Here Comes The Passion Economy

パッションエコノミーと来るべき「働く」のかたち

Project ARCH
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9 min readDec 9, 2019

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Photo by Hironori Iwasaki

Uberに代表されるギグエコノミーの次に来るものとして注目され始めているのが、「パッションエコノミー」だ。ギグエコノミーとパッションエコノミーの最大の違いは、その働き手に「個性」が求められるかどうか。ギグエコノミーはスキマ時間で誰もが簡単に収入を得ることができる「自由な働き方」を実現したが、そこで提供されるサービスは個人の能力や資質とはまったく関係のないものである。それに対してパッションエコノミーでは、個人のパッションやキャラクターこそが価値となる。

ブログプラットフォームの「Medium」やECプラットフォームの「Shopify」、ポッドキャストの作成・配信が行える「Anchor」、ニュースレターパブリッシングサービスの「Subtrack」など、アメリカではここ数年で、個人が簡単にメディアをつくったりモノを売ったりすることでマネタイズが行えるサービスが普及してきた。日本では「note」が代表例だろう。各プラットフォームのトップクリエイターたちは年間に数千万を稼いでおり、その現象は「個人の企業化」とも呼ばれている。

Speakers :
佐々木康裕:Takram ディレクター/ビジネスデザイナー
岩嵜博論:博報堂 ビジネスデザインディレクター
菅野恵美:Takram ビジネスデザイナー

🌶 経済価値化する「IKIGAIとナラティブ」

岩嵜:パッションエコノミーの背景としては、機能的な価値の時代から、情緒的というか、人の想いが込められたプロダクトやサービスを人々が選ぶようになっているという流れがあると思います。ギグエコノミーに対して人を無個性化して安く労働をさせていることへの批判がある一方で、パッションエコノミーでは付加価値があるものをC2Cの世界でも提供することができるかもしれない。そうした「意味の転化」が起きつつあるように感じています。

菅野:近年海外では「IKIGAI」という日本語が流行っていますが、このトレンドにはパッションエコノミーへの移り変わりと近いものを感じています。ここでいわれるIKIGAIとは、好きなこと、得意なこと、お金になること、世界が求めるものの4つが重なるところにあるもの。今後はこうしたIKIGAIやパッションをデザインしていくことも求められると思っています。最近もインフルエンサーのファッションブランドづくりを支援するD2Cプラットフォーム「picki」がニュースになっていましたが、プランニングの先に、そもそも個人のパッションをどう引き出してあげるかを考える「パッションデザイナー」という職業が誕生するかもしれません。

岩嵜:パッションエコノミーを「パッションや情熱が経済価値化する時代」と捉えると、パッションをもっていることで経済的にもメリットが受けられるようになることを意味します。いままで日本では自分の意見を主張しすぎないことが良しとされてきましたが、パッションエコノミーの登場によって「むしろ情熱をもったほうがいいんだよ」というふうに社会の空気が変わるきっかけにもなりえますよね。

先日、地元の滋賀で「Startup Weekend」というピッチイベントをお手伝いしたのですが、なんと小学5年生の女の子2人組が優勝してしまったんです。彼女たちはほかの大人のチームに比べて圧倒的な熱量があった。さすがに小学生なのでつくっているものの限度はあるのですが、それを補って余るほど熱量が飛び抜けていたんです。

佐々木:そうした熱量こそがナラティブをつくりますよね。この前ある人とストーリーテリングとナラティブの違いについて話していたときに、ストーリーテリングは「どう語るか」なのに対して、ナラティブは「どう語るか+どう語られるか」であると教えてもらったことがあります。D2Cブランドの取り組みを見ていても、ただ「わたしたちはこういうことをやっています」と発信するだけでなく、それがSNS上でどう語られるかを含めてよく考えている。個人が企業化していく時代においても、「メッセージを発信する先に自分がどう語られるか?」を考えることが大事なポイントになってくるのだと思います。

