アルスエレクトロニカ・フェスティバル2019 レポートPART 1 _ THE VOICE OF “ERRORIST”エラーの“使徒”たちの証言

in the rain / Yuki Anai (JP), Hideaki Takahashi (JP) Credit: tom mesic

オーストリア・リンツで毎年開催される芸術の祭典、アルスエレクトロニカ・フェスティバル。1979年に始まるこの祭典の特色のひとつは、先鋭的なサイエンス、テクノロジーの知見を、批判的なアートとして社会へ提示することにある。

メインの展示は、毎年、ひとつのテーマに基づいて作品がキュレーションされている。今年のテーマは『ERROR — THE ART OF IMPERFECTION(エラー:不完全性のアート)』だ。

昨年のフェスティバルを知る人からすれば、昨年のテーマ『Artificial Intelligence — The Other I(もうひとつの”I”)』からの文脈を感じざるを得ないだろう。

テクノロジーは、人間の「完全性」の追求による産物だ。AIをはじめとする高度なテクノロジーが社会実装されるにつれ、テクノロジーによってもたらされる完全性は、本当に人間をより人間らしく、豊かにするのかといった疑問がより現実味を持って立ち現れてきている。

「AIがビッグデータによってもたらす“最適解”に従って生きることは、真に人間的なのだろうか?」
「テックジャイアントをはじめとする、世界でもっとも巨大な富を築いている企業によって開発されるテクノロジーに、人々は盲目に従うべきだろうか?」

昨今では、さまざまなアーティストやジャーナリストがこれらのイシューに取り組み、社会においても進んだ議論が生まれている。

現代において考えるべきは完全性の追求ではもはやなく、人間の持つ不完全性、つまり「エラー」なのではないか? それが今回のフェスティバルの主旨だろう。

The Art of Deception / Isaac Monté (BE), Toby Kiers (US) _“欺瞞の芸術”と名付けられた作品。私たちは身体にさまざまな装飾を行うが、内蔵はどうだろう? 装飾された21心臓が物語るのは、私たちの欺瞞の深さであり、美しさであり、奇しさであり、エラーだ。Credit: Martin Hieslmair
「エラーというものはいかにして失敗やミステイクになるのか。また、エラーが前代未聞のアイデアやイノベーションの源泉となるのはどのような場合か。そして、エラーはいつ“見落とし”になり、あるいは意図的な欺瞞やフェイクとなるのか? エラーとは私たちの予測からの相違であり、平均からの逸脱だ。しかし、平均とはそもそも何か? 誰が定義したのか? (こうして問い直してみれば)エラーがミステイクでなければならない理由などなく、時に絶好の機会にすらなり得る。…エラーを巧みに利用すること、リスクを許容すること、そして創造性を発揮することが私たちの未来にとって重要な“知”となるだろう」

アルスエレクトロニカのアーティスティック・ディレクター、ゲルフリート・ストッカーは、フェスティバルに先駆けてそう発言している。(https://ars.electronica.art/error/en/theme/)


ゴールデン・ニカが贈られた、テックジャイアントへの“徴税”システム

BitSoil Popup Tax & Hack Campaign / LarbitsSisters (BE)_Credit: Akihico Mori

アルスエレクトロニカ・フェスティバルには、毎年傑出したアート作品を表彰するアワード、「プリ・アルスエレクトロニカ」がある。今年の「インタラクティブアート・プラス(Interactive Art+)」カテゴリでグランプリに輝いたのは、奇妙な「徴税」をテーマにした作品「BitSoil Popup Tax & Hack Campaign」だった。

「この作品で表現しているのは、新しいデジタル・エコノミーの仮説。私たちは、日常におけるさまざまなデータの生産を、テックジャイアントのプラットフォームに依存している。このあり方を変え、ネット上の市民が生み出すデータを、市民に対してより直接的に再分配することで、新しいデジタル・エコノミーを生み出すことができないか、というアイデアを表現したものなの」

ベルギーのアート・デュオ「LarbitsSisters(ラビッツシスターズ)」のひとり、ベネディクト(Benedicte Jacobs)は、展示会場の OK Center にあるカフェでそう話してくれた。

彼女らの作品は、オフラインのインスタレーションと、オンラインのキャンペーンからなる。

私たちはもはやFacebookやTwitterなど、ソーシャルメディアの無い日常を想像することができない。私たちはソーシャルメディアを使って、日常で小さなデータをやりとりしている。それだけを見ていると、ただ私たちの生活が便利になっているようにしか、とくに日本では感じないものだ。

しかし巨視的に捉えると、デジタル世界のエコノミーには非常に大きな偏りがある。すなわち、インターネット上で生み出される富の大半は、ごく少数のテックジャイアントの手に握られている。その富はもはや、システムの無料使用の見返りとは不釣り合いなほどに肥大化していると言えるだろう。

