企業の創造に「冒険」は可能か?

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16 min readFeb 1, 2018
SWARM COMPASS
Photo credit: Florian Voggeneder

ARS ELECTRONICA SPECIAL ISSUE ART × INDUSTRY

企業の創造に「冒険」は可能か?

世界最大級のメディアアートの祭典『アルスエレクトロニカ・フェスティバル』。開催される場所は、オーストリアの小都市・リンツ。
『Artificial Intelligence — The Other I(もうひとつの”I”)』をテーマとした、昨年のフェスティバルには、人口20万人のリンツに世界中から10万人もの観客が集まった。

人々は、アルスエレクトロニカの“冒険”を見に、毎年このヨーロッパの小都市に集まる。冒険とは、成功が保障されない中で、挑戦を行うことだ。

アルスエレクトロニカは、世界中のアーティストが集い、メディアアート界のオスカーとも言われる「プリ・アルスエレクトロニカ(Prix Ars Electronica)」をめぐって冒険をする場所であり、
街づくりとして、社会活動にアートを採り入れた都市・リンツの冒険であり、最先端のサイエンス、テクノロジーが集まり、人類の未来を切り拓く冒険をはじめる場所だ。

そんなアルスエレクトロニカは今、産業、つまりインダストリーにおける新たな冒険を始めている。それはアートを触媒とし、既存のインダストリーに新たなイノベーションを創造すること。

この新たな冒険に、日本企業も動き出している。

この連載では、インダストリーはいかにアートと関わり、自らを新たに創造できるのか。アルスエレクトロニカは、いかにインダストリーを“触発”することができるのか。その試みの実像を、2018年秋に開催されるアルスエレクトロニカ・フェスティバルまでレポートする。

初回は、2017年のアルスエレクトロニカ・フェスティバルの現地を取材したライターが、NTTと「アルスエレクトロニカ・フューチャーラボ(以下、フューチャーラボ)」のコラボレーションについて、インタビューをお届けする。

インダストリーが新しいアートを駆動する

アルスエレクトロニカでは、毎年のコンペティションであるプリ・アルスエレクトロニカに加え、2016年から新たなコンペティション「STARTS Prize(※1)」が開催されている。

STARTS Prizeは、アルスエレクトロニカが欧州委員会から任命され、ブリュッセルのアートセンター「BOZAR」、アムステルダムの文化機関「Waag Society」とともに開催する。このコンペティションでは、アートはいかにインダストリーとコラボレーションできるかが模索され、2つの大賞「イノベーティブ・コラボレーション(Innovative Collaboration)」と「芸術的探求(Artistic Exploration)」が選出される。

昨年の受賞作を振り返ると、イノベーティブ・コラボレーションの大賞に選ばれたのは、スイスのチューリッヒ工科大学(ETH Zurich)の Gramazio Kohler Research、およびアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)の Self-Assembly Lab による「Rock Print」だ。この作品は、小石によって「巨大な柱」を3Dプリントするインスタレーションだ。

独自のアルゴリズムに従ってロボットアームが細い「ひも」を小石の層の間に正確に引き回し、小石が積層される。このプロセスによって、人の身長の数倍にもなる巨大な構造体を、木枠による支えや、接着剤を用いた補強をすることなくプリントすることができる。

この手法は物理現象における「ジャミング転移(granular jamming:集合した粒子の密度が、ある一定のしきい値を超えると固体のような振る舞いを見せる状態変化)」が建築目的に用いることができるポテンシャルがあることを証明している。コンクリート等を用いることもないため、現地の材料を用いて建築物を構築でき、さらに細い「ひも」を取り除けば、材料はもと通りの自然へ戻すことができる。

