地域で作り、地域で使う

CASE STUDY VOL.3 地域生まれの未利用資源を活用したスキンケアシリーズの開発 薬王堂

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環境や社会に良いものを作っても、使わなくては本当のインパクトにはつながらない。でも、作り手の視点でおもしろさや新しさを追求していると、実際に商品を手に取る人がどんなところに魅力を感じるのか、手に取るのに十分なメッセージや、適切な価格設定ができているのかなどの感覚が、わからなくなってしまう。商品開発では、そんなジレンマに陥ることがよくあります。

他方で、「買う」「使う」というアクションと向き合っているのが小売の業界。使い手のリアルな感覚を熟知しているプレイヤーとタッグを組んだら、どんな発見があるだろうか。そんな想いから共同開発を行ったのが、スキンケアシリーズand OHUです。

パートナーの薬王堂は、岩手県に本社を置くドラッグストアチェーン。青森、秋田、岩手、宮城、山形、そして福島の「東北6県」に約400店舗を展開しています。

「ものを売るだけでは足りない。世の中にいるたくさんの優秀な人と一緒に取り組めば、進化が期待できる」と、代表取締役社長執行役員の西郷孝一さんは語ります。実際にこれまでさまざまなスタートアップとのコラボレーションの実績がある西郷さんに、and OHUの開発秘話を伺います。

西郷さんがファーメンステーションを知ったのは、2020年前後のこと。スタートアップコミュニティを運営する知人を介してでした。分野や業界を超えた協業に積極的に取り組む西郷さんのもとに、“未利用資源の活用を通じて環境に貢献できるスタートアップ企業がある”と、持ちかけられたのです。

「正直にいうと、当時の空気感的には“まだ、少し早いかな”と思っていました」

と、西郷さんは最初の印象を振り返ります。スタートアップとの協業には積極的な西郷さんでしたが、これまで組んでいたのは、マーケティングやテクノロジー分野の企業。商品開発の前例はなく、そこに社会性を持たせるということも経験がありませんでした。

「もちろん、『環境』というキーワードがよく使われるようになっていたのは感じていましたし、SDGsという言葉も頻繁に耳にするようになっていました。ファーメンステーションの取り組みが、時代の先端を行っていることはわかっていたんです。だからこそ、お客さまに広く受け入れられるのはもう少し先のタイミングなのではないか、と、当時は感じたんですよね」

しかし、程なく西郷さんは考えを改め、商品開発を行うことを決断します。COVID19の流行で社会が大きなうねりを迎えていたということが、後押しをしました。

「みんな、自宅に篭らざるを得ない状況で、新しいことにチャレンジがしにくいタイミングでした。だからこそ、いままで全くやったことのないことに挑戦するチャンスなのではないか、と思ったんです」

「売れるのか」という懸念を覆す反響

こうして、社会性を意識した薬王堂初のオリジナル商品、and OHUの開発がスタート。「地元✖️環境✖️モノづくり」をコンセプトに高機能のビューティープロダクトを企画していきます。第一弾として取り組んだのは「クレンジングオイル」「フェイスウオッシュ」「モイスチャーローション」「モイスチャーミルク」「リップ」の5つの商品。新しいチャレンジに、西郷さんは、全く不安がないわけではありませんでした。

「原料にこだわれば必然的に原価は高くなる。これは想定内のことでしたし、企業努力で乗り切ることができました。でも、本当に売れるのかな、という思いは最後までありましたね。当時、環境配慮を謳った商品というのは、まだまだ売れていませんでしたから」

そんななか、and OHUシリーズは2021年にデビューを迎えます。蓋をあけてみれば、売り上げは好調。有名ブランドの商品と遜色ないほどの人気商品となり、ほどなく薬王堂での化粧品の売り上げの上位10位にランクインするようになります。従業員からの反響もよく、社販でも人気。社会にとって良い商品を売るということが、仕事のモチベーションにつながるという店舗スタッフの声を聞くようにもなります。

