中国の信用スコアの真実

信用スコアがもたらすのは悪の監視社会なのか

Takuma Oishi
Project ARCH
7 min readDec 25, 2019

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Photo by Ewan Yap on Unsplash

中国では信用スコアが徐々に普及し始めている。しかし、日本ではその実態が正しく理解されていないことが多い。メディアではセンセーショナルな部分だけが切り取られ、監視社会のはじまりだと叫ばれている。しかし、信用スコアは日本のビジネスにおいて参考にすべき点も実は多い。そこで、中国の信用スコアの実態とその背景にある要因を簡単にまとめる。

🍩 中国の信用スコアの実態

まず、日本では混同されがちだが、中国で信用を評価する取り組みには、政府による”社会信用システム”と、民間による”信用スコア”の2つがある。社会信用システムは国によって主導され、2020年までに基本構造を実装することを目指している。一方、民間による信用スコアはいくつか存在している。なかでも最も利用者が多いのが、アリババによる芝麻信用である。

両者の境界は次第に曖昧になってきているが、どちらかというと社会信用システムは減点方式で処罰を与える仕組み、信用スコアは加点方式で特典を与える仕組み、という位置付けにみえる。当たり前ではあるが、前者は自動的に全国民に適用されるのに対して、後者は申し込み型のサービスで加入しない限りはスコアが算出されないという違いがある。

🍩 社会信用システムについて

社会信用システムは、行政処罰・司法判決・社会保険料納入情報、交通違反情報などをもとにスコアが算出される。スコアが高いと金利が下がったり、病院で優遇されるなどのメリットがある。一方、スコアが低いと交通機関の利用が制限されたり、ローンが組めないなどのデメリットがある。

中国政府の独裁的な性質から、中国共産党への絶対服従を確実にするための社会監視制度だと批判する声もあがっている※。しかし、政府は体制に異議を唱える者を抑え込む目的ではなく、政権を維持しながらよりよく社会秩序を管理する目的だとして、実装を推し進めている。

※ ‘Social credit’ scoring: How China’s Communist Party is incentivising repression (Hong Kong Free Press)
※ How China Is Using “Social Credit Scores” to Reward and Punish Its Citizens(TIME)

🍩 信用スコアについて

信用スコアのうち芝麻信用は、個人情報を登録すること・安定した収入があること・公共のマナーを守ることなどで、スコアが加算される。スコアが高いと、デポジットなしでモノのレンタルやホテルの予約などができるようになる。また、ECでは商品を受け取った後に、購入するか否か判断できるようになるなど、日常生活の中でいくつかの便益が受けられる。

日本のメディアでは、中国人は毎日自分のスコアを気にしながら生活している、結婚のときには必ず相手のスコアを確認する、などと報道されることもあるが※、最低限の個人情報を入力するだけである程度のスコアが担保されること、よほどのことをしない限り大きくスコアが下がることがないことから、自分のスコアすら把握していない人が多いのが実情である。

※ 個人情報格付け社会 〜恋も金回りもスコア次第!?〜(クローズアップ現代)
※ 中国では婚活・恋活でも重視される「信用スコア」日本ではどう広がる?(ZUU online)

🍩 中国の社会背景と国民性

これまで信用スコアとは何かを説明してきたが、次になぜ中国では信用スコアという仕組みがこれほどまでに普及してきたのかを考える。

まず、中国は他人を信用しない”不信社会”であることが大きな要因となっている。例えばECを利用する際も、購入者は商品が届くか、それが偽物でないか、販売者は代金が支払われるか心配なのである。中国でモノのレンタルやホテルの予約の際にデポジットが必要となるのはそのためである。

また、クレジットカードの普及率が低いことも大きな要因となっている。1人当たりの平均保有枚数は、アメリカが3.1枚、日本が2.0枚なのに対して、中国はわずか0.3枚である※。これでは、アメリカや日本で一般的なクレジットヒストリーを活用した信用評価も行えないことになってしまう。

このように、個人も企業も信用に乏しい社会事情と、クレジットカードの低い普及率によって、信用スコアは普及してきたのである。また芝麻信用に関しては、アリペイが日常生活のインフラとなっており、ユーザーが能動的にデータを渡す必要がないことが普及の大きな要因となっている。

※ 情報銀行と信用スコアリングビジネスの展望(野村総合研究所)

🍩 日本の信用スコアの現状

日本ではドコモやヤフーが参入を表明し、国内の信用スコア市場も少しずつ動き始めている。ただ、現在10社ほどがサービスを発表してはいるものの、準備中のものも多く、ユーザー数はまだまだ少ないのが現状である。

国内では信用スコアは、主に”個人向け融資”と”サービス利用”において活用されている。個人向け融資では、融資の金利や上限金額を判断する手段として、サービス利用では、C2Cやシェアリングサービスにおいて個人の信用を測る手段として用いられている。

中国と異なるのは、あくまで特定のサービス内で信用を測るために存在し、それが日常生活や他のサービスまで影響することは今のところない。

🍩 日本の社会背景と国民性

それでは、今後日本では民間による信用スコアは普及するのだろうか。中国との大きな違いは、アリペイのように日常生活のインフラとなっているサービスが存在しないことにある。つまり、ユーザーは自身の意思によって参加し、第三者が保有するデータの連携可否も自身で決定する必要がある。これは大きな障壁となるだろう。同じ理由で、国内でキャッシュレス決済サービスが乱立しているように、信用スコアサービス自体が乱立してしまい、プラットフォームとなり得るサービスができない可能性も高い。

また、日本人は第三者に点数をつけられるのを過度に嫌う傾向があること、個人情報の漏洩に対してネガティブなイメージが強いことも、普及に対してマイナスの影響を及ぼすだろう。さらに、日本人は一定水準のサービスを誰もが受けられることが当たり前の文化に育っているため、特定の誰かだけが優遇されることに対しても、否定的な見方が強いだろう。

一方で、日本人にも信用スコアが必要とされる理由もある。日本人は一見集団主義的で協力し合っているようにみえるが、それは単にしがらみが存在するからに過ぎないという話がある※。日本人は身内には協力的だが、よそ者には急に冷たくなるとも言われている。一定以上の距離が空くと、途端に不信社会になってしまうのである。そのような国民性を鑑みると、日本にも信用を測ることができるスコアが必要になるのかもしれない。

※ 安心社会から信頼社会へ - 日本型システムの行方(山岸 俊男)
※ 『日本人は集団主義的』という通説は誤り(東京大学)

🍩 信用スコアとビジネスのこれから

今後中国では信用スコアが益々普及していくことは間違いない。中国の結果次第では、数年後に他国でも導入される可能性も十分にある。特に中国では、経済の発展とテクノロジーの進化がタイミングよく合致したことが、キャッスレス決済サービスだけでなく、信用スコアの普及にも繋がっている。そのように考えると、個人間送金サービスのM-PESAが急速でインフラ化したアフリカでも、同じような流れが起きてもおかしくはない。

日本でもC2Cやシェアリングサービスの発展に伴い、信用スコアはより重要な役割を果たすことになるだろう。Airbnbやメルカリでユーザー同士のトラブルが問題となる昨今、信用スコアがそれらを解決する日は遠くないかもしれない。より多くの人と繋がることができる(繋がらなければいけない)社会が、少しでも人々が安心して暮らせる社会になることを願う。

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