Glossierフラッグシップショップに見るブランド体験デザインの最前線

Hironori Iwasaki 岩嵜博論
Project ARCH
Published in
9 min readJan 4, 2020

昨年11月にNew Yorkを訪れた際、D2Cコスメティックスブランドの代表として注目されているGlossierの店舗を訪れた。平日の午前中かつ小雨の天気だったにも関わらず、お店の中はかなりの人。Glossierの顧客からの支持がよく伝わってきた。
Glossierの店舗体験にはブランドエクスペリエンスづくりの未来のヒントがあった。ブランドとは記号ではなくシームレスな体験であり、一体的な体験の提供への徹底的な作り込みがブランドとしての完成度を高めている。UXやCX、あるいはOMOといった概念で議論されているデジタルとフィジカルを通じた顧客体験設計の最前線がそこにはあった。

D2Cの代表的ブランドGlossier

Glossierは元VOGUEのエディターEmily Weissが主催するコスメブログ「Into the gloss」に出自をもつD2Cコスメティックスブランド。ECによるダイレクト販売を中心に着実にユーザーを拡大。VCからの資金調達も行い、今や評価額1,000億円を超えるユニコーン企業として知られている。
最初はオンライン販売でビジネスを始めたGlossierだが、最近はNew York、Los Angels、Londonなどの大都市にフラッグシップショップの出店を始めている。今回訪れたのはNew Yorkの店舗、D2Cブランドのリアルショップが多く集まるSOHOエリアの外れに2018年にオープンした。

Glossierの体験デザイン

New Yorkの店舗は、建物にGlossierのバナーが掲出されているものの、道路に面した店舗のファサードはすりガラスの開口部に小さくブランドのロゴがついているだけというかなり控えめなものだ。一方で、すりガラスの先には柔らかい光を感じ、入り口のドアのノブはブランドを象徴する薄いピンク色になっていて、オンラインでブランドのことを知る顧客に対して期待感を提供するには十分な設えになっている。

ドアを開けるとその先には赤いステップの階段が見える。トップライトが取られた天井から降り注ぐ優しい光が壁にしっとりと反射する心地よい空間。階段のステップを登るごとにその先にあるブランドの世界に対する期待が高まる。

階段の先にあるのは、既に買い物を済ませた顧客が品物を受け取るカウンター。といってもその仕組みはかなりユニークで、上層階で予め持ち帰り用のバッグに梱包された商品がリフトで壁伝いに下に降りてくる。名前を呼ばれた顧客は嬉しそうに自分の名前が記されたバッグを受け取っている。訪れた顧客をこの様子を店舗の入り口で目にすることで、ここで買い物をするとこんな喜びが待っているんだなと感じることができる。

受け取りカウンターを正面に右手に行くと商品が陳列されたスペースがある。店内は一環してブランドのシンボルカラーである薄いピンク色で包まれている。天面が波打った形状になった展示什器にはリップやアイブロウマスカラといったGlossierを代表する商品が什器の凹凸の間に整然と並んでいる。商品はカテゴリーをゆるやかにまたいで陳列されていて、一つの商品が複数の場所に分散して置かれている。顧客は一つの商品を異なる文脈で何度も目にすることになる。

陳列スペースの右側にはパウダールームがあり、顧客は自由にテスターを試すことができる。この日も多くの女性客で混み合っていた。

什器の周りには、薄いピンク色のつなぎのようなユニフォームを着たスタッフが回遊していて、顧客の質問に答えている。彼女たちは、ラフな服装にユニフォームであるつなぎをまとっている。自然なメイクと接客態度はブランドのパーソナリティそのものだ。

商品の注文もスタッフを通じて行う。スタッフに欲しい商品を伝えると、タブレットを使って商品を確認し、決済もタブレットで行う。WEBサイトの店舗案内にも注記があるが、Glossierのショップでは、クレジットカードもしくはデビットカードでの支払いしか受け付けていない。

レシートが必要な場合はEメールアドレスを伝えるとそのアドレス宛にメールのレシートが届くという仕組みだ。ここで伝えたEメールアドレスは顧客情報として管理され、その後も顧客とのコミュニケーションに活用される。

