スタイルからスタンスへ
ただいま勉強中 VOL.15 PARADE 代表取締役社長/中川政七商店 代表取締役会長 中川 淳さん
私たちがモノやサービスを選ぶときに、決め手になるのはどんなことでしょうか。価格や機能性など、さまざまな要素がありますが、そのひとつが、商品やブランドが持つ「世界観」です。パッケージやキャッチコピー、または商品のコンセプトなど、さまざまなところに表れでているメッセージを「いいな」と感じて手に取ることも多いと思います。でも、その商品を作っている会社やブランドが、どれだけ本気で世界観を体現しようとしているのかは、消費者側からはあまり見えにくいというのが実情です。
今回のゲストは、日本の工芸をベースにした技術を生かした生活雑貨を提供する中川政七商店の代表取締役会長、中川淳さん。2021年には、「これからの時代のいい会社」を考え実践する企業の共同体・PARaDEを立ち上げ、志のある「いい会社」や「いいブランド」を日本に増やすための活動を進めています。そんな中川さんが掲げているのが「ライフスタンス」という概念です。
よく使われるライフスタイルという考え方と何が違うのか。いい会社の条件とは?中川さんが今、考えていることを教えていただきました。
酒井(以下、S):ライフスタンスというのは、一般的にはあまり聞きなれない言葉だと思います。改めて、どのような概念なのでしょうか。
中川(以下、N):ライフスタイルという言葉へのアンチテーゼ的に使っています。スタイルというのが表面に表出するのに対して、スタンスは根っこにある価値観のようなものと考えていただくとわかりやすそうです。
S:中川さんが作られた言葉なんですよね?
N:はい、僕の造語です。思いついたきっかけは、2006年に、表参道ヒルズがオープンした時に粋更というセレクトショップをオープンさせた時のこと。ちょうど、表参道ヒルズがオープンした時に出店したのですが、その時に「ライフスタイルショップ」という説明のされかたをしたんです。
S:ライフスタイルという言葉が流行り出したタイミングでもあったのでしょうか。
N:まさにそう。でも、僕自身はその分類のされ方にあまりピンときていなかったんですよね。当時のライフスタイル提案というのは、ブランドやショップが“素敵な生活”を描いて、消費者に対して「あなたにもこういう生活ができますよ」と訴求して、できるだけ多くの人に商品を買ってもらうというものでした。
S:そこに違和感を感じた、と。
N:とても嫌だったんですよね。僕たちのゴールは、提案する世界観のすべてをそのままお客さんに買っていただくことでは決してない。消費者には自分で選んで欲しいし、その一部に自分達の商品が入っていれば、それで良い。そのように感じていました。これは、今も同じです。
“売る“ためにも、スタンスが必要な時代に
S:表層的なライフスタイルという考え方にひっかかりを感じて生まれたのが、より本質に迫るライフスタンス。でも、当時はあまりこの言葉を使うことがなかったとか。
N:誰も聞いてくれなかったんですよね。(笑) 人に話しても見向きもされずにスルーされることが多かった。ああ、違うんだなって。
S:それが、最近は積極的に使われていますよね。私がトークセッションのゲストとして呼んでいただいた展示会「Lifestance EXPO(以下、ライフスタンスエキスポ)ライフスタイルエキスポ」もそうです。
N:今だったら聞いてもらえるんじゃないか、という気がして。その確信を持ったのが2020年ごろのことです。アメリカで黒人男性のジョージ・フロイドさんが白人警官に殺害されるという事件をきっかけに、人種差別撤廃の抗議運動が国際的に広がりました。いわゆるBlack Lives Matterです。 NIKEをはじめとする企業が、人種差別反対の声明を出し、それを広告上でも展開しました。
S:会社としての意思表明を、消費者にダイレクトに届けた、と。
N:NIKEといえばマイケルジョーダンなどのスターを使いながら世界観を構築してファンを増やしてきたブランド。まさにライフスタイル的な考えだと思うのですが、この声明は明らかにライフスタイルの域を超えている。価値観や哲学、思想を全面に押し出したコミュニケーションをしたんです。
S:ライフスタイルから、ライフスタンスへ、ということでしょうか。
