Appleを超えるブランド Peloton / 現代の聖職者はエアロバイクに乗る

Yasuhiro Sasaki
Project ARCH
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15 min readFeb 14, 2019
https://www.racked.com/2018/8/6/17657516/peloton-at-home-fitness-flywheel-classpass-rumble

昨年から、今一番クールで面白い会社はPelotonと言い続けています。

再定義された次世代型のブランディング、他に類を見ないビジネスモデル、全米ぶっちぎり1位のリアル店舗のパフォーマンス、ハードから物流、コンテンツを含む垂直統合、カルチャー、宗教性など多様な面で示唆を与えてくれるスタートアップです。

昨年秋に担当したグロービスの「デザイン経営」の授業でも1コマの大部分を使って解説・ディスカッションをさせてもらいました。

これはPeloton CEO John Foleyのプレゼンテーション。これからのコンシューマプロダクトのブランドが果たすべき役割について、深い洞察とデータを元に語られています。他の業界にも非常に参考になる話が多く、何回も見直しています。

Pelotonとは

http://www.erichwang.com/designDetail.php?index=14

Pelotonは、家庭内で使うエクササイズバイクを$2,295で販売。このバイクは、オンラインでエクササイズを受講できるサブスクリプションサービス($39/月)とセットで提供されています。

バイクは家庭で1人で使うものですが、カリスマ化したインストラクターが実施するライブクラスには全米からアクセスがあり、数千人が同時に受講します。他の参加者とリアルタイムで順位を競い合ったり、ペースを上げ下げすることで、”Peloton”(マラソン・自転車競技などの走者の一団、集団、グループの意味)を疑似体験できるようになっています。

私もロンドンの店舗で体験しましたが、自分の順位が上がったり下がったり、バイクの回転数や抵抗の値がリアルタイムで前面の大型ディスプレイに反映されたりと、モダンで、良い意味で粘着性が高く、没入感のあるUXが実現されているのを体感できました。

後で詳述しますが、Pelotonは、この高価で利益率の高いハードウェアに、サブスクリプションサービスを組合わせることで、かなりの収益性を実現しています。

このモデルは、Tren Griffin(マイクロソフト取締役)が、”SaaS + a Box”と呼んでいるもの。まだ聞き慣れませんが、この”SaaS + a Box”モデルが未来のビジネスモデルの一つの勝ち筋になるのでは、と個人的に考えています。

他にもPelotonの基本情報を並べると、設立:2012年(本社アメリカNY)/ 資金調達合計:$994.7M(シリーズF)/ バリュエーション:$4B / 会員数:約30万人。

特筆すべきは91というNPSスコア。全米でTeslaに次いで第2位。Appleをも上回ります。チャーンレートは驚異の1%。John FoleyはNPSの目標は100と公言しています。

ここからはJohn Foleyのプレゼンを抜粋・補足しながら、Pelotonがベースにしている世界観、ブランディング、顧客との関係の築き方などを紐解いていきたいと思います。

これは他のコンシューマプロダクトにも大いに参考になるはずです。

急成長するフィットネス市場

it wasn’t until the late 70s that Fitness became a craze

フィル・ナイト(Nike創業者)が”Shoe Dog”に書いている通り、フィットネス業界は非常に若いカテゴリーです。今となっては想像もできませんが、1970年代前半までは、フィットネス業界というカテゴリーそのものが存在しませんでした。ジョギングやランニングが「異常な人」に見えなくなったのは70年代後半からです。

そこから市場は急成長。2000年になると、ジムの会員は30百万人に。そして現在は55百万人。単に数が増えているだけではなく、毎週の運動の時間は40分から60分に増えています。

Pelotonが勢いを得た背景にはこういったマクロトレンドがあります。

Pelotonは宗教である

What are people getting from that? They’re getting guidance. They’re gettin ritual, identification, community, music, ceremony, spirituality, reflection. They’re getting that through instructor-led group fitness classes

話はだいぶ変わりますが、昔のアメリカ人は非常に信心深い国民でした。一昔前の映画でよく観るように、週末には家族連れ立って、教会やシナゴーグに行くのが毎週の習慣。

果たして人は宗教から何を得ていたのでしょうか?