🌶 AI時代のマーケットプレイス

佐々木:パッションエコノミーをマーケットプレイスの歴史から紐解いていきたいと思います。アンドリーセン・ホロウィッツの「Passion Economy and the Future of Work」というブログは「What’s Next for Marketplace Startups?」というブログを下敷きにしていて、ここでは1990年代以降に登場した4つのマーケットプレイスが説明されています。

Chart by a16z

第1世代は「Craigslist」に代表される「リスティング時代」。リアル空間にあるものをインターネット空間にリスティングすることで価値を発揮してきた時代です。第2世代は2000年代に生まれた「アンバンドルされたCraigslist時代」。何でも買えるCraigslistから、自転車や家、食料品など、それぞれのカテゴリに応じてアンバンドル=個別化が進んだ時代です。第3世代は2009〜2015年の「”Uber for X”時代」。UberやLyft、Airbnb、DoorDashのようなギグエコノミー・プラットフォームが生まれていった時代です。そして第4世代は「マネージド・マーケットプレイス時代」。「Uber for X」の時代では仲介者は資産をもたずにマッチングだけを行っていましたが、「マネージド・マーケットプレイス」では自ら資産を取得・保有します。たとえば家の仲介を行うときにも、ただ買い手と売り手をつなぐだけでなく、売る前に家を買い取り、リノベをしてから売り出すようなモデルです。

このブログでは「次に来る第5世代って何だろう?」という問いが投げかけられていますが、パッションエコノミーはそのひとつの答えだといわれています。第4世代ではサービスを提供する人が自らリスクを負うかたちでしたが、第5世代の特徴は、サービスを提供したい人に対してサポートを行うサービスが登場していることだということができます。

岩嵜:このチャートで面白いと思うのは、第2世代と第3世代の間に「スマホの登場」という明確な変化があることです。たとえば第3世代に登場するUberやLyftでは、GPS機能があって、小さなスクリーンにマップが表示されるということを前提にしたサービスが設計されている。同様に第5世代において技術的なアシストがあるとすれば、それはやはりAIだと思います。そこで考えるべきは、AIがいかに人々のパッションを引き出し、アシストできるのか。たとえアマチュアの人でも、プラットフォーム側が彼らをアシストすることでクオリティの高いコンテンツにしてくれるといった技術的なアシストが可能になると、第5世代のマーケットプレイスはさらにブレイクするのでしょう。

菅野:そのAIでアシストされた自分のパッションは、果たして本当に自分のパッションなのか?といった問いは、また議論の対象になりそうですよね。

岩嵜:そうですね。AIと人間の役割分担についてはここ数年議論されていますが、やはり人間がクリエイティビティを発揮できるようにするためにAIが面倒くさいこともすべてやってくれる、といった方向に進んでいくように思っています。

🌶 日本はパッションエコノミーの宝庫かもしれない

佐々木:近年「◯◯エコノミー」と呼ばれるものが増えていますが、わたしは多様性礼賛主義者なので、それはいいことだと思っています。先ほどのブログでいえば、ギグエコノミーは第3世代に当てはまりますし、このパッションエコノミーのあとにも「◯◯エコノミー」がすぐに出てきそうですよね。

岩嵜:歴史を見ると面白いのが、まずは汎用型プラットフォームができて、そのあとに専門に特化したサービスができるということを繰り返していること。そういう意味では日本人ってけっこうオタクっぽい側面があるので、そこが専門型のパッションエコノミー・プラットフォームとくっつくことで、社会としてのイノベーションが進んでいくと面白くなるんじゃないかと感じています。

佐々木:この前ジーンズの歴史について調べていたときに、Levi’s本社の人よりも日本人のジーンズオタクのほうが詳しいというエピソードを聞いたことがあります。そうした日本人がもつオタク性は、グローバルでも価値のあるコンテンツになるかもしれません。

パッションエコノミーという言葉はアメリカで生まれたものですが、その波は日本にも間違いなくやってくる。現在のパッションエコノミー系のツールは「Subtrack」や「Anchor」などアメリカのスタートアップがつくっているものが多いのですが、日本向けにつくり直したりする会社が出てきたら伸びるとも思います。このパッションエコノミーの領域で、今後どんどんスタートアップが出てくるといいと思っています。

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