“より大きなもの”の一部になる喜びを

ただいま勉強中 VOL.13 バリューブックス取締役 鳥居希さん

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今年3月、日本のB Corp™️が一同に会する参加型フェアが東京・渋谷で開かれました。その名もMeet the B。B Corpの思想を世界的に発信していくために定められたB Corp Monthに合わせて開かれたこの試みは、その熱気が各所で話題になっています。今回は、その発起人の1人であり、日本のB Corpコミュニティ形成の中心を担っている鳥居希さんにインタビュー。日本におけるムーブメントのあり方や、その礎を作る鳥居さん自身の原体験などを伺っていきます。

聞き手:ファーメンステーション代表・PUKUPUKU POTAPOTA発起人 酒井里奈

酒井(以下、S): Meet The Bは本当に素晴らしいイベントでしたよね。日本のB Corpがこの規模で集まるのは初めての機会だったと思うのですが、大きなムーブメントの兆しを確かに感じさせられました。絶対にここから何かが起こるな。起こせるな、と。その場に、B Corpの一員として居合わせることができたのは、とても幸運なことだと思っています。

鳥居(以下、T): 形こそ実行委員会主催としていましたが、あれはみんなの力の結晶。参加したB Corpをはじめ、ボランティアや来場者の方々の主体性が熱量を生んだのだと確信しています。

S: このコミュニティのために、自分にも何かできることはないか。そんな気持ちで溢れていました。当日はもちろん、イベントをつくり上げる過程もとても印象的。どうしたらよりサステナブルでインクルーシブなイベントにすることができるのか、みんながとても積極的に意見を出し合っていました。

T: いろんなアイデアが、ぽんぽんと出てきましたよね。

S: そして誰かの提案に対して、いつの間にか他の誰かが手を動かしてアウトプットを出してしまう。一般的なフェアで当たり前とされていることを軽やかに飛び越えながら、みんなで作り上げていくスピード感は圧巻でした。

アイデアを持ち寄り、前提を疑ってみる

T: ジェンダーギャップとか、年功序列のシステムとか、形骸化した認証制度とか、B Corpであるかどうかに関係なく、社会はさまざまな問題に直面しています。それらには、まだ明確な答えがないことが多い。だからこそ、アイデアを持ち寄ってみんなでつくるということ。そして、今まで当たり前とされていた方法を一度疑ってみるということ。このふたつは、問題を突破する方法として世の中に提案できることなのではないか、と思っています。今回のフェアを形にする中で形作ることができたこの空気感は、とても大きな財産。少なくとも、これからの日本のB Corpコミュニティの方向性を示すことになりそうです。

S: 結果的にみんなで作ったにせよ、その中心に鳥居さんの確固たる意志があったからこそ実現したことだと思います。何かインスピレーションはあったんでしょうか。

T: 前提として、コミュニティに迎える人と迎え入れられる人、というような分断や垣根ができるのはとにかく嫌だ、という強い気持ちがありました。そんな中でたどりついたのが、一つの催しをみんなで作りあげるというというアイデア。これは友人にもらったヒントなんです。アーティストとして活動しているその友人が、あるイベントにゲストとして呼ばれた時のこと。当日会場に行ってみると、お客さんもいなければ、設営も全く終わっていない。不思議に思ってスタッフの方に聞いてみると「これからみんなで準備をする」とのこと。「みんなに出番がある」ということを趣旨として、参加者も来場者も関係なく、イベントそのものをみんなで作る仕組みだったそうなんです。

S: みんなに出番がある。とてもいい言葉ですね。Meet The B の、アイデアを出したり、物品を提供したり、当日にボランティアとして参加したりと、さまざまな形で関わるチャンスが用意されていました。

T: だから、参加者や来場者に「協力してもらう」という言い方も、実はあまりピンときていないんです。冷たく聞こえてしまうかもしれませんが、お願いしてやっていただいているわけではなくて、みんなの意思でやっている。どうすればその仕組みをデザインできるかということには、共同発起人の矢代真也さん、岡望美さん、そして企画・運営を一緒に行ったパブリック・グッドさんと一緒にものすごく頭を使いました。

