技術と日常をつなぐ

ただいま勉強中 VOL.16 SISON’S 代表取締役/CFCL Executive Advisor岡田康介さん

--

日本には長年“ものづくりの国”として世界をリードしてきた歴史があります。今や、環境配慮をはじめとした、社会や地球全体における問題をしっかりと意識し、改善することにコミットすることはビジネスの前提になりつつありますが、それらを下支えする技術には、日本のものづくりの成果が多くあります。一方で、日本の社会全体を見渡すと、社会性への関心はヨーロッパなどの先進国と比べて低いとも言われています。このギャップはどこから来るのでしょう。埋める術はあるのでしょうか。

今回のゲストは、2020年に発足した気鋭のラグジュアリーブランドCFCLのExecutive Advisorであり、B Corporation認証支援をはじめ、ビジネスとSDGsの両立を支援する経営コンサルティングを手がけるSISON’S代表取締役の岡田康介さん。再エネ先進国のドイツでソーラー事業に携わり、帰国後は素材ベンチャーを経てCFCLのCSOに就任した、異色のキャリアの持ち主です。エネルギーという究極の川上の産業と、生活者の価値観を軸に世界観を形作るアパレルブランドの世界。その両極を知る岡田さんならではの視点を掘り下げます。

酒井(以下、S):岡田さんは、京セラという超グローバル企業で、B to Bビジネス“ど真ん中”の経験を積まれてきました。企業や行政を相手にするエネルギー分野と一般消費者向けに商品を展開するアパレルでは、環境問題へのアプローチも全く違うのではないかと思います。そんな中、創業時からCFCLに関わろうと思ったのはなぜなんでしょう。

岡田(以下、O):人々の消費行動を変えるチャンスだと思ったんですよね。社会を変えるにはまず、そこを変える必要があるな、と。

S:B to Bのものづくりに関わっていたからこそ実感されているというわけですね。

O:はい。僕は、素材やエネルギーの業界でのキャリアが長いですが、どちらもサプライチェーンの上流の世界。そこでは持続可能なものづくりを実現しようと、専門家たちが日々開発をしています。でも、それを一般消費者に訴求しようとしてもほとんど届かないという現実がある。産業界と日常のライフスタイルでは、言語や視点、価値観が全く合わないんですよ。

S:生活者が無関心、ということでしょうか。

O:生活者にとって大切なのは、目の前の日常。会社は自社の収益が第一優先ですから、生活者視点で切実さが伝わらないのは、ある意味で当たり前ですよね。日本では特にそれが顕著だと思います。ある統計調査によると、”脱炭素は、消費者ではなく企業側や行政の責任である”と答える国民の数が、日本は世界で3番目に多いのです。

S:え、ちょっとショックです。企業側が努力をしている一方で、消費者は責任を感じていない、ということですよね。

O:”脱炭素に関する知識や理解に自信がない”と答える人に関しては、世界で一番多い。サプライチェーンの川上が抱いている問題意識と、人々の日常に大きな隔たりがあるんですね。だからこそ、それらをつなぐ必要があると思ったんです。

S:それができるのが“服”だった、と。

O:科学技術を使って実現しようとしていることを非言語化し、感覚的に「いいね」と思ってもらえるものに落とし込んで初めて、消費者の関心を引くことができる。服にはその力があります。他方で、単にデザインが優れていれば売れるかといえば、そういう時代ではない、というのも事実です。

S:若い世代を中心に“モノを買う理由”が変化してきている、という話はよく聞きます。

O:CFCLの立ち上げは2020年。コロナ禍の最中で、まさに人々の行動や価値観が大きく変わるタイミングでした。“不要不急”とされる行動や消費が制約され、アパレル業界にとってはすごく厳しいタイミングだったんです。売上が前年比の50%に下落などというのは、業界では当たり前でした。そんな中で新しいブランドの服を買ってもらうには、よほどの強い理由が必要ですよね。

S:かなりの逆境ですね。

O:そうでなくても、環境汚染の原因を作っている産業として認知されるようになっていましたし、サプライチェーンの人権問題も注目されるようになりました。新しいブランドを作ることの社会的な意義を考えるのは必然だったとも言えます。

日本から発信するベストプラクティス

S:CFCLは、日本のアパレルブランドで初めてB corpを取得したことでも話題になりました。実際に取得してみて、どうでしょう。

O:日本は長年ものづくり大国と言われていましたが、価値の再発見がなかなかできずにいる。これから社会で求められる価値への気づきを与えてくれるB corpのアセスメントは、それを克服するための最高のツールだと思いますね。成熟したビジネスをしている、と考えている大人に気づきを与えてくれる場なんて滅多にありませんから。(笑)

S:本当に、やってみると気づきがたくさんありますよね。

O:しかも経営塾と違って極めて実践的。概念だけではなくて、具体的な選択肢を示してくれます。米国ではすでにMBAのテーマの一つとして授業にも取り上げられており、学びが多いことを物語っています。