「想像していた以上の反響がありました。ファーメンステーションと合同で開いた記者会見で、代表の酒井さんのコメントも印象的でした。“私たちは商品を作るところまではやった。でも、未利用資源の削減という意味では、みなさんに買ってもらわないと意味がない”と、言い切っていたんです」

「東北のすごさ」にあらためて気づく

and OHUの特徴のひとつが「地域性」です。第二弾とした発表した「オールインワンジェル」、第三弾の「ハンドクリーム」「ボディミルク」「ボディソープ」の計9つの商品群には、岩手県奥州産のオーガニック米とヒマワリ、一関産のナタネ、ハトムギ、クロモジ、ソメイヨシノ、花巻産のヒエヌカ、そして矢巾産のりんごと、東北生まれの未利用資源8種が使われています。どれも、生産者の元へ直接足を運び、顔が見える関係のなかで調達しているものです。製造している薬王堂もファーメンステーションも、岩手県にルーツを持つ企業であるということも大きなポイントです。

東北の企業による、東北の未利用資源を使った商品ーー。and OHUの売り場やウェブサイトをみると、その点が強調されています。しかし、第一弾のデビュー当初は違いました。地域性よりも、環境負荷の軽減を押し出していたのです。

メッセージの軸を変えたのには、酒井さんの影響があったといいます。「ヨーロッパで大手の化粧品会社と商談をする機会があったのですが、その時に、東北という地域のポテンシャルに改めて気付いたんです」と、酒井さん。

「現地での商談では、原料の機能性はもちろん、CO2や水の資料量の削減、地域コミュニティへの貢献など、社会性をもったアクションをどれだけとっているか、聞かれました。これでもかというくらい質問を受け続けたのですが、全てにちゃんと答えられたんですよね。環境意識が高いヨーロッパでさえ、異なる国や地域で作った原料を集めて商品を作っているというのが一般的なのに、東北では地域で完結できている、と。そこをもっと自慢したいと思ったんです」

帰国後に、そのエピソードを聞いた西郷さんは、販促物のメッセージを「環境推しから、地域推し」に作り替えることを決断。ちょうど、店舗スタッフの話からも、地元の原料が使われているということに多くのお客さんの関心があるということがわかっていたところでした。

「商品の売れ方を分析してみると、よく売れていたのは原料の産地である岩手に近い地域。地域性がここまで強いメッセージを持っているということは想定外でしたが、大きな発見でした」

受け取り手の反応をダイレクトに感じながら、柔軟にメッセージを変えられるというのは、小売業ならではの強み。テクノロジーの採用に特に積極的な薬王堂では、「PBMA(購買活動における行動変容分析)」と名付け、販売活動の中で得られるデータを活用して、販促活動や商品の作り手へのフィードバックに生かすという仕組みを構築しています。さらに、生成AIを開発し、顧客との会話のキャッチボールの中から関心ごとを拾い上げる仕組みも開発中だといいます。

「and OHUの場合は、機能性、地域性、環境負荷の削減など、『売り』になるポイントがたくさんあります。お客さんはどの点を魅力に思うのか、AIに判断してもらうことが可能になると考えています」と、西郷さんは今後の展望を語ります。

「僕はアイデアマンなので、『あれもいい』『これもいい』とさまざまなことを思いついては実行していくタイプ。一方の酒井さんはミッションドリブンで、目的が一切ぶれない。これは経営者としてとても重要なことだとと思いますね」

西郷孝一

米ノースイースタン大学卒業後、花王に入社。2012 年4月に薬王堂に入社し、執行役員 経営戦略本部長、取締役 常務執行役員 経営戦略本部長、薬王堂ホールディングス 常務取締役(現任)、薬王堂 取締役 常務執行役員 営業本部長を歴任。24年3月・薬王堂 代表取締役社長執行役員(現任)に就任。

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