この状況に対し、彼女らは私たちネット市民の生み出すデータは、テックジャイアントだけに搾取されるものではなく、ネット市民の共有資産「Bitsoil(ビッツオイル)」であると定義する。このキャンペーンは、個人のデータを搾取から開放し、Bitsoilの利用税をテックジャイアントに主張する、いわばデジタル・エコノミーの民主化のプロパガンダとして行われているものである。

キャンペーンはTwitterベースであり、彼女らが生み出した「ボット」が主たる役割を果たす。まず高度な自然言語処理技術によってトレーニングされた「プロパガンダ・ボット」が、キャンペーンに関心がありそうなTwitterユーザーが探し出す。キャンペーンへの参加を促されたユーザーは、キャンペーンサイトで自ら「徴税ボット」をつくることができる。すなわち、アップルCEOのティム・クックやアルファベットCEOのラリー・ペイジのTwitterアカウントに向け、任意の徴税クレームをツイートするボットをデザインできるのだ。

徴税ボットのクレームも、言ってみればTwitterが利益を生み出すための膨大なデータの一部だ。彼女らは、これらの小さなデータを、Bitsoilに換算し、ブロックチェーンに記載する。それが、オフラインのインスタレーションとして可視化され、アルスエレクトロニカ・フェスティバルで展示されていたのだ。

「私たちの活動は2015年に始まる欧州の難民危機に端を発している。ブリュッセルにある私たちのオフィスの前の公園にも、たくさんの難民が集まった。彼ら彼女らが社会から疎外されないための仕組みが必要だと痛烈に感じた体験だった。その時に、ひたすら肥大するテックジャイアントの状況を見た時、私たちの作品に通底する社会批判的な表現が生まれていったの」(ベネディクト)

彼女らは蓄積されたBitsoilが、既存の国民国家の仕組みに所属せず、まるで貨幣のように流通・再分配できる未来「bitREPUBLIC」を構想している。既存の社会システムから疎外された、難民のような人々が利用できる資産とするためだという。

彼女らの作品を見て「個人の、何の価値もない情報に価値を生み出して流通させる仕組みにこそテックジャイアントの存在意義があるのではないか」と考える人もいるだろう。

彼女らはテックジャイアントにアンチを突きつけるためにこのキャンペーンを行っているのではない。事実、彼女らに「あなたたちはソーシャルメディアを“悪”だととらえているのか?」と質問すると、彼女らはきっぱりと「いいえ」と答えた。

大切なのはデジタル世界で生まれたエラーである不均衡を是正し、この社会の矛盾を解消するためのオルタナティブが提案されることなのだ。そしてそれは、彼女らのアート作品だからこそなし得ていると言えるだろう。

Larbitssisters _ Credit: Akihico Mori

市民がジャーナリズムのエラーを修復する

Bellingcat_credit: Bellincat

「Digital Communities」カテゴリのゴールデン・ニカは市民ジャーナリズムのプラットフォーム「Bellingcat(べリングキャット)」に贈られた。

べリングキャットは、市民による戦争や地下組織における目撃情報をパブリッシュするニュース・ウェブサイトだ。その活動は2014年7月にウクライナ東部で起きた「マレーシア航空17便(MH17)撃墜事件」の報道で広く知られるようになった。この事件はエリオット(Eliot Higgins)がBellingcatをオープンした数日後に起きたものだった。

エリオットはこの事件についてオープンな調査をしている個人に接触し、彼らの証言・調査報道をBellingcat上でパブリッシュしていった。それらは同事件を調査する共同調査班(JIT)にとって重要な目撃証言として、エリオット自身へのインタビューとともに採用されている。

MH17についてBellingcatは約4年間という時間をかけ、膨大な量の記事やレポートを世に送り出してきた。それらは市民ジャーナリストによる独自の批判的な情報によって構成され、また、複数の情報源から、情報の正しさが慎重に検討され、パブリッシュされたものだった。中にはロシア政府によって主張されてきた誤った文脈に対して適切な批判を行ったのもある。

プリ・アルスエレクトロニカを含む各賞の授賞式、通称「GALA」の翌日、エリオットにインタビューを行った。「受賞おめでとう。昨日はすごかったね。壇上ではまるでスーパースターみたいだったじゃないか」と挨拶すると、エリオットにはまったく浮かれた様子はなく「ちょうど今、大きなプロジェクトのロンチ前でね、午前1時には起きて仕事をしていたよ」と応えてくれた。彼の風貌はまるで新聞社のデスク座っていそうなジャーナリストそのものだが、彼のバックグラウンドはジャーナリズムではなかったという。

「2011年頃、僕はいわゆる企業の財務担当だったんだ。僕が努めていた会社は政府からの請負仕事をしていたんだけど、その契約がなくなってしまってね。つまり会社は解散ということになった。でも僕はその会社との契約があと9ヶ月残ってたのさ。とりあえず、誰もいないオフィスに通勤し始めた。当然、仕事もない。僕はインターネットをぼんやりと見ていた。その時にハマったのが、新聞社・ガーディアンのライブブログで、中東情勢について人々と議論することだったんだ。その後に趣味として始めた『Brown Moses Blog』がBellingcatの前身になった」