お金を出せば目立てる、というのはアウト

S: 当たり前を疑ってみる、という姿勢も、まさにその通りだったと思います。例えば運営資金の拠出方法。普通のイベントだったら、たくさんお金を出す人のロゴが大きく表示されるというふうに、金額によって露出のされ方や発言力が変わります。でも、Meet the Bの場合は、いくら出すかということと関わり方が全く関係ないし、みんなもそれを当たり前のこととして受け入れている。B Corpってそんな感じだよね、という空気がとても心地よかったです。

T: 誰から、お金をどう集めるか。そしてどう使うか。この関係性はとても大切だと思っています。実は最初は、「松竹梅」のイメージで金額別にできることを変えるという方法も考えました。でもこれでは、みんなが自主的に関わるという世界観から遠ざかってしまう。

S: なるほど。

T: それから、B Corp以外の会社からスポンサーを募るということは、絶対にしないと決めていました。最近は日本のメディアでもB Corpが取り上げられ始めているので、お金を出したいという申し出がB Corp以外の企業から出てくるのではないか、とは思っていたんです。でもお金を出せば目立てる、というのは絶対にアウト。だから、資金不足で自分達で持ち出すことになったとしても、それだけはやめようということは決めていました。

S: B Corpやその周りにいる人たちが主体となるにはどうすれば良いのかということを、徹底された結果ということですよね。当日の、所属や立場に関係なく、お互いに助け合ったり情報交換をしあう空気はとても印象的でした。ファーメンステーションはものづくりの会社。さまざまなイベントや展示に出展する機会があるのですが、そんなイベントって滅多に出会いません。

T: そうなんですね。

S: 隣のブースの人がガムテープを必要としていても、絶対に貸し借りをしなかったりとか。(笑) とにかく、今まで心の底では疑問に感じていながらも、当たり前のこととして受け入れてしまっていることがたくさんあることにあらためて気付かされました。イベントには掲示物が付き物ですが、今まで必要以上に作りすぎていたんじゃないか、ということも改めて考えさせられましたね。Meet The Bで学んだ方法は、そのままファーメンステーションでも活用させていただこうと思っています。

T: みなさんが、そのように何かを持ち帰って実践に繋げていただけたらと思っています。

給料が人の価値を決めると思っていた

S: 鳥居さんとお話をしていると、とてもフェアで視野が広い方だなとつくづく思って自分が恥ずかしくなることがあります。私なんかはつい事業のことに視点がいってしまうのですが…。何か原体験はあるんでしょうか。

T: ひとつは証券会社で働いていた頃の経験にあるかもしれません。私は、大学卒業後すぐに外資系の金融で働き始めました。特にその業界に興味があったというわけではなく、たまたま相性が良くて入社したのですが、働き始めるととても刺激的。特に、お金に対する人の欲望やパワーを目の当たりにしました。

S: お金には人を動かす力がありますよね。私も同じ業界にいたことがあるので、なんとなく空気感を共有できていると思います。

T: でも、そんななかで反省したこともたくさんあって。こんなことを言うと嫌われてしまうかもしれませんが、当時の私はお給料が人の価値を決めると思っていた部分がありました。同時に自分の会社で働いている人たちは、能力が高い、とも。

S: その気持ちは、すごくわかります。

T: 確かにある一点では優れているかもしれないですが、他の角度からみると全然そんなことはない。それなのに、おかしいですよね。でもそんな中ある時、「鳥居さんは自分の物差しで全てを測っている」という、痛いところをつくフィードバックを部下から受けたことがあるんです。辛いけれどもとてもいい経験になっています。

S: 稼げる人が偉い。その価値観が当たり前の世界にいるというのは怖いことでもありますよね。

T: それから、長野で育った子供時代の経験も大きいと思います。私は高校まで公立の学校に通っていたのですが、その中でも小学校、中学校は家の近くの学校に通っていました。そこではいろんな家庭環境の子供たちが学んでいて、地域のデモグラフィックがそのまま反映されている。今振り返ると、私がこれまで過ごしてきた中で、一番同質性の低い環境だったと言っても過言ではないかもしれません。

