日米PropTechの雄が見る2019年の不動産テックとは

Shun Sakurai
PropTech JAPAN
Published in
15 min readJan 12, 2019

2019年1月11日(金)LIFULL8階セミナールームにて新年最初となるPropTech Meetupを開催。当日実施されたパネルディスカッションの模様をお届けする。

パネル前に実施された市川氏の講演

登壇者
市川 紘氏 Movoto Vice President of Finance & Business Development
伊藤 嘉盛氏 イタンジ株式会社 創業者
桜井 駿 PropTech JAPAN オーガナイザー(モデレーター)

2018年のPropTechを振り返るキーワード

桜井:それでは市川さんをお招きしてパネルディスカッションを始めたいと思います。今回も会場からSlidoを使って質問を受付ます。みなさんお手元のスマホからアクセスしてどしどし質問をお願いします。

桜井:それでは2018年のPropTechを振り返るとどのようなキーワードが見えてくるでしょうか。

市川氏:2018年を振り返ると、「セラー」「トランザクション」この二つはキーワードかな、と思います。

桜井:ありがとうございます。早速Slidoに質問がたくさん来ていますが、会場から「伊藤さんを壇上に」との声が・・・笑 伊藤さんよろしいですか?

伊藤氏:登壇します!(※伊藤氏は急遽パネル登壇することに)

巨大ファンドの存在感

市川氏:さきほどのキーワードに加えて、 ソフトバンクのビジョンファンドも威力のある出来事のひとつだと思います。日本人としてすごいと思うし、不動産テックにおける存在感、さらには不動産テックの進化そのもののに寄与していると感じています。

桜井:ビジョンファンドは、日本のスタートアップコミュニティはもちろん、米国のスタートアップやVCの間でもホットなトピックです。スタートアップコミュニティ視点に加え、「不動産業界視点」で見たときに何かありますか。

市川氏:投資する現金の大きさ、規模感の影響はとても大きいと思います。スタートアップ側から見ると、あの金額で投資のオファーをされると「断れない」ということが考えられます。断ってしまえばその多額の資金が競合に行く可能性もあるからです。ビジョンファンドが出資をしている OpendoorのiBuyerのビジネスモデルは、競合ともあまり差はありません。差別化がしにくい中で、巨額の投資を行うソフトバンクの威力は大きかったと思います。

米国と日本の不動産スタートアップの違い

桜井:市川さんから米国のお話を頂いていますが、伊藤さんの振り返る2018年はいかがでしょうか。

伊藤氏:同じく米国の話で、ちょうど昨年の11月に桜井さん、みんなと米国に行き、PropTechのトレンド、いくつかのスタートアップを訪問したりしてきました。そこでわかった大きなひとつに、「日米の不動産スタートアップのビジネスモデルや技術力に差はない」ということです。しかし、決定的な違いが資本市場の厚みで、日本のスタートアップと同じようなことを実施しているスタートアップでも、米国では高い評価額で大きな資金調達が出来ています。技術力などに差はないのにお金、資金の勝負で差をつけられている、それを強く感じました。

桜井:米国に行くと街中にはたくさんのCompass社(ソフトバンクが出資したPropTech企業)の広告があったりして、一般消費者の目にもつきやすくなっています。

参考:筆者撮影 左(2018年5月サンフランシスコ)、右(2018年11月ニューヨーク)

市川氏:不動産系のスタートアップが大型の調達を実施したことで、広告はもちろんエンジニアやデザイナーを有名企業から多く採用したり、テクノロジーへの投資も加速しています。まずは不動産ビジネスで土台を作り、大型の調達後にさらに投資を行う、これを実現できている企業のひとつがCompassといえます。

米国のPropTechは黒船となるか

桜井:会場から「そうした米国のリーダー的企業が、日本に進出する可能性は?」との質問が来ています。

市川氏: まず、不動産ポータル系の米国からの日本進出は難しいと思います。これはMLSの有無など、不動産情報のビジネス環境の違いが大きい。一方で、iBuyerを実施している企業などは可能性があると思います。東京23区など分譲マンションが多いようなエリアでの展開は十分考えられます。日本でもすむたすさんがサービスを開始されているかと思います。

伊藤氏:ちなみにすむたすの社長はイタンジ出身です。

市川氏:会場にすむたすさん来てらっしゃったりするでしょうか?