キリスト教徒であれば、教会に行き、近所の信者と一緒に、45分もの間ろうそくが灯る空間で、神父が演台から話す説教を聞きます。その首には、十字架がぶら下げられている。

そこで得られるのは、導き、儀式、帰属、コミュニティ、内省、霊性、祭式、音楽です。

https://buffalonews.com/2018/11/30/former-priests-talk-moderated-forum-to-focus-on-catholic-crisis/

過去40年で、そうした形で宗教組織と心理的つながりを持つ人の数は激減しました(68%⇨42%に)。しかし、それは現代人が人生において、ガイドや儀式、コミュニティが不要になったということではありません。

フィットネスジムで、ヨガのクラスやサイクリングのクラスに参加するとしましょう。そこではクラスをリードする先生がいて、毎週のように顔を合わせる参加者達と、同じようなタンクトップを来て、音楽に合わせて儀式めいたことを行う。考えてみると、こうしたクラスは、先ほどの8つの要素(導き、儀式、帰属、コミュニティ、内省、霊性、祭式、音楽)を全て兼ね備えています。現代人たちは、昔は週末に宗教施設で得ていたものを、インストラクターがいるグループクラスで得ています。

それに加え現代は何が起きているかというと、共働きの増加です。

60年代、共働き世帯は勤労世帯の47%しかいませんでした。2000年代に入ると、その比率は67%にまで上がっています。その上、テクノロジーが我々を常にオンラインの状態にいることを強います。週末もメールを確認する人も50%います。

どんどん忙しくなる現代人。彼らはジムに行くことすら難しくなっています。仕事が終わった後に子供を迎えに行き、その後さらに子供を置いて夫婦でジムにいくことなんて出来ないでしょう。心の拠り所が教会ではなくジムに移りました。でもそのジムにすら行けない。そこで得ていた儀式やコミュニティ、内省、音楽の体験をするのが難しくなっています。

「だから私はPelotonを作ったんだ」とJohn Foleyは言います。

https://www.meetselect.com/lifestyle/Peloton/

Pelotonは、かつての教会が提供しているものを提供します。導き、儀式、帰属、コミュニティ、内省、霊性、祭式、音楽を。

フィットネス業界のNetflix?

We have 7,000 classes on-demand so we’re like the Netflix of fitness.

Pelotonは、世界最高クラスのインストラクターを取り揃えています。そして、NYの自前のスタジオで12時間のライブコンテンツをストリーミングを収録・配信しています。これまで撮り貯めたコンテンツは7,000時間。Pelotonのユーザは、ライブもストックコンテンツもどちらも楽しむことができます。「フィットネス界のNetflix」であるとJohn Foleyは胸を張ります。

リアル店舗についても触れましょう。今や全米26箇所に店舗があります。加えて、ただプロダクトを売っているだけではなく、ユーザの自宅への配送・セットアップまで行っています。自分たちでロジスティクスまでカバーしているメーカーはほとんどないはずです。

Pelotonは、自宅までPeloton専用のバンで顧客の自宅まで出向き、ハードウェアとソフトウェアのセットアップを行います。そして、コンテンツをどのように楽しめばいいのか、などについてユーザと話し合います。John Foley曰く「ハンサムなUPSのドライバーと、AppleのGenius Barのスタッフを足して2で割ったような人が自宅まで来てくれる」。

もちろんPelotonは、ハードウェアもコントロールし、高性能のタブレットを作っています。クライアントサイドのソフトウェアも、クラウド側のソフトウェアも全部内製。ストリームに加え、オンデマンドのクラスもあり、店舗も自前で運営。そして配送までカバー。

フィットネス中に必要なジムウェアや、水分補給用のボトル。もちろんそういったアパレルや小物のラインナップも全て揃えています。

そして音楽も。エクササイズ中はアップテンポの音楽でテンションを上げるものです。Pelotonは音楽配信会社のNeurotic Mediaを買収。BGMまで自社提供をしています。

John Foleyは”Netflix of Fitness’と言うものの、こうして見ると、Pelotonを表現する時にNetflixというメタファーは正しくないです(Netflixは視聴のためのデバイスも作りはしないし、ポップコーンもソファも作っていない)。それ以上のことをPelotonは行っています。

Pelotonが、こうしたスキのない垂直統合を行うのは、レイヤー全てを自社でコントロールするためです。顧客とPelotonの間で、ダイレクトな関係を邪魔する者は誰もいません。

現代的なブランド vs 伝統的なブランド

John Foleyがプレゼン中に紹介したこのスライドでは、現代的なブランドと伝統的なブランドの差分が鮮やかに説明されています。NYのエージェンシー、Parnters and Spadeがまとめたもののよう。

ゴール:現代的なブランドは「目的」がドライブする。それは社会的意義だったり、ビジョンだったりする。安易に売上至上主義的に陥らない。

管理:過去、マネージャーやエグゼクティブの仕事はいかに社内組織を整備し、それを決められた通りに管理するかだった。今必要なのは、社内に適切なカルチャーを広めることだ。

アウトプット:ブランドのアウトプットはロゴやイメージではない。経験こそがブランド。

信頼:かつてブランドは、歴史や権威によって消費者からの信頼性を得ていた。現代の消費者はそういったものに影響を受けない。徹底した透明性を通じて消費者と共感を築くのがモダンな方法だ。

