クラフトの価値ってなんだろう

ただいま勉強中 VOL.12 mitosaya 薬草園蒸留所 蒸留家 江口宏志さん

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私たちがクラフトに惹かれるのはなぜでしょう。その魅力が宿るのは、手元に届く「モノ」にだけではないというのは確かです。背景にあるストーリーや学びに期待して、あるいは醸し出される世界観に触れたくて、クラフトと呼ばれる「モノ」を買ったり使ったりするのではないでしょうか。

他方で、クラフト的なものづくりには当然、手間もコストもかかります。そして、その大変さはなかなか伝わりにくい。作り手側が面白がっている「こだわり」を、使い手にとっての価値に変えるのは、大変なことです。

今回のゲストは蒸留家であり、mitosaya薬草園蒸留所の代表の江口宏志さん。「クラフトとアルコール」という、ファーメンステーションと同じアプローチをとる仲間でもある江口さんに、ものづくりへの姿勢やブランドのあり方について伺います。

聞き手:ファーメンステーション代表・PUKUPUKU POTAPOTA発起人 酒井里奈

酒井(以下、S): 江口さんも私も、いろんな原料を使ってアルコールを作る試行錯誤をしているわけですよね。mitosayaは自社で栽培した植物と全国の生産者から届く果実を中心とした自然の恵み、ファーメンステーションは未利用資源、と原料に対する考え方は少し違いますが、やっていることはとても近いです。

江口(以下、E): 作っているのがお酒なのか、生活用品や工業用品なのかなのかという違いだけで、クラフト的なアプローチは近いですよね。

S: つい先日も、ファーメンステーションから、未利用資源を活用したオリジナルのサニタイザーがデビューしたんです。これはまさに、クラフト的な考え方を日用品に持ち込んでみようというのがコンセプト。クラウドファンディングを活用して広めようとしたのですが、結構苦戦しまして。期待していたよりもみんなに届いていないのかもしれない、というのが正直な感想です。

E: お酒って、背景にある文化とか世界観が注目されやすいんです。だからクラフトと相性がいい。他方でサニタイザーは日用品。嗜好品と比べて、出自を知りたいという人が少ないのかもしれないですよね、個人的にはりんごでできたサニタイザーってとっても素敵だと思いますけれど。

S: でも、嬉しい反応もありました。若い人なんかが「もう少し手が届きやすい価格だったらなぁ」というコメントをくださったり。まだまだ希望があるな、と。

E: 希望、というと?

S: よく、今の若い人たちは環境へ関心が高い、と言いますよね。でも心のどこかで、本当にそうなんだろうか、と思っている部分が実はあったんです。ところが蓋を開けてみたら、そういう人がたくさんいた。今までは点がなかっただけだったんですね。共感してくださる方々が、実際に手に取れるものを作る努力をしていかなければならない、と改めて思いました。

手に取りやすさ、も大切

E: もし手に取りづらい理由が値段にあるとすれば、工夫の余地はある気もしますよね。今回の「リンゴだったサニタイザー」は、他に使い道がない「搾りかす」を発酵させて資源活用しているのが最大の特徴。これは技術的にとても大変なことだろうと思いますが、何よりアルコール回収率が低い。コストがかかる方法だと思います。

S: その通りです。

E: 例えばそこに、りんごを育てる過程で間引かれた摘果の果実とか、出荷できない規格外の果実を混ぜてしまえばエタノールの回収率はぐっと上がるでしょうし、最終的な商品の値段も下げられるんじゃないでしょうか。

S: なるほど! 回収できるエタノールの量を上げるために「未利用」ではない資源を使う、ということは考えたことがありませんでしたが、言われてみればそうです。

E: 世の中には、さまざまな事情で市場に流通させることができない果物があって、サイズや形、過熟など、規格から外れると途端に流通が難しくなる。でも、味は問題なかったり、むしろ過熟のものは香りも味も良くなったりすることもある。

S: シーズンを少しでも過ぎると、収穫せずに捨ててしまうという話も聞きますよね。

E: 使われた後の「今までは捨てられていたもの」を資源として使うというのももちろん一つのアプローチですが、あり過ぎて困っているものとか、まだ一度も日の目を見ていない資源を使ってあげるという方法もありそうですよね。

S: 確かに、インパクトの出し方は色々ですよね。技術的な面白さに夢中になるばかりに、「残りかす」を使うということにこだわり過ぎていたのかもしれないです。

E: 搾りかすって、糖分も少なく繊維だらけで発酵させるのはとても大変。そこにチャレンジするのは技術的にはとても面白いことです。でも、仮にその面白さと手に取りやすさがトレードオフになるとすれば、バランスを探るという方法もあるかもしれません。

出口や入口をたくさん用意する

S: そういう葛藤って、mitosayaさんでも経験したりするんでしょうか。

E: 僕たちの場合はmitosayaという名前の通り、「実」も使うけれど「さや」の部分も使うという方法を取ることが多いです。びわの実を醸造、蒸留した後に残る種を砕いて別のお酒に使ったり、ってそういうことですね。醸造や蒸留という製造工程の中で発生する別のものを活用する方法を考えると、自然と新しい製品が生まれるというのが理想です。
また、お酒やお茶などはあくまでも嗜好品なので、変わった製品でも受け入れてくれる人がいてくれれば成立するというのもあります。

