“使う”ことで“知る”
CASE STUDY VOL.2 海中造林に使った昆布の活用 フィッシャーマン・ジャパン/アーバンリサーチ
未利用資源というと、ゴミを連想する人が多いと思います。確かに、ファーメンステーションが関わるプロジェクトは、余ったり廃棄予定の食品など、目にみえて「要らなくなったもの」を活用することが多いです。でも、実はそればかりではありません。ゴミとして出されているわけではないけれども、積極的には活用されていなかったものを未利用資源として活用することで、ゴミの削減やエネルギーとは違う分野でインパクトを出すということもあります。未利用資源を生まれ変わらせるプロジェクトの裏側を紹介するCASE STUDYの第二弾ではそんな例として、海藻エキスとオーガニック米もろみ粕を使って作ったコスメシリーズ・KAISOの開発ストーリーをお届けします。
未利用資源を活用することの社会的な意義は、一義的には環境負荷の軽減にあります。でも、それだけではないのが、面白いところ。例えば、使われる原料にスポットライトが当たることで、地域や社会問題へ関心を持つきっかけをつくることもできます。
KAISOは、ファーメンステーションとアパレル企業のアーバンリサーチ、そして宮城県石巻市を拠点に持続可能な水産業を目指して活動する、フィッシャーマン・ジャパンがタッグを組んで開発したコスメシリーズです。原料は、岩手県・奥州市の休耕田で育てたオーガニック米と、石巻の海から回収した昆布。アーバンリサーチが展開する地域発信のプロジェクト、JAPAN MADE PROJECTの一環として企画されました。
コスメに昆布、というのは意外な取り合わせかもしれません。実は、昆布からとれるエキスには保湿成分が含まれているのです。今回活用しているのは、石巻の海に海藻林をつくるために人工的に植えた「真昆布」という種類の昆布。海中造林は、海から海藻がなくなる「磯焼け」という現象に対処すべく、フィッシャーマン・ジャパンが立ち上げた、ISOPというプロジェクトの一環として行われています。
「実は今、世界中の海で海藻がなくなっているんです」
そう話すのは、フィッシャーマン・ジャパンでクリエイティブディレクションを担う安達日向子さん。震災ボランティアとして関わったことをきっかけに宮城県に移住し、フィッシャーマン・ジャパンのメンバーに加わりました。
海藻が減っている原因は様々ですが、一番の要因といわれているのが温暖化です。
「海水温が上がることで、海の生態系が崩れているんです。石巻の海の場合は、ウニが爆発的に増えてしまいました。通常、ウニや魚は、冬になって海水温が下がると省エネモードになり、あまり動かなくなります。逆に、海水温が高いままだとずっと元気な状態が続く。生命力が強く、なんでも食べるウニは、海藻も食べ尽くしてしまうんです」
潜水士の資格を持つ安達さんは、実際に海に潜って造林作業も行っています。はじめて海底の様子を見たときはショックを受けたそうです。
「実際に磯焼けが進行している海に潜ってみると、一面に砂利と石が広がっていて海藻が全くない。まるで、広めの駐車場のような風景が広がっています。『ちょっとこれはやばいんじゃないか』と、ロジックよりも先に感覚的に環境問題を意識させられます」
「伝える」手段として商品を使う
ISOPの海中造林は、海水温が下がる冬を中心にメンバーが海に潜って行います。造林した昆布は、冬の間に成長しますが、季節が変わり、海面の温度が上がると溶けて流れていってしまうそうです。流れた昆布は魚などの餌になるだけではなく、二酸化炭素由来の炭素を吸収するという役割もあります。つまり、放っておいても生態系に影響があるわけではなく、必ずしも回収する必要はないとも言えます。
それなのになぜ、わざわざ集めて商品を作ることになったのでしょうか。一番の目的は、磯焼けの問題に注目を集めることにありました。
「海の問題というのは、なかなか注目されにくいんです。でも、身近で使われるハンドクリームや石鹸という商品を通じてであれば、みなさんにISOPの活動を知ってもらうきっかけになるのではないかと思いました」と、安達さんは言います。
「石巻の方が話題にしてくださっているということが、非常に嬉しいですね」
そう話すのは、アーバンリサーチでサステナビリティ推進を務める宮啓明さん。KAISOプロジェクトをはじめ、地域の魅力を発信するJAPAN MADE PROJECTのディレクションを手掛けています。
「日本の地域の魅力は本当に多様です。でも身近すぎるがために、地元のかたが自分が住む地域の魅力に気がついていないということも少なくないんですよね。アーバンリサーチは、日本のさまざまな地域に出店をしています。地域の方と連携しすることで、各地の店舗を地域を知るきっかけにしたいという想いからはじまったのが、JAPAN MADE PROJECTなんです」
地元の方からの反響は漁師さんたちの励みになっていると安達さん。
「在庫の問い合わせが絶えません。海の環境問題に対して、普通の生活者ができることって限られると思うんです。だから、自分達が住むエリアの海の問題に関心があるけれども、何をすれ良いかわからない。そんな人が多かったんだと思います。海だけでなく、山のキャンパーが使ってくれているという話も聞きます」
各地の「当事者」がアクションを起こすきっかけに
ISOPは、石巻以外のエリアに活動内容を紹介することも増えてきたと言います。
「海に関係する人はみなさん、なんとかしたいという気持ちを持っていると思うんです」と、安達さん。「だから、取り組みを紹介すると、すぐに『やろう』ということになる。地域の海の状況を一番わかっているのはそこにいる漁師やダイバー、漁協のみなさんですから、地域の人たちが当事者としてベストな方法を探していくのが一番。誰かが口火を切れば進むことなので、そのきっかけをつくれればいいと思っています」
海の環境改善には、まださまざまなハードルがあります。変化した海の環境に適応可能な海藻を調査したとしても、環境が変わるスピードに追いつくことができず、造林のタイミングではさらに変化が進んでいるということもあります。ただ、難しさを感じる一方で、手ごたえを感じるシーンも増えてきました。
「駆除をしたエリアに大きな魚が帰ってきたり、漁師さんからポジティブな反応が返ってきたりしています。小さく始めた活動が、色々な人を巻き込みながら影響力を持ち始めている。そのことを実感できているのはとても嬉しいです」
安達日向子
フィッシャーマン・ジャパンのクリエイティブディレクター。千葉県出身。震災ボランティアをきっかけに、石巻へ移住。自身で立ち上げたクリエイティブ・チーム「さかなデザイン」の代表として、水産業の魅力を発信する活動も行う。
宮啓明
株式会社アーバンリサーチ SDR(サステナビリティ推進)シニアチーフ。学生時に株式会社アーバンリサーチに入社。販売員、「アーバンリサーチ」のブランドPRを経て、2021年より現職に配属。ブランドPR時、広報や販売促進、イベントの企画運営を行うなかで関わった人たちに刺激を受け、積極的に社のサステナビリティ推進に携わり、様々な取り組みを立ち上げる。現在はアーバンリサーチのサステナビリティ推進として、社内外と連携しながら環境・社会課題解決への貢献を目指し奔走中。「JAPAN MADE PROJECT」では全体のディレクションをはじめ、産地間や異業種間の連携、企画のコンセプト設計、商品開発、プロモーションなどを担当。