また、特定の職業に対する差別を耳にすることもあり、その衝撃は、今でも鮮明に覚えています

S: 日本には日本の多様性がある。イベントでもそうおっしゃっていましたよね。

T: NPOで活動する方々から学ぶこともとても多いです。例えば、貧困状態にある若者が、仕事に就くための行動をしたくても、交通費が大きな負担となっている。これは、若者の自立を支援するNPO、育て上げネットの理事長 工藤啓さんから聞いた話です。なかなか自力で気がつくのが難しいことを当事者に近いとこにいる方から教わる中で、どんなことに気をつけなければならないかと考えるようになりました。

難民や兵士と学んだ原体験

S: そもそもB Corpとの出会いはどのような形だったのでしょうか。

T: 直接的には証券会社を辞めて、長野に戻ってきた時です。利益を追求し、ビジネスに全力を注ぐ日々を送りながらも、このパワーの一部でも社会をよくすることに使えたら、という思いそのものは、東京にいた時からぼんやりと持っていました。そんな中、不意のリストラで会社を辞めることになります。いいきっかけなので長野に帰って事業を起こそうと、県が主催するビジネスプランの研修を受けたり、いろいろな人を紹介してもらう中で知ったのがB Corpという存在だったんです。

S: B Corpを知る前から、社会に対する眼差しは持たれていたんですね。

T: 学生時代にワーキングホリデーでカナダで過ごした経験が大きいかもしれません。当時の専攻はフランス文学。カナダへ行ったのも、フランス語と英語を両方学べるという単純な理由からでした。現地(ケベックシティ)で通ったフランス語の学校で出会ったのが、とても多様なバックグランドの人たち。ルワンダから難民として逃げてきた人とか、ソマリアの元兵士とか。真冬に半袖でカナダに到着した時の話とか、祖国を出る時の話とか、なかなか想像しがたい経験をしています。そういう人たちと、同じ地球を共有しているという意識は、今でもなんとなく残っていますね。

S: さまざまなピースがはまったのが、長野に戻られたタイミングだったんですね。

T: 最初は、日本でもB Lab™️を作ったらいいんじゃないかと思ったのですが、当時の日本にはB Corpがなかった(2015年)。そんな中で出会ったのが、今所属しているバリューブックスという会社です。2014年終わりくらいのことですね。

S: そのときに鳥居さんが日本でB Labを始められていたら、今の日本は違っていたのではないかと想像してしまいます。

T: でも、その時にB Labを立ち上げていたら、地に足のついていないものになっていたような気がします。なぜなら、当時の私は起業したいと言っていながら、泥臭い仕事を全く知らなかったから。それまで勤めていたのも、証券会社という「モノ」を扱っていない会社です。だから、あのタイミングでバリューブックスという会社に入れてもらったことは、今考えると本当によかった。

S: 理想論を語るだけではなく、あくまで実践者である。とてもB Corpらしいし、Meet the Bの空気感に表れていました。

T: 個人や所属する組織といった枠を超えて、同じ目標のために集まっている。そしてより大きなものの一部になることができている。そのことが高揚感を生んだのだと思っています。何かを一緒に作るということは、それぞれの人の中に体感として残っていくことだと思うのです。実は今回、イベントに参加していない人の間で「すごかったらしい」という評判が流れているというのを間接的に聞いたりもして。参加者が、周りについ言いたくなってしなうような空気感を出せたのだとしたら、とても嬉しいことだと思っています。

鳥居希

株式会社バリューブックス 取締役 いい会社探求

モルガン・スタンレーMUFG証券株式会社に15年間勤務。2015年、古本の買取・販売を行う株式会社バリューブックス(長野県上田市)入社。現在は同社にて、B Corporation™️の認証取得に向けて取り組む。自社の認証取得プロセスと並行して『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』を黒鳥社との共同プロジェクトによるコミュニティで翻訳。2022年6月、バリューブックス・パブリッシング第一弾の書籍として出版。

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