アルスエレクトロニカ・フェスティバル2019 レポートPART 2_ THE VOICE OF “ERRORIST”エラーの“使徒”たちの証言

Aerial Being / Yasuhiro Suzuki (JP) Credits: Ars Electronica / Martin Hieslmair

カメラに向かって笑うだけ。未来の投票場

Smile to Vote — Political Physiognomy Analytics / Alexander Peterhaensel (DE) Credits:Akihico Mori

レポートの後半では、参加型のインスタレーション、“劇場的”なアート作品を紹介したい。

アルスエレクトロニカ・フェスティバルの主会場であるPOSTCITYに、今年は奇妙な投票所が登場した。ドイツ・ベルリンのアーティスト、アレクサンダー(Alexander Peterhaensel)による「スマイル・トゥ・ヴォート(Smile to Vote — Political Physiognomy Analytics)」だ。

このインスタレーションは2019年に開催される欧州議会選挙の仮想投票所だ。しかし中に入ると、そこには投票用紙もペンもない。それどころか、この投票所は中にあるカメラで自分の写真を撮影すれば投票が終わるのだ。この作品は、最先端の顔認識システムの潜在的な未来図を描いてみせている。

「去年、スタンフォード大学の研究者が発表した論文には強烈なショックを受けた。彼らの開発した顔認識システムは、人相から人間の性的嗜好を解析するんだ。つまり君が同性愛者か異性愛者かが、写真から分かる。恐るべきはその正答率で、彼らの発表では74%から91%だとされている。これは私たち人間の能力を遥かに超えている」

アレクサンダーは、この論文(※)の知見をベースとして構築された、AIを用いたソフトウェアによってこのインスタレーションに用いられている顔認識システムを開発している。

「AIはもはや僕たちには見えないものを見ている。人間の認識能力を遥かに凌駕した顔認識システムが、これからの社会には実際に使われていく。この作品ではそれを政治的なケースで表現したんだ」

ちなみに筆者の“投票結果”は「Europe en Marche」だった。

※ Wang, Kosinski, 2017, Deep Neural Networks Are More Accurate Than Humans at Detecting Sexual Orientation From Facial Images

Alexander Peterhaensel Credit:Akihico Mori

暗闇で蠢くゴムの生命体

暗闇に包まれたPOSTCITYのGround Floorでは連日、奇妙な儀式が執り行われていた。人の声と電子音が入り混じった不気味な声のする方へと歩みを進めると、そこには黒く巨大な大蛇が蠢いていた。サウンドが奇妙に高揚すると、それに反応するように、巻かれた「とぐろ」を解き、時にはより複雑なとぐろを巻いてみせる。その動きを見つめる聴衆は、いつしか生命を見ている。それは、ただこの儀式の間だけそこに生まれ、そして二度と繰り返されることはない生命だ。

これがスイスのアーティスト、コッド・アクト(Cod.Act)によるサウンドインスタレーション「パイトン(πTon)」だ。

πTon / Cod.Act (CH) Credits:Akihico Mori
「僕たち人間は、“これ”と一切コミュニケーションすることはできない。その動きは、内蔵されたモーターの複雑な動作によって生まれていて、僕たちも予測不可能だ。そしてサウンドは、これの動きの結果として生成されている。だから僕たちはただ、これを見守ることしかできない。さしずめこれは、この儀式の主人なんだ。僕たちではない」

コッド・アクトが生み出す奇妙な生命性は、動きとサウンドの関係性によって構築されている。πTonのボディは、ゴムのチューブでできている。それは4つの強力なモーターが内蔵された関節を持っており、ボディをねじる。その動作はアルゴリズムによって制御されているわけではなく、たとえば「10秒間はこの速度で回転しろ」といった一連のタイムテーブルだけが与えられた、非常にシンプルな動作だ。チューブは、その形状、位置によって、モーターのシンプルな動作に非常に複雑でランダムな影響を与える。これによって、ゴムのチューブは“大蛇”になる。そしてそれらモーターの加速度とスピードと、人間の声が合成されたサウンドが出力されるという仕組みだ。