従来の発想にとらわれない、イノベーティブな建築の在り方を提示する作品と言えるだろう。

Rock Print

芸術的探求の大賞には、日本のミュージシャンでありアーティスト、やくしまるえつこによる、『わたしは人類』(l’m Humanity)が選ばれている。

同作品は、人類史上はじめて音楽配信やCDといった従来のメディアに加え、「遺伝子組換え微生物」でリリースされた“新しい音楽”とされる。その楽曲は、茨城県に古くから生息するという「シネココッカス」というシアノバクテリアの一種の塩基配列を用いて“作曲”されている。そして生み出された楽曲は、自己複製するこの微生物の染色体にふたたび組み込まれている。

オフィシャルウェブサイトには創作の意図が綴られている(※2)が、やくしまるはこの作品に、音楽とメディアの関係性を見出している。その言葉を引用すれば「音楽とメディアの深いかかわりは、伝達と記録の関係性であり、それは遺伝子とDNAであるとも言えます」となる。

微生物は自己複製を行うことができるため、記録された楽曲を変異させながら伝達することができる。

レコードやCDなどの情報媒体への記録、インターネット配信、そしてサブスクリプションサービスへと、音楽産業は変遷が激しい。その中で音楽の伝達と記録、変容と拡散とは何かを捉えなおそうとするのが、この作品である。

Exhibition of “I’m Humanity” genetically-modified microorganism, credit: MIRAI records, foto: MIRAI seisaku

インダストリーは、サイエンスやテクノロジーの知見を社会へ普及させることを通し、新しいイノベーションを提示しようとする。その触媒として、アートをいかに機能させるのか。そのアイデアが、STARTS Prizeにおける評価の対象となると言えるだろう。

本年のSTARTS Prizeのオープンコールはすでにオンラインでの募集を開始しており、3月2日まで応募を受け付けている。

※1 Grand prize of the European Commission honoring Innovation in Technology, Industry and Society stimulated by the Arts

※2 やくしまるえつこ YAKUSHIMARU ETSUKO WEB SITE http://yakushimaruetsuko.com/archives/2602

https://www.aec.at/futurelab/project/sky-compass/

アートが引き出す、企業の価値創造

2017年、日本からは数多くの企業がアルスエレクトロニカ・フェスティバルに集まった。

インダストリーとアートのコラボレーションという点ではフューチャーラボの展示は印象的だった。フューチャーラボは、アルスエレクトロニカのシンクタンク、R&Dのディヴィジョン、そしてインハウスのラボの機能を持つ。企業や研究機関とコラボレーションすることで、サイエンス、テクノロジー、アートを協調させたプロジェクトを多数展開している。

NTTは現在、フューチャーラボとコラボレーションし、ドローンを用いた新たな社会インフラ「スウォーム・コンパス(Swarm Compass)」を生み出すプロジェクトを進めており、2017年のアルスエレクトロニカ・フェスティバルで最初の展示を行っている。スウォーム・コンパスは、ドローンを送迎などの個人のナビゲーションとして、さらに集団を誘導する公衆サイネージとしての社会的利用を試みるプロジェクトだ。携わるのは、NTTサービスエボリューション研究所の千明裕さんと橋口恭子さん。フューチャーラボとのコラボレーションを振り返るべく、インタビューを行った。

スウォーム・コンパス(Swarm Compass)

――今回のフューチャーラボとのコラボレーションはどのようにして生まれたのですか?

千明:2016年の7月からフューチャーラボとの共同研究として始まったプロジェクトです。私たち研究所の課題は、最先端の研究によって生まれた技術を上手く活かしきれていないということでした。たとえば非常に処理能力の高い並列計算や、高速な通信ネットワークの構築など、さまざまな基礎技術を私たちは持っています。これらの技術は、ある面では非常に先鋭的で、新奇性の高い技術です。しかし私たちは、それらを社会に実装し、実際に世の中を変えていくような動きを生み出すことができていなかった。この課題を、私の上司が、とあるイベントに訪れていたアルスエレクトロニカ・ジャパンのディレクター、小川秀明さんにご相談したことがきっかけで、このプロジェクトが生まれました。

NTTの持つ基礎技術のひとつ「変幻灯」。プロジェクションマッピングの技術を活用した錯覚によって、平面の静止画像を動画のように動かすことができる。このような技術が、使われずにたくさん眠っているのだという。

――ドローンを情報インフラとして活用するという着想はどのようにして生まれたのでしょうか?