S: それは本当にそうだ、と思います。

E: でも一方で、もう少し裾野を広げることをしてみたい、という気持ちもあるんです。それで始めたのが、ちょうどこの5月にオープンした「CAN-PANY」という取り組みです。

S: 都市型のボトリング工場、とききました。

E: 商品としては自社製品を作る他にも、OEMや商品開発、ブランド構築の委託などを受けていく予定です。先日、クラフトコーラブランドの伊良コーラとコラボした「伊良コーラ new brew」を発表したのですが、その充填もCAN-PANYでやっています。mitosayaでとれる発酵粕を活用した商品です。

S: mitosayaさんのお酒っていかにもお洒落で、デイリーユース、という感じはしないですけれど、缶のコーラだったら、年齢問わずに誰でも楽しめますね。

E: 手に取りやすい価格で展開しつつ、今までやってきたことと接続していく。そんなことができたらと思っています。「飲料の製造・販売」という大きな工程を、原料の調達、レシピ開発、炭酸充填、ラベルのデザイン、販売…、と細かく分解して、この部分は自分で、この部分は委託できる、というようにすると、新しい依頼主や、新しい製品が生まれる可能性がある。出口や入口をたくさん作ることで、関われる人を増やしていきたい。清澄白河というアクセスの良い場所を選んで「都市型」を名乗ってるのも、それが理由です。

S: 千葉・大多喜の蒸留所でもたくさんのイベントをしていますよね。こちらは決して東京からのアクセスが良いわけではないと思うのですが、わざわざそこまで来てもらうっているのはなぜなんでしょう。

E: 僕たちのアイデンデンティって、大部分があの場所にあるんですよね。自然のものって季節によって姿が全く異なります。春には花が咲き、夏には成長して、秋には実がなる。そして冬にはまた土に還る。そんな変化が楽しくてやっているので、ぜひみなさんにもそれを体感してもらいたいんです。

S: その気持ち、とても共感します。私も去年、お邪魔しましたが、植物一つ一つの恵みを感じながら、あの風景の中で作られる蒸留酒への愛着がわきました。

E: アルコールって基本的に無色透明じゃないですか。特に蒸留酒は、見た目は同じになっていく。ていねいに説明文を書くのも、ラベルを工夫するのももちろん大事なことですが、場所を見てもらうというのが、魅力や背景が一番伝わる方法なんじゃないかと思っています。

S: 語るのではなくて、感じてもらう、と。

E: そう。あとは、あの場所を見ると大抵のことは許してもらえるというのもあります。(笑) この畑で栽培して、このタンクで仕込んで、こんな小さな蒸留器で蒸留している。って一目瞭然。だから「まあ、あの環境でやっているんだから仕方ないよね。」と。

S: それはいいアイデア! でも、わざわざ蒸留所を訪れてくれるのって、相当なファンですよね。

E: ありがたいことに、ボランティアのような形で関わってくださる人がたくさんいるんです。ここ2年くらいは、毎週金曜に畑をオープンにする「Fariming Friday」という取り組みをしています。オンラインショップをいつも利用してくれている方々が、畑に来て、雑草を抜いて、「楽しかった!」と言って帰っていく。そのうち、うちで働いてくれるようになったり、中には自分で蒸留所を作ろうとしている方もいらっしゃるんですよ。

理由がないことはしない

S: mitosayaというブランドは、プロダクトももちろんですが、醸し出す空気感へのファンも多い気がします。なんというか、「らしさ」に溢れている。世界観を作るために、江口さん自身が気をつけていることってあるでしょうか。

E: 理由がないことはしない、ということでしょうか。

S: と、言いますと?

E: 世界観って、結局最後は好き、嫌いだと思うんです。だからこそ、自分達ができるだけ楽しめて、間違っていないという方法を取りながら、納得できるものを作り続けたいとは思っています。できるだけ、関わりがある人達が作った原料を使う。商品が置かれることが思い浮かぶところに置いてもらう。やせ我慢をしながらですが、そんなことを続けています。

S: 自然にあるものが「クラフト」という過程を経ることで、価値あるものに変わる。それを、全部自分達の目が行き渡る範囲でやっていく、と。

E: もちろん、知らないところから原料を仕入れて、製造も外に委託、ということもできることはできる。でもそこには「お金を稼ぐ」ということ以外の理由は見出しづらい。僕達にとっても、おそらくお客様にとってもそれは理由にならないんです。

mitosaya薬草園蒸留所が運営するpodcast、Distillery Classに蒸留や蒸留酒にまつわるトークが盛りだくさん。
#14、#15、#16には、酒井がゲストとしてお邪魔しています。

江口宏志

書店経営等を経て蒸留家の道へ。南ドイツの蒸留所、Stählemühleで蒸留技術を学んだのち、2017年 日本の優れた果樹や植物から蒸留酒を作る、「 mitosaya薬草園蒸留所」を千葉県大多喜町に設立。「自然からの小さな発見を形にする」をモットーに、これまでに150種を超える蒸留酒、季節の恵みを閉じ込めた加工品などをリリースしている。

2023年5月、ノンアルコール飲料の製造・充填を行う都市型のボトリング工場「CAN-PANY」を東京都江東区にオープンした。

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