N:そう。そしてさらに、このキャンペーンをとある雑誌が「マーケティングだ」と揶揄したんですね。それを読んだ時にああ、時代は変わっているんだな、と思ったんです。つまり「売る」ためにもスタンスが必要な時代だという共通認識が広がっているんだ、と。
S:なるほど。企業やブランドのスタンスが消費者の行動にダイレクトに影響するようになっている、と。
N:ライフスタイルが広告や一枚のビジュアルで表現できてしまうのに対して、ライフスタンスは長年の行動でしか本当の意味では伝わらない。でも、今のお客さんは若い世代を中心にそういうことをちゃんと見ています。地球環境にどれだけ配慮しているか。サプライチェーンや人権問題とどれだけ真剣に向き合っているか。企業がどれだけ愚直に行動しているかが見られているんです。
階段の上り方はひとつではない
S:消費者の意識も変わりつつある、とのことですが、実際にそれを感じることはありますか。
N:日本は、世界の潮流から見ると若干遅れ気味ではあると思います。だからもっと意識を向けてもらえたらいい。そう思って始めたのが実はライフスタンスエキスポなんです。正直にいうと、本当に人が来てくれるのか、すごく不安でした。
S:蓋を開けてみれば大盛況でしたね。
N:印象的だったのが、出店者の皆さんがお客さんと、商品の話よりも会社や活動の話で盛り上がっていたということ。小売の現場では、なかなか起きないことだと思うんです。
S:わかります。私も以前、百貨店などで店頭に立ってファーメンステーションの商品を売っていた時代がありましたが、背景ばかりを話すとバイヤーさんに叱られたりしました。(笑)
N:もちろん、スタンス一辺倒のコミュニケーションでは伝わらないこともたくさんあります。いろいろな考え方の人がいるし、一人の人の中にもたくさんのレイヤーがありますから。僕たちはそのレイヤーをプロダクト、ライフスタイル、ライフスタンスと分けています。小売りの現場では、プロダクトが入り口にくるのが一般的です。
S:機能とか、デザインの好みとか、そういうことですよね。
N:はい。そうして手に取ってもらった商品の向こう側に、ライフスタイルやライフスタンスを感じ取るという順番。でも、階段の上り方は一つではないと思うんです。
S:と、言いますと?
N:会社やブランドの思想への共感が入り口となって、商品を手に取ってもらうということもあり得ると思うんです。ベストなのは、商品も世界観も哲学的な良さも全て伝わって共感してもらえるということですが、プロダクトで圧倒できなくても、他のところで共感を呼ぶことができれば好きになってもらえる時代だと思います。
会社を変えれば、社会が変わる
S:思想が入り口……。ライフスタンスエキスポはまさにその象徴だったのではないでしょうか。
N:そうですね。自分たちが提唱するライフスタンスを実現するために、愚直に行動を起こす会社が増えたらいい。そう思って始めたのが、ライフスタンスエキスポを主催しているPARaDEという共同体です。
S:「いい会社とライフスタンスエコノミーをつくる」というのをビジョンに掲げていますね。
N:僕には、お客さん一人一人を変える力はありません。でも、経営者ですから会社を一つ一つ変える力は持っているつもりです。だから、世の中を変えるために僕ができるのは、まず会社を動かすことなのではないか、と思って。
S:会社が変わることで、間接的に消費者を変えていくということですね。
N:もちろん会社にも色々あります。いかにイグジットするかということだけを考えて、一瞬の上振れを作るだけのものづくりをしている企業もたくさんある。こういうのってものづくりとさえいえないと思うんですが、お客さんには裏側が見えない。そして、そんな会社がちゃっかり上場してしまったりする。
S:経営的な目でみるとがっかりするような人たちが成功している例って本当に多いですよね。
N:一方で、真摯にものづくりをしていながら、潰れていくメーカーさんも多い。そういうのを見ているとなんともいえない気持ちになります。いい会社をちゃんと増やしたいと心から思うんですよね。
S:私が投資家からよく聞かれることに「商品の事業性とサステナビリティのどちらが優先されるか」というのがあるのですが、これって一番困る質問の一つです。分けて考えられるものではないと思うんですよね。