彼の話から、エリオット自身が一市民としてこのプロジェクトを立ち上げてきたことがよく分かる。市民ジャーナリストの彼に、昨今のジャーナリズムにはどんな「エラー」があるのかと尋ねてみた。

「そうだね、インターネットがジャーナリズムの世界に与えた変化は大きい。大きな問題となっているのは、ジャーナリズム、報道がどのようにしてお金を儲けるかの仕組みに与えた変化だろうね。昨今では、英語ではもっとも大きなネットメディアのひとつですら、薄っぺらい、本当に少ない情報によって構成されたデマ情報を掲載することだってある。たとえば、あるとき、ISISの『奴隷マーケット』を撮影したとするビデオをそのメディアは掲載していた。単一の、薄い情報源だとすぐに分かるようなビデオだった。彼らに代わって僕らがファクトチェックをしてみたら、そのビデオはあるドキュメンタリーをつくりかえたものだった。つまりは完全なデマさ。しかし仮にそれがデマであっても人がクリックすれば金が儲かる。この仕組みがデマを生み出す元凶なんだよ」
Eliot Higgins_Credit: Akihico Mori

女性を「サイエンスの市民」にする、Future Flora

Future Flora: Celebrating Female Biophilia / Giulia Tomasello (IT)_Credit: tom mesic

アルスエレクトロニカでは、プリ・アルスエレクトロニカに加え、2016年から新たなコンペティション「STARTS Prize」が開催されている。

STARTS Prizeは、アルスエレクトロニカが欧州委員会から任命され、ブリュッセルのアートセンター「BOZAR」、アムステルダムの文化機関「Waag Society」とともに開催する。このコンペティションでは、アートはいかにインダストリーとコラボレーションできるかが模索され、2つの大賞「Innovative Collaboration(イノベーティブ・コラボレーション)」と「Artistic Exploration(芸術的探求)」が選出される。

今年のSTARTS Prizeで、Artistic Explorationとして大賞を受賞したのは、“女性のバイオフィリア”をテーマとした「Future Flora」だった。イタリア人のデザイナーであり、バイオハッカーであるジュリア(Giulia Tomasello)による、スペキュラティブ・デザインだ。バイオフィリアとは、人間に先天的に宿るとされる自然・生命への共感を指す言葉であり、E O Wilsonによって提示された概念である。

Future Floraは、女性がバイオテクノロジーを自らのエンパワーメントに使うことができるツールだ。女性の性器における感染症を予防するためのバクテリアを自分で培養でき、特殊な「パッド」によって身につけることができる。キットには、フリーズドライされた特殊なバクテリアを培養するための一連のツールがパッケージされており、女性が自宅で、自分のために有用なバクテリアを容易に培養できるようになっている。

培養されるバクテリアは、ラクトバチルス菌(Lactobacillus bacteria)であり、女性が75%が人生のうちに一度は発症するというカンジダ外陰腟炎(Candida vulvovaginitis)を治癒する働きをするという。

「Future Floraでは、女性にとってタブーとされている領域にアプローチしている。だってそうでしょう? 性器の感染症っていうのは、私たち女性の間でも互いに話し合うことがない。だから女性は自身の身体に何が起きているか、何に悩んでいるかを議論することができない。Future Floraでは、バイオテクノロジーによって女性のセルフケアをエンパワーする。さらに女性がサイエンスの“市民”になることを実現することで、女性の社会的認識をも同時にエンパワーすることを考えているの」

ジュリアは取材の合間に、Future Floraのアートワークがプリントされたポストカードを見せてくれた。それらのアートワークはどれもネット上で「気分を害する」と論争の的になったという。

「私はこれらのアートワークで人を侮辱したり、不快にさせる意図は一切ないのよ」と彼女は言う。「だってこれらは女性にとって普通のことよ? 普通であるべきなのよ」

ある意味ではFuture Floraはソーシャルサイエンスにおけるスペキュラティブデザインと言えるのかもしれない。バイオテクノロジーによるメディカルな問題解決をトリガーに、女性をサイエンスの市民とすることで、ジェンダーに強い社会的影響を与える。これが彼女の言う、女性のバイオフィリアの存在価値なのだろう。

ジュリアは細菌学のエキスパートとともにこのプロジェクトを構築し、理論的には機能することを確認しており、2年〜3年以内には商業化したいと考えているという。

Giulia Tomasello_Credit: Akihico Mori

TEXT BY AKIHICO MORI

森 旭彦

京都生まれ。主にサイエンス、テクノロジー、アート、その交差点にある世界・社会を捉え表現することに関心がある。様々な研究者やアーティストを取材し、WIRED、ForbesJAPANなど各種メディア、大学に関連したプロジェクトで執筆を行う。

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大家雅広 / 田中れな