桜井:すむたすさんいらっしゃっているようなのでせっかくですから今マイクをお持ちします。

すむたす岩田氏:みなさんこんにちは、すむたすの岩田と申します。昨年、iBuyerのビジネスモデルでサービス提供を開始しました。現在は都内のマンションを中心にサービス展開しています。

伊藤氏:実際にすむたすさんがサービスを開始されて何か感じるポイントなどあるのでしょうか。

すむたす岩田氏:現在はWebマーケティングを中心に提供をしていますが、住まいに対する消費者の価値観については気づきが多いです。

市川氏:アメリカの場合は相続や離婚に伴って短期間で売却が必要なユーザーと、買い替えのためにキャッシュ化のスケジュールを確定させたいユーザーがメインのターゲットになっています。

桜井:岩田さん、突然にも関わらずありがとうございました。

2019年のPropTechにおけるキーワード

桜井:まだまだお聞きしたいのですが、時間の都合もあるため次の質問移りたいと思います。2019年のPropTechはどうなるか、そのキーワードを教えてください。

市川氏:まず一つ目は、「オンラインからオフライン」だと思います。これまでのPropTechは、オフラインの煩雑さをオンラインによって効率化するというのが大きな流れでした。リスト管理をCRMへ、内見を3Dへ、オフラインの業務をオンラインに置き換えて行きました。そうすることで、残っている、あるいは残ってしまうオフラインの業務が見えてきたというのが現状だと思っています。

リアルが差別化のカギ

市川氏:これから何が起こるかと言うと、無理にオンライン化せずに、オフラインの業務をその業務のプロへアウトソースする、といった流れが本格化すると思っています。例えば、AGENTLOGYという反響対応の一次対応を行う会社があります。オンライン化が進んだことによって、消費者からの反響は増えました。特にモバイルによってユーザーが気軽に物件に関する問い合わせができるようになったことで、エージェントはその対応に追われています。反響が増える一方で、反響からの成約数が下がってしまうという問題が起きています。手間となる一次対応をプロとして請負うのがAGENTOLOGYであり、それによってエージェントは目の前にいる顧客の対応に時間が使えるようになるのです。

伊藤氏:今のお話に関連して、「ハイテクからミドルテク」というのは一つのキーワードだと思っています。、この4 、5年はハイテクのAI、機械学習などに期待が集まり、盛り上がりました。実際に業務への活用例が増えていく中で、実務に使える領域が具体的に見えてきたことは大きいと思います。ピュアテック、システム提供のみでは実現できない部分を、売り上げを取っていく実務、現場のローテクとハイテクを組み合わせたミドルテックが今後テーマになってくると思っています。

市川氏: ミドルテック文脈で言うと、AGCもキーワードです。AGCとは、Agent Generated Contentの略で、オフラインコンテンツの重要性が増しています。不動産取引において、米国ではMLSがオープン化されているので物件の品揃えだけでは差別化ができません。データベースの情報を単に持ってくるのではなく、実際に自社のエージェントに事前に物件に見学に行ってもらいその感想や現場の情報を集めるということが実施されています。エンジニアやプロダクト側のみではなく、オフラインの現場から得た情報をオンラインへ、その相乗効果を差別化に用いる事例は今後も増えそうです。

桜井:テクノロジーとオンライン・オフラインというところで行くと、会場から「iBuyerは、建物の瑕疵のリスクはどのように把握、または回避しているか?」という質問が来ています。

市川氏:これはiBuyerでもインスペクションがもちろん行われており、実際に人の目で確認をしています。一次見積もりが出た段階で、インスペクターが現場に派遣、標準化されたフォーマットで物件のチェックを行っています。その確認によって、見積もりの5000万円は、どことどこが壊れているから4500万円が妥当なはず、といった作業をしています。企業側も安い買い物ではないので、ここはすべてテクノロジー、オンラインで決済、といったことはなく、慎重に判断しています。

桜井氏:続けて会場からの質問ですが、「Movotoのエージェントは、Movotoによって収入あがっているのか」と。

市川氏:実際に上昇しています。ポイントとして、エージェントにとって、仲介会社へ払うコストが下がる、ビジネスを増やせる、の2点があります。コストはおよそ4割削減、ビジネスの売り上げは2割から3割ほど上昇できています。

オープン化と逆行する取り組み

市川氏:2019年のキーワードとしてもう一つ、「自社MLS」があります。日本では、米国のMLSを見習って不動産情報をオープン化していこう、という動きがあります。一方で、米国ではそれに逆行し、 ユーザー側の仲介手数料節約、ポータル側の物件囲い込みによる差別化のために、物件をMLSに掲載しないといった動きが出てきています。しかしこれは、利用者の集客力が高くないと、自社内で取引が完結できないため、難しいのが現状です。

桜井:確かに情報の一元化を単独で実施する、というのは一つのトレンドのように思います。私はLIFULLやゼンリンの皆さんと不動産情報を異業種で連携する、という取り組みを実施しています。昨年ニューヨークとフィンランドにて、大型のPropTechカンファレンスに参加した際、不動産情報、不動産取引を自社で一元化して実施する、さらにはそのベースとしてブロックチェーンを利用する、というスタートアップの多さに驚きました。それもほとんどが創業間もないシードフェーズの企業です。不動産情報に対するアプローチは、オープン戦略かクローズド戦略か、正解がまだわからない状況が現状です。