N:世の中的な感覚では、まだまだそこが分離されていると思います。特にビジネスの世界ではそれが顕著です。個人単位で考えても、生活者としての感覚と仕事の時の感覚が分かれていてダブルスタンダードになっている人が多いのではないでしょうか。
S:なるほど!個人の中でも線引きされている。でもそんなふうに仕事をし続けるのって、実は結構しんどいですよね。
N:だから、それを解消しないといけない。生活者として当たり前に正しいと思っていることを、仕事でもできればとてもヘルシー。そんなふうに事業を展開しても、利益が出てちゃんと給料が払われるという世界を作らないといけない。
普遍的な正義も個別の正義も大事
S:先ほど、いい会社という言葉が出てきましたが、中川さんにとってはどんなことが条件になるんでしょう。
N:3つの条件があると思っています。一つ目は利益を出すこと。営利企業ですから、当然ですよね。先ほどイグジットの話をしましたが、上場というのは、その会社に利益が出そうだという認証の一つですから、上場そのものを否定するつもりはありません。
S:儲かることも、いい会社の条件である、と。同感です。
N:二つ目は、社会全体に対する貢献。地球環境への配慮とか、人権配慮などが代表例です。今の時代に事業を行うにあたっては、最低限配慮しなければならないことで、僕はこれを「共通善」と読んでいます。
S:B Corpのアセスメントの項目なんかは、これにあたりそうですね。
N:今、いい会社というと、この二つの要素で語られることが多いんです。でも僕はそれだけでは足りないと思う。そこであげているのが三つ目の条件、「個別善」です。
S:社会に対して、個別ということですか。
N:そうです。これは、個別の会社が掲げている未来像。ビジョンやミッション、パーパス、もしくは美学や哲学などという表現で語られることが多い内容です。そして、それを実現するためにどれだけ行動を起こしているかということ。目指す未来は会社によって違いますから、B Corpのような一律の指標ではなかなか捉えることができません。
S:なるほど。
N:もちろん、B Corpが世界のスタンダードになっていることは事実ですし、社会共通善的な考え方が世の中に広まることは非常に意味があることです。でも、何を持って善と感じるかというのは時代や社会常識、文化などに影響されますよね。実際に、B Corpだって文化的に日本にフィットしづらい部分もあります。
S:アセスメントで苦労するという話も聞きますよね。
N:だからこそ、個別善も大切にする必要があると思うんですね。地域や時代を超えた普遍的な善もあれば、それぞれの個別の正義もある。これが僕たちの今の結論です。そして、これらを追求する人たちが経済的にも成功している事例を見せていくことで目指す人が増えれば、社会が少しずつ変わっていくのではないかと考えています。
中川さんが代表を務めファーメンステーションも参画しているPARaDEによる、「Lifestance EXPO」の次回は2024年6月に開催予定です。
詳しくはPARaDEの公式X(@join_parade)やInstagram(@join_parade)などでご確認ください。
中川淳
PARADE株式会社 代表取締役社長。株式会社中川政七商店 代表取締役会長。1974年生まれ。京都大学法学部卒業後、2000年富士通株式会社入社。2002年に株式会社中川政七商店に入社し、2008年に十三代社長に就任、2018年より会長を務める。
業界初の工芸をベースにしたSPA業態を確立し、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、業界特化型の経営コンサルティング事業や教育事業を開始。現在は学生経営×地方創生プロジェクト「アナザー・ジャパン」や、「これからの時代のいい会社」を考え実践する企業の共同体「PARaDE」を発足。企業やブランドのビジョン・思想を「ライフスタンス®」と提唱し、新しい経済の形を生み出している。
2015年には、独自性のある戦略により高い収益性を維持している企業を表彰する「ポーター賞」を受賞。「カンブリア宮殿」「SWITCH」などテレビ出演のほか、経営者・デザイナー向けのセミナーや講演歴も多数。著書に『日本の工芸を元気にする!』(東洋経済新報社)、『ビジョンとともに働くということ』(祥伝社)、『経営とデザインの幸せな関係』、『中川政七商店が18人の学生と挑んだ「志」ある商売のはじめかた』(日経BP社)他