千明:まずは「何ができるだろう?」という探索から始めていきました。私が小川さんに、NTTの技術である変幻灯を提案すると、小川さんから「変幻灯をナビゲーションに使ってみませんか?」という提案がありました。一般的な道路標識などに変幻灯でエフェクトを加え、注意喚起を促すようなナビゲーションのアイデアです。

ディスカッション進める中で「変幻灯も含め、新しいナビゲーションのインフラは作れないだろうか?」と考えるようになりました。もともとNTTはネットワーク事業に代表される、インフラの企業です。その事業は私たちのアイデンティティでもありますが、旧態依然としてゆくことは企業の健康上、喜ばしいことではない。そうした発想のもと、「NTTの技術基盤を用いながら、よりソーシャルなインフラを作るには、どうすればいいんだろう?」と考えをシフトさせました。

2016年10月にはアルスエレクトロニカから、ローランドというテクニカルディレクターが東京に来てくれて、3日間ほどかけてNTTの技術を紹介し、東京の街を見ながらワークショップを行いました。

お台場でふと空を見上げたとき、「この広い空で何かできないだろうか?」と話したことが、スウォーム・コンパスの誕生につながりました。アルスエレクトロニカの「SPAXELS®」の技術、そして私たちNTTのICTに関する多種多様な技術をコラボレーションさせようと考えたのです。

――スウォーム・コンパスはどのように動作するのですか?

千明:音声認識やインタラクションを組み合わせた個人のためのナビゲーションと、群飛行をすることで大衆を誘導するサイネージとして機能することを目標としています。つまり、ドローンの群れによって、人の群れを誘導するということです。

こうした「スウォーム(swarm:群れ)」という概念が生まれたのが2017年の7月ぐらいでした。9月に開催されるアルスエレクトロニカ・フェスティバルの展示まで残された時間は少なく、急ピッチで作業を進めました。

NTTはデータ分析によって人々を混雑なく目的地へと誘導する「人流誘導」の技術や、混雑の予測技術を数年前から研究していることもあって、将来的には組み合わせてゆければ良いと思っています。また、空だけではなく、地上のドローンとも協調しながら、ナビゲーションの社会インフラとして構築することを視野に入れて、現在も開発を進めています。

アルスエレクトロニカが所有する子会社「Ars Electronica SPAXELS® GmbH」は、アルスエレクトロニカのある都市・リンツ上空をLEDを搭載したドローンで彩る、まったく新しい夜空のショー・SPAXELS®を2012年から手がけている。

https://www.aec.at/futurelab/project/sky-compass/

アートの媒介者、「企業内アーティスト」の仕事

スウォーム・コンパスは、未来の都市において、「都会に住まう人々の物語」のエージェントとなるテクノロジーになるのだろう。

都市には、いわば都市機能の、巨視的な振る舞いとしての“大きな物語”がある。
たとえば東京は、世界有数のビジネスの中心地だ。1日における都内総生産は2600億円にのぼり、390件の新たな就職がある。時にはトラブルも起きる。交通事故の発生件数は、1日で94件だ。

また都市の中では、人々が毎日の“小さな物語”を生きている。
東京では1日に310人が産声をあげて生まれ、239組が新たに結婚する。1251人が新たに転入し、1020人が転出。3万人の外国人旅行者が、毎日この都市を訪れている。(※3)

人々は情報と相互作用し、行動することによって、個としての小さな物語を生きながら、都市の大きな物語を構成してゆく。この物語をサポートするエージェントの役割を担っているのが、現在はスマートフォンだろう。人々はスマートフォンを介して都市機能と