決済を終えると入り口のカウンターに取りに行くように促され、5分も待つとリフトによって購入した商品が降りてくる。このリフトの仕組みがちょっとしたエンターテイメントになっていて、自分の順番が来るのを楽しみながら待つことができる。

購入した商品は、ピンク色のプチプチでできたポーチ状のパッケージに入っている。このパッケージもGlossierブランドの一つのアイコンになっているようだ。ショッピングバッグには決済時に尋ねられた自分の名前が書かれていて、ちょっとしたパーソナライゼーションが行われている。

シームレスなブランド体験
Glossierの店舗での体験を振り返って感じるのは、ブランド体験がとてもシームレスなものになっている点だ。ブランドを構成する要素は、ロゴやネーミングのようなシンボル、製品、パッケージ、店舗、WEB、広告、ソーシャルメディアなどである。その構成要素は複雑だ。店舗をとっても、什器、家具・インテリア、建築、スタッフなどに細分化される。
Glossierにおけるブランド体験は、この全ての要素があたかも一体にデザインされたかのような連続性を感じることが特徴的だ。例えば、製品を包みこむような波状の形状の什器はそのまま空間のアクセントとなり、店舗空間を構成する要素の一つとなっている。また、製品と製品を入れるプチプチパッケージ、そのプチプチパッケージがリフトで降りてくることも、製品、パッケージ、店舗、接客オペレーションが一体となっている印象を受ける。

従来のブランド体験デザインの方法論
これまでのブランドマネジメントでは、製品や店舗などのブランドを構成する要素は個別にデザインされることが通常だった。製品、WEB、店舗などは専門のデザイナーが個別にデザインしてきた。近年、これらの複数のデザイン領域を横断的に統括するクリエイティブディレクターのような専門家がディレクションを行うことで、ブランドの統一性をもたせようという流れも生まれている。
既存のブランドマネジメントで重視されてきたのは、ネーミングやマークなどのシンボルやブランドのコンセプトを通じた「アイデンティティ(identity)」の定義、およびそのアイデンティティの「一貫性(consistency)」を確保するというアプローチである。ブランドマネジメントにおいて、時々ブランドガーディアンと呼ばれるブランドの活動がアイデンティティの定義からズレていないか監視する役割の必要性が議論になることもあるくらいだ。

シームレスなブランド体験を実現するための協調モデル

トップダウン型から協調型ブランドマネジメントへ

アイデンティティの一貫性を確保するというブランドマネジメントの方法論は、これまで大量生産大量消費型のブランドビジネスには適したものであった。製品はディストリビューターや小売を通じて販売されるため、ブランドをガーディアン型でマネジメントしないとコントロール不能になってしまう懸念があったからだ。
一方、GlossierのようなD2Cブランドの特徴は、ものづくりからチャネルまでを垂直統合し、顧客と直接対話することができることである。こうしたブランドビジネスにおいて、アイデンティティと一貫性のモデルは次のレベルに移りつつあるように見える。
Glossierもアイデンティティと一貫性の方法論を踏襲している側面もあるだろう。一方で、アイデンティティをトップダウンでブランドの各構成要素に適用しているだけでは、ここまでシームレスなブランド体験を作り出すことは難しいように感じる。
Glossierのブランド体験を見ていると、ゆるやかなアイデンティティの制約を維持しつつ、それぞれの構成要素が協調しながら関係性を創出しているように見える。いわば、ツリー構造的でトップダウン型なブランドマネジメントから、ネットワーク的で協調型のブランドマネジメントへの方法論的転換を感じる。
D2C時代において、ブランドマネジメントはよりシームレスな体験を提供するための協調的な方法論へ転換しつつある。製品、パッケージ、店舗、WEB、広告、ソーシャルメディアといったブランドの構成要素はより垣根がなくなり、相互補完的で領域横断的なデザインが求められるようになるだろう。

--

--

Hironori Iwasaki 岩嵜博論
Project ARCH

武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科教授/ビジネスデザイナー/ビジネス✕デザインのハイブリッドバックグラウンド/著書・共著に『デザインとビジネス 創造性を仕事に活かすためのブックガイド』『パーパス 「意義化」する経済とその先』『機会発見――生活者起点で市場をつくる』など