S:他方で、日本の社会や企業カルチャーには合わないところもあるのではないかという声も聞きます。

O:だからこそ、ベストプラクティスを日本から発信するチャンスなのではないでしょうか。中国やドイツのような、ものづくりの国では、いまだに“日本品質”に対する評価が高い。だから、日本からこれからの社会で「あるべきものづくり」を提唱し、B Corpの運営本部である米国のBラボやB corpコミュニティにフィードバックをしていくことは非常に有意義だと思います。

S:製造業と非製造業では、サプライチェーンの長さや関わり方が、全く違いますよね。

O:サプライチェーンが長いということは、サプライヤーである企業の数がそれだけ多いということで、インパクトをスケールさせることができるということ。その視点に立ちながら、アジア地域の新しいものづくりをリードすることもできると思っています。

S:ところでCFCLでは、サプライチェーンに対して具体的にはどのように働きかけているんでしょうか。

O:会社の取り組みや思想を155項目の質問に落とし込み、取引先に質問状として投げかけました。

S:155! すごい数ですね。

O:数字だけで見ると確かに多いですが、これは一つ一つの質問の粒度を意図的に細かくしたためです。結果的には、漠然とした質問を投げかけられるよりも、答えやすいものになっていると思います。

S:なるほど。内容はかなり具体的なんでしょうか。

O:「社員は職場に水筒を持ってきていますか」「電気はLEDですか」「社員のジェンダーバランス、離職率などを社長や経営陣が把握して経営に活かしていますか」など、調べればすぐに答えられる質問を中心に構成しています。

S:すごい! そういう聞かれ方をしたら、その時点で取り組んでいなくても「やってみようか」と思えそうですね。

O:まさにそれも狙いの一つです。何かを評価するというのではなく、できていないのはお互い様なので、一緒にやってみませんか?というスタンスでやっています。

“ 買う理由”にならなくてもストーリーが大事

S:先ほど、サプライチェーンの川上から発信しているメッセージが、必ずしも消費者に響くとは限らない、という話がありました。コミュニケーションで気をつけていることはありますか。

O:言語としてのメッセージ、非言語としてのメッセージを、両立させる発信ことを徹底しています。ものづくりの川上が論理の世界であるとすれば、生活者の判断基準は感性や感覚。つまり「好きかどうか」「気持ち良いかどうか」で決まります。服を選ぶなら「素敵だな」「値段的にいいかな」という具合に。ここは言葉で説明しない領域です。一方で、CFCLではコンシャスネスレポートと題して、自然環境や社会のサステナビリティを実現するために取り組んでいることを年に2回報告として発行しているのです。これは言語、つまり論理でのコミュニケーションですが、あえて店舗で謳うことは一切ありません。実際に、CFCLの服が好きだという人がこのレポートを読んでピンと来るかといえば、そんな人はまだごく少数派だと思います。

S:なるほど。あえて語らないということですね。

O:他方で、対メディアのコミュニケーションは全く別の話です。メディアはこれからの価値をビジネスパーソンや生活者一人一人に伝える役割を担っていますから関心を持ってもらうには社会性の要素が不可欠。たとえCFCLの衣服を購入する方々者にとって直接的な“買う理由”でなかったとしても、背景にある思想やストーリーは非常に大切だと思っています。CFCLが取り組みを真摯に続け、コンシャスネスレポートで発信し続けることで「信用」となり、いずれ直接的に「買う理由」になるはずですから。これまでの「会社の信用」は、事業規模の大きさ、売上規模の大きさ、などが信用価値の判断指標となってきましたが、これからの我々生活者の視点はそこを最重視するわけではないでしょう。

S:コミュニケーションを2段階に分けているということですね。非常に勉強になります。同時に、CFCLのようなブランドでさえも伝えるための苦労があるということを知って、少し安心しました。

O:僕が考えていることが、ファッション業界ですんなりと通じるかといえば必ずしもそういうわけではありません。その意味では、CFCLの課題はこれからだと思っています。規模が大きくなって人が増えた時に、どこまで意思とポリシーを貫くことができるか。社員がそれを自分ごととして捉えて、仕事を作っていくことができるか。ここにかかっていると思います。

岡田康介

株式会社SISON’S 代表取締役・株式会社CFCL Executive Advisor・株式会社エヌ・ケー取締役2002 年、京セラ株式会社入社。 6年間ドイツに駐在し、欧州全域での再生可能エネルギー事業など、合計9事業部の経営管理基盤を構築。 帰国後、ベンチャー企業にて生分解性素材や脱プラ素材などの新商品・事業開発、国内・海外でのサプライチェーン構築、マーケティングや販売、資本政策を統括。 その後、2020年に発足したCFCL の CSO (Chief Strategy & Sustainability Officer) を経てExecutive Advisorに就任。同時に、株式会社 SISON’S を創業し、企業のB Corp認証支援をはじめ総合的な経営コンサルティングを行う。

--

--