“後ろめたさ”が“誇り”に変わる

CASE STUDY VOL.1 炊飯試験で余ったご飯の活用・象印マホービン

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ファーメンステーションは発酵のエキスパートとして、さまざまな未利用資源を持つ企業や団体とコラボレーションをしています。循環の輪をつくるポテンシャルを秘めた資源を日々探している私たちにとっては勉強になることばかり。CASE STUDYでは、これらのプロジェクトの開発秘話を一部ご紹介。第一弾では、象印マホービンさんとのウェットティッシュの開発と、その後の展開をご紹介します。お話をうかがったのは、同社の新事業開発室でプロジェクトを担当した栗栖美和さんです。

2021年に発表した、象印マホービンとファーメンステーションとのコラボ商品“お米で作った除菌ウェットティッシュ”は、炊飯ジャーの開発の過程で行う“炊飯試験”で発生する食べきれないご飯をアップサイクルしたエタノールを活用したウェットティッシュ。2018年に設立した新事業開発室がはじめて世に出したプロダクトです。栗栖さんによると、食品ロスの課題はチームの発足当初から取り組むべきテーマとしてあがっていたそうです。

「炊飯ジャーの開発の過程で余ったご飯を堆肥化しているということを知ったのは、新事業開発室が立ち上がってからすぐのことでした。チームに炊飯ジャーの開発に関わっていたメンバーがいて、炊飯試験の時の課題として共有していたんです。当時も堆肥化して処理はしていたものの、違和感や心苦しさを感じている開発者がいると聞いていました。堆肥化は業者さんに依頼している形だったので、資源として活用されていることが実感しにくいですし、ランニングコストもかかります。」

実情を把握すべく栗栖さんは工場へのヒアリングをしたり、リサイクルの方法を調べたりしました。しかし、当時は新事業開発室として具体的なアクションを取るには至らなかったそうです。

「ライスペーパーをはじめ、活用法がたくさんあることは分かったのですが、何が象印という会社にとって一番良い方法なのか判断ができなかったんです。技術的なことの良し悪しもわからなかったので、決め手がなかったんですね。テーマとしては常に念頭に置いていましたが、しばらく保留の状態が続きました」

そんな中、ある偶然が転機となります。栗栖さんが参加したイノベーター育成プログラムで、ファーメンステーションの代表、酒井がメンターを担当することになったのです。

「ファーメンステーションという会社のサステナビリティへのアプローチや哲学的な部分にすごく共感したんです。過剰な生産をしないように気をつけていたり、残さを動物の飼料にしていたりなど、丁寧に会社を作っていることにも感動しました。実は、プログラム参加時に持っていたのはご飯のアップサイクルとは別のアイデアだったのですが、お米を活用する技術をお持ちだということをきいて、これだ!と。商談はなく、メンターとメンティーとして出会うことができたというのも、思想的な部分を深く知ることができたという意味でとてもラッキーでしたね」

こうして象印とファーメンステーションのコラボレーションが実現。ウェットティシュを作ることが決まったのですが、ノベルティや配布などの用途だけでなく、販売も想定していたので、社内説得が大変でした。

「まず上がったのが、リスクに対する懸念です。象印マホービンの商材は家電が中心。化学系の日用品はほとんど扱っていないため、品質保証から保管、物流、お金の流れなど、様々なことを考え直す必要がありました。さまざまな部署とコミュニケーションをとりながら、新しい方法を模索するのですが、前例が少ないためなかなか前にすすまないこともありました。」

業務面だけではなく、炊飯ジャーの開発に関わるメンバーの気持ちにも配慮する必要がありました。

「今回の商品を世に出すことで、開発の過程でご飯が余っているということをみなさんに公表することになります。そのことに抵抗を感じるメンバーが、かなり多かったんです。炊飯ジャーの開発をはじめ、象印で働いているメンバーはご飯が大好きなメンバーが多い。開発の過程で食べきれないご飯がでていることに対してストレスを感じていました。その事実をあえてストーリーとして伝えることは、私たちにとってかなり勇気がいることだったんです。」

難しい社内調整が続きましたが、後押しをしたのが、コンセプトが固まった段階で出したプレスリリースでした。批判的な意見がでることを覚悟していたものの、蓋をあけてみればポジティブな反応ばかり。商品の発売に先立って、サステナビリティをテーマにした講演への登壇依頼を受けるなど、注目を集めました。

「考え方に共感してくださる方が多いことに、とても勇気づけられました。サステナビリティへの姿勢ももちろんですが、開発現場のこだわりをストーリーとして伝えることができたのも、とても良かったと思います。例えば、コンセプトを伝えるための撮影。試食の場面や製造ラインなどを写真や動画におさめたのですが、実はいままでこのような形で記録に残すことがあまりなかったんです。象印が誇れる部分を、世の中に出せたことは、本当に良かったと思います。」

食品をつくるという新たな挑戦

“ごはんで作った除菌ウエットティッシュ”が話題を呼んだことで、アップサイクルを手掛ける企業を紹介される機会が増えたといいます。そしてその出会いの中から、新しい商品が生まれました。クラフトビール“ハレと穂”です。

「あなたの人生にエールを!」をスローガンに掲げ、国内外の品評会で数々の受賞歴を誇る三重県のクラフトビールブランドISEKADOとのコラボレーションにより実現。炊飯試験で炊いたご飯を活用してアルコールを作るという点はウェットティッシュと同じですが、今回挑戦したのは飲むためのアルコール。工業製品をつくるのとは違うむずかしさがありました。

「アップサイクルしたご飯で口に入る食品をつくって提供するということに、心理的な抵抗を感じる人も多かったはずです。ウェットティッシュでの成功体験がなければ、社内のメンバーをうごかしてプロジェクトを実現させることは難しかったのではないかと思います。」

メッセージの伝え方も工夫をしました。根底に流れるのは、象印という会社の“イズム”。同社を象徴するプロダクトである、水筒に対する考え方を踏襲しているといいます。

「象印は、『エコのために水筒を使いましょう』という伝え方はしないんです。商品としての使いやすさや魅力的な機能が第一にあり、使っていると自然にエコになるという順番。今回も、商品の背景を丁寧に伝えながらも、ビールを口にした方が純粋に美味しい、嬉しいと感じていただける体験を強く意識しました。」

ご飯という“資源”を活用し、ウェットティッシュとビールという全く異なる商品を世に出すことに成功した栗栖さん。将来的には他の食材も活用したいと考えているそうです。

「ファーメンステーションとの出会いの中で、ロスではなくて資源なんだという視点を得られたことが私にとって大きな転換点でした。宝物が眠っていても、日々の開発に追われるなかでは気がつくことが難しい。開発の過程で出る食品は他にもたくさんあるので、いつか活用できるようになりたいですね。」

栗栖美和

象印マホービン株式会社新事業開発室。2015年象印マホービン会社へ入社。西東京エリア、福岡エリアのルート営業や通販の幹事営業を経て、2018年に大阪の新事業開発室へ異動。

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