πTon
「僕たちは、πTonの特定の動きがどのように生み出されているのかを理解することはできない。それはシンプルな動力から生み出されていながら、非常に複雑な動きを生み出す」

コッド・アクトが昨年のフェスティバルに出展した「ニロイド(Nyloïd)」も同様の、シンプルな動力と複雑な動作、それに関連するサウンド生成によって生み出された“モンスター”だった。

Nyloïd

私たちは非常にシンプルな構造をした生命体であっても、それが生命を持っていることに気づく。生命らしさとは、複雑性なのだ。

彼らにπTonの持つ「エラー」とは何かと聞いてみた。すると彼らは「僕らの作品はエラーでできてるようなもんさ」と笑いながら前置きし、πTonの奇妙で、エラーの本質を突くエピソードを語ってくれた。

「これの持つモーターは非常に強力だ。だから時に非常に大きな負荷がかかることがある。あるパフォーマンスの時、それは起きた。関節の一部が強い力でねじ切れてしまったんだ。僕らはぎょっとしたけれど、それは切れたままの状態で動き続けた。僕らはそれでもただ、この“主人”がパフォーマンスを終えるまで見守るしかなかったんだ」
Cod.Act (CH) Credits:Akihico Mori

空に浮かぶ、新しい言語

Swarm Arena / NTT (JP), Ars Electronica Futurelab (AT) Credit: vog.photo

アルスエレクトロニカの特徴は、アートやサイエンスによって既存の産業をインスパイアすること。その役割を担うセクションが「フューチャーラボ(Ars Electronica Futurelab)」だ。フューチャーラボは、アルスエレクトロニカにおけるR&Dとラボの機能を持ち合わせる。企業や研究機関とコラボレーションし、最先端のサイエンス、テクノロジー、アートによって実現される未来像をプロトタイピングすることがミッションだ。

日本の企業によるコラボレーションも展開されている。NTTは現在、フューチャーラボとドローンを使った未来の社会インフラを構築すべくプロジェクトを推進中だ。すでに2017年のアルスエレクトロニカ・フェスティバルで「スウォーム・コンパス(Swarm Compass)」を展示している。スウォーム・コンパスが提唱するコンセプトは「スカイ・ランゲージ(Sky language)」。ドローンを群制御することで、空に浮かぶサイネージを生み出そうというわけだ。アルスエレクトロニカの「SPAXELS®」の技術とNTTの持つ多種多様なICTをコラボレーションさせることで生み出されている。

続く今年はスウォーム・コンパスのテクノロジーをさらに拡張した「スウォーム・アリーナ(Swarm Arena)」が、POSTCITYの劇場型展示「Open Futurelab」で披露された。

スウォーム・アリーナでは、スウォームコンパスの飛行ドローンに、LEDによるディスプレイ機能を備えた、地上を走行するドローン「Swarm Display Bot」が加わり、より高度な表現を可能にした。

たとえばスウォーム・アリーナによって、遠隔地での新しいスポーツ観戦が実現する。従来のテレビ等による中継によってバーチャルな観戦は可能だが、スウォーム・アリーナは、フィジカルな観戦を実現する。すなわちSwarm Display Botによって、遠隔地で試合を行うプレーヤーの動きを実際に再現する事が可能になるという。Open Futurelabの展示では7つのボットが披露されたが、今後、2020年やその先に向け、より大規模な群制御を可能にし、多くの人々を巻き込んだ新たな体験を創造する未来を見据えているという。


8Kの映像美、その先端を開拓する日本企業

アルスエレクトロニカには、壁面と床面に16m×9mの巨大なプロジェクション映像を展開するシアター「ディープスペース(Deep Space)」がある。このシアターでも日本の企業によるプロジェクトが上映されていた。そのひとつが『PAC-MAN Meets Deep Space “FUNGUAGE”』だ。