プロセス:完璧主義ではなく、反復を通じて絶え間なく改善していく。

アクティビティ:ユーザをコントロールしようとしてはいけない。ユーザが目指すゴールが達成できるようエンパワーするのがブランドの役割だ。

マーケティング:マーケティング部、のような独立した部署がマーケティングを担ってはいけない。顧客とブランドの全てタッチポイントがブランディングを担当しないといけない。コールセンター、ストアのスタッフ、配送スタッフ全員だ。全部署にマーケティング機能、マインドセットビルトインされているべきだ。

顧客との関係:「作って売る」ビジネスモデルでは、取引回数を増やすことが重要。しかし、サブスクリプションやソーシャルメディアの影響で、より広範囲に、より長く顧客との関係が築くことが求められる。

世界に3つしかない最強のブランド Apple TeslaそしてPeloton

I think there’s only three that really stand out to me and it’s Apple, Tesla, Peloton.

コンシューマ向けプロダクトを扱う会社をこのように並べてみましょう。

左にはハードウェア/ソフトウェアのインテグレーションにより優れたUXを提供しているイノベーター。ここには、BeatsやSONOS、GoPro、Oculus、Nestなどが入ります。右側にはD2Cブランドのイノベーター。ここに入るのはWarby Parker、Harry’s、Casperなど。

こう並べてみると、この2つが重なるところにいる会社はほとんどないことが分かります。ここに入るのは、Apple、TeslaそしてPelotonだけです。

チャネルをコントロールせよ

You get crazy profitability in your stores even vis-a-vis the best brands in the world.

アメリカでNPSが高い6ブランド。Tesla(NPSスコア 97)、Peloton(91)、Warby Parker(91)、Bonobos(75)、PlayStation(75 /Sony)、Apple(66)。

(PlayStationを除き)これら全てに共通しているのは何か?

それは自前の直営のリテール店舗を持っているということです。店舗で「消費者との豊富なダイヤローグ」を直接行うことが、モダンなブランディング、競争優位の核になりつつあります。

https://www.meetselect.com/lifestyle/Peloton/

Pelotonも、売上の大多数はオンライン経由ですが、今後リアル店舗の果たす役割はますます大きくなっていきます。多くのD2Cブランドは、オンライン経由のユーザよりもリアル店舗経由のユーザの方がLTVもコンバージョンも高いことを、多くのデータが実証しています。

https://www.meetselect.com/lifestyle/Peloton/

また、冒頭にも触れたPelotonの”SaaS + a Box”モデルが、いかに収益性が高いかを見てみましょう。

参考までに、アパレル、宝飾、ラグジュアリーブランドなども含めた全業種のリアル店舗の中で、単位面積当たり売上が大きいのはApple。年間約$5,500/sqftです(Best Buyなど普通の家電量販店は$1,500程度)。Tiffanyがしばらく2位を占めています(約$2,900)。Pelotonは店舗展開を数年前に始めたにも関わらず、その数字は年間$3,627。すでにTiffanyを抜いています。

しかも、計算方法を変えてみると、Appleの倍近くのパフォーマンスになることが分かります。冒頭述べたように、Pelotonのビジネスモデルは、ただハードウェアを売るというものではありません。”SaaS+a Box”というモデルで、月額$39のサブスクリプションも付加されます。そこで最も重要なKPI(の一つ)はLTVです。

計算すると、4年間のLTV(1%のチャーンを加味)は$6,279、6年間の場合は$7,605、8年間だと$8,931にもなります。ビジネスモデル特性まで考慮して比較すると、Pelotonのリアル店舗のパフォーマンスはAppleよりはるかに高くなります。

John Foleyのプレゼンテーションは”Viva Retail!(リテール万歳)”で終わります。

垂直統合されたタッチポイントの中で、リアル店舗の果たす役割は非常に大きくなっています。しかし、現在、このリアル店舗を流通事業者の手に明け渡してしまっているブランドがあまりに多いのが事実。

全米でトップクラスのNPSや収益性。Pelotonがこれらを実現するためにチャネルのコントロールは必須。これから高いパフォーマンスを期待するコンシューマプロダクトは、自前のリアル店舗の重要性が高まっていくだろうと思います。

Pelotonについては他にもコミュニティや、グロースの課題などについて語りたいことがありますが、長くなってきたので別の回に譲りたいと思います。

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Yasuhiro Sasaki
Project ARCH

Founder of Lobsterr https://www.lobsterr.co/. Director, Business Designer at Takram. Opinions are my own. Twitter @yasuhirosasaki