%を占める
  • アメリカ国民1人当たりの所得は、中国の4倍・インドやナイジェリアの10倍・ケニアの20倍・中央アフリカ共和国の90倍

🕷一度生まれた格差は不正に拡大しつづける

なぜ世界中で格差は拡がりつづけるのか。現代の世界は「自由市場経済」の考え方が一般的である。これは”自由に競争して全体の富が増えれば貧しい人にまで恩恵が行き渡る”という思想に基づく。しかし一度経済成長が停滞すると、誰かの取り分を犠牲にしない限り自分の取り分は増えなくなってしまう。すると、上位の権力者が、政治や経済のルールを自分達の都合の良いように変えてしまう。この働きを「レントシーキング」という。自分に都合の良いルールで力を拡大した権力者は、その力を行使してさらに都合の良いルールをつくる。この負の連鎖こそが、世界中で起きている格差拡大の裏に潜む悪魔のシステムである。

また、格差は世代間でも引き継がれる。当たり前だが、貧困層は所得が低いため、教育の機会に恵まれない。教育の機会に恵まれないと、所得の低い職にしか就けなくなる。このような負の連鎖も同時に起きているのだ。生まれたときにはすでに、格差の上にいるか下にいるかは決まっている。

🕷経済シフトによりさらに格差は拡大する

製造業からサービス産業への経済シフトによって、さらに格差拡大に拍車がかかっている。基本的には、サービス産業は勝者総取りのシステムであり、製造業主体の経済に比べ、賃金の幅が広くバラつきやすい。同じく、プラットフォームビジネスでも、上位のものだけがネットワーク効果で富を独占することができる。優れたアルゴリズムを創造することで、世界中からカネとデータを吸い取る仕組みともいえる。

近年のギグエコノミーの台頭によっても、働き手の競争は過激化している。Uberの登場によって、ニューヨークのドライバーは約6.4倍に増えた。既存のドライバーは競争率が上がることに反発してデモを起こす一方、Uberのドライバーも賃上げを迫ってデモを繰り返している。上層だけが富を得るなかで、下層は低収入で単発の仕事を請け負っているのが現実だ。同時に、下層の仕事はAIに置き換わっていく危機にも晒されている。

🕷格差が問題なのか、貧困が問題なのか

これまで格差についてみてきたが、果たして格差はそれ自体が問題なのだろうか。貧困層の生活レベルさえあげられればよいのではないか。

もちろん貧困層を救うことが何より重要といえる。しかし、格差があること、つまり自分より富をもつものがいること、そしてそれが見える状態にあることは、想像以上に人々の肉体や精神を蝕んでいる。

1つ面白い事例をあげる。航空機内での暴言や暴力によるトラブルをエア・レイジというが、ファーストクラスがあるフライトでは、ないフライトに比べて、エコノミークラスでのエア・レイジの発生件数が3.84倍に増加するという。これはフライトが9.5時間遅れた場合の増加率と同じというから驚きだ。また、ファーストクラスを通ってエコノミークラスに乗った場合、ファーストクラスを通らない場合に比べて、エア・レイジの発生件数は2.18倍に増える。自分より良い立場にいるものの存在は、自身がそう自覚してなくとも、大きなストレスとなっている。

🕷格差が大きい国に住むほど寿命が縮まる

格差は健康にも大きな影響を及ぼすといわれている。世界の国民の健康度データを分析すると、貧困国同士では健康度は平均所得に比例する、つまり裕福な国ほど健康度があがるが、先進国同士では健康度は経済格差に比例する。つまり格差が大きい国ほど健康状態が悪化する傾向にあるのだ。

これは単に栄養不良や医療ハードルだけが原因ではない。それなりの所得を得ていたとしても、コミュニティ内での社会的・経済的地位が相対的に低いと、ストレスを受けやすく、健康リスクに繋がるといわれている。格差が大きい国ほど、ストレスに起因する心筋梗塞などのリスクが高いのが現実だ。ほかにも、動脈硬化やアルツハイマー病につながる慢性的な炎症が継続しやすくなる、染色体を保護するテロメアが短くなりやすくなる、脳の海馬や扁桃体などに障害が発生しやすくなるなど、ストレスはあらゆる健康リスクに繋がるといわれている。

🕷格差がつくる気候変動の被害者と加害者

気候変動の影響でも格差は拡大している。貧困層は気候変動への適応力が低いため、被害が拡大しやすい傾向にあるからだ。地球温暖化によって平均気温が1℃上昇しただけで、貧困国のGDPは余計に17〜31%減少した。また富裕国と貧困国の経済生産高の格差も余計に25%拡大している。

その気候変動の原因は、富裕国がつくっているというのが皮肉な話だ。上位10%の富裕層が全体の50%の温室効果ガスを排出、つぎの上位40%が全体の40%の温室効果ガスを排出している。その被害を真っ先に受けるのは、残り10%しか排出していない下位50%の人々なのだ。

1つの国の中でみても、格差は環境破壊に繋がるといわれている。実際に格差が大きい国ほど、環境政策への取り組みが少なく、環境に関する研究・開発にかける支出も低い。これは、環境破壊活動に伴うコストと便益に対する重みづけが、 コストを負う人々と便益を享受する人々の力関係で決まるからだ。環境破壊活動によって益を得る人が害を被る人より裕福で権力を持つ場合、 社会的意思決定は敗者よりも勝者に有利なものとなる。

🕷格差は平和の代償、是正には破壊しか道はない

社会が安定すればするほど、格差は拡大するといわれている。これまでの歴史で平等がおとずれたタイミングは、以下の4つの出来事の後だけだ。

  • 戦争(大量動員戦争)
  • 革命(変革的革命)
  • 崩壊(国家の破綻)
  • 疫病(致死的伝染病の大流行)

これらによって、統治構造が破壊され、富裕層や権力者が富を失った状況でのみ、平等は実現してきた。それ以外で、同じような効果をもつ新たな平等のメカニズムは、今のところ生まれていない。

今後もさらに格差は拡大していくだろう。成功したものが富を得ること自体は悪いことではないが、生まれた瞬間から結果が決まっていることは避けたいし、格差が不正に拡大することも許してはならない。格差はかなり根深い問題なので、どう向き合っていくべきか、引き続き考えていきたい。

--

--