PAC-MAN Meets Deep Space “FUNGUAGE” Credits:Akihico Mori

この上映作品は、2017年からバンダイナムコがフューチャーラボおよび博報堂と協同開発しているオープンイノベーション・プロジェクト「パッカソン(PACATHON)」のコンテクストに位置づけられている。

パックマンは文字通り、世界的で歴史的なゲームアイコンだ。パッカソンの目的はそのパックマンの、次世代の姿を模索すること。そのアプローチは主に、パックマンをゲームの外の世界で機能させることに向けられている。今回の『PAC-MAN Meets Deep Space “FUNGUAGE”』でテーマとされていたのは「パックマンを社会言語(social language)として機能させる」こと。この上映は参加型だ。見る側の身体の動きが、ディープスペースに展開されるパックマンと同化し、パックマンが自身のアバターになる。たとえば人が回転すると、その人数の多さによってスクリューというイベントが発生する。チームプレイによって敵を捕獲するような遊び方も可能だ。

懐かしいドットで構成されたパックマンが生み出す全く新しい遊びに盛り上がる会場の様子から、ゲームの未来像が高解像度で感じられた時間だった。

Beyond the Frame: 8K Future Project / NHK (Japan Broadcasting Corporation, JP), Ars Electronica Futurelab (AT)
Credit: Magdalena Sick-Leitner

また、NHKとフューチャーラボの共同研究によるプログラム『Beyond the Frame: 8K Future Project』もディープスペースで上映されていた。NHKはハイビジョンの16倍という「8K」と呼ばれる超高精細映像の制作、上映から放送に至るまでの先鋭的な研究を行い、実験的な試みを多数推進している。たとえば映像制作に関心がある現代の若い世代に向けたクリエイティブ・エデュケーション番組「テクネ 映像の教室」においても、8Kの映像美を駆使した表現を制作する「8Kテクネ」というテーマがある。

『Beyond the Frame: 8K Future Project』の上映では、8Kテクネが制作した作品の数々が楽しめる。たとえば赤ん坊からお年寄りに至るまで、人間の人生の姿を1024体のフィギュアで表現した短編映像『1024』(新井風愉・テクネ)や、どこにでもあるような石の表面を惑星に見立てて展開する短編映像『足元の宇宙』(曽根光揮・テクネ)などが上映された。

上映の合間に、同プロジェクトに携わるNHK編成局 編成センター 副部長の川島鉄司氏にインタビューを行う機会があった。

現在、放送の在り方は変わりつつある。インターネットを含む様々なメディアが登場し、8Kのような最先端の技術がまったく新しい映像表現を可能したりと、かつては「家庭のリビングにあるテレビで見るもの」が主流だった放送が、大きな転換点を迎えているのだ。こうした状況の中で、公共放送としてのNHKの在り方とはどのように変わっていくのだろう?

「NHKは今、公共放送から公共メディアへシフトしようとしている。たとえばフェイクニュースが蔓延するような状況に対し、公正・公平なキュレーションを行うことができる機関である、といった公共性の価値を担保することは以前と変わらないが、これからは人が集まれる“場”をつくるというのも公共メディアの役割と考えている。今は『個』の発信が増えていく時代だ。インターネットによって個の表現がいろんな形で実現可能になった。だからこそ、それらの価値を共有するために集まることができるような『公』の場の価値が重要性を増すのではないかと考えている。8Kの試みはそのツールのひとつになるだろうと考えている」

映像とは記録であり表現だ。それを見る側が受け取る価値は、ただ個として見て楽しむだけにとどまらないのは現代において自明だろう。見ることをいかに共有するか、さらには、つくることをどのように共有するかにも大きな価値がある。こうした映像と公共性の交差点で、今NHKは新たな挑戦を始めているのだ。

川島鉄司氏 Credit:Akihico Mori

TEXT BY AKIHICO MORI

森 旭彦

京都生まれ。主にサイエンス、テクノロジー、アート、その交差点にある世界・社会を捉え表現することに関心がある。様々な研究者やアーティストを取材し、WIRED、ForbesJAPANなど各種メディア、大学に関連したプロジェクトで執筆を行う。

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大家雅広 / 田中れな