2019年はPropTechユニコーン元年

桜井:ちょうど約1年前の2017年12月に、PropTech Meetupの第一回を開催しました。ちょうどどの時も本日と同じ位置で伊藤さんに登壇頂きました。その際、伊藤さんからは「2018年はPropTech元年になる」との力強い言葉を頂きました。2018年7月にはGA technologiesが上場し、10月にはイタンジをGA technologiesが買収、不動産・建設分野のスタートアップでも創業や資金調達が相次ぎました。Proptech Meetupもゼロからスタートし、一年でコミュニティメンバーが400名を超えるなど、まさにPropTech元年と呼べる1年でした。

伊藤氏:2019年のキーワードは、「ファイナンス」だと思います。2018年に米国に行ってみて、日米の違いを強く感じました。当然市場規模、資本市場の違いはありますが、米国のようなハイバリュエーションをつける日本の不動産スタートアップはまだありません。ただ、ビジョンファンドが不動産、リアル分野のスタートアップに投資を行うことで、高い評価がつくという事例が出来たことは非常に大きいと思っています。PropTechが認知されることで、日本のVCの投資も増えていくと期待できますし、日本の企業もデットのみではなくエクイティでの調達も進めていければと思います。

市川氏:そういう意味では、PropTechなのか、不動産テックなのか、RETechなのか、名前は決めたいところです。やはり言葉によって形成されるものってあると思います。

桜井 :このMeetupも、元々はReal Estate Technology Meetupという名前でした。グローバルに調査、各国のコミュニティとも接点を作っていると、PropTechの方がスタンダードになりつつあるため、名前を変更しました。実際に市川さんたちは何を名乗っているのでしょうか。

市川氏:我々は「テクノロジー企業」と名乗っています。正直なところアメリカでもPropTechなのかどうなのか、まだ定まっていません。むしろこれから本格的に盛り上がってくると感じています。

桜井:私もFintechの金融を経験していて今回感じるのは、本日の伊藤さんのお話にもあったとおりPropTechは世界中でまだ横並び状態だな、ということです。Fintechの場合は早いうちから米国がリードし、時間が空いて日本でもブームになりました。しかし、レガシーとはいえ資金決済のインフラなど高度なITインフラがグローバルにつながっていた金融から考えると、不動産分野は各国がそれぞれまだまだレガシーな状態です。各国のPropTechコミュニティも我々同様に立ち上がったばかりでお互いの連携が進むなど、日本にとってチャンスだと思っています。

日本のエコシステムから世界へ

桜井:それでは時間が近づいてきましたのでお二人は最後に一言ずつお願い致します。

市川氏:私は普段米国にいるので、米国にいるからこその情報をどんどん発信していきたいと思います。アメリカの良さ、日本との違いは、人々の住み替えが頻繁である点です。自宅を購入するハードルが低く、私も「なんで家買わないの?」と当たり前のようによく言われたりします。そこにはマクロ的な人口動態、中古住宅の評価手法などの違いもあると思います。さらにライフスタイルの違いも大きいです。米国では、生活に合わせて自宅をどんどん変えていきます。一方で日本では、自宅、家に生活を合わせる形です。ライフスタイルに箱を合わせる、その箱を気軽に変えられるというのはユーザー目線で見るととても幸せなことで、どうすれば日本でもそのようにできるだろう、といつも考えています。まだ答えは自身でも見つかっていません。そのヒントが米国にあると思うので、日本にいる皆さんともどんどん連携していきたいと思います。

桜井:日本のPropTechコミュニティにとって、市川さんとの連携はとても嬉しいものだと思っています。私も昨年サンフランシスコで市川さんに初めてお会いして、そこで日本のコミュニティに対する熱い想いを共有することができました。さらに奇遇なのは、私がイタンジの伊藤さんに初めてお会いしたのも2015年のサンフランシスコでした。

伊藤氏:ちなみにそのサンフランシスコの時に、初めてMovotoのオフィスを訪問したんです。

一同:すべて繋がりましたね(笑)

伊藤氏:昨年は、日本の不動産スタートアップの課題は何か、それを知りたくてアメリカに行きました。しかし実際に行ってわかったのは、「何もない」ということ。先ほどの資金といった環境ではなく、スタートアップのビジネスモデルや技術力に差はありませんでした。不動産分野で起業する日本のスタートアップは、「これまでのやり方は間違っていない。自信を持って進めていいし、自信を持って海外に出て行っていい」これが非常に大切だと思います。 日本からどんどん成長企業が生まれていくよう、エコシステムの発展、連携もどんどん実施できればと思います。

桜井:さらに盛り上がりを推進すべく、今後もMeetupや海外コミュニティとの連携を進めていきたいと思います。市川さん、伊藤さん、本日はありがとうございました。

左から桜井、市川氏、伊藤氏、ネットワーキングスポンサーのWealthPark笹嶋 靖史氏

Proptech Meetupは定期的に開催しています。今後の予定はこちらからご確認ください。
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Shun Sakurai
PropTech JAPAN

Founder of PropTech JAPAN and a board member of ADRE (Aggregate Data Ledger for Real Estate) a blockchain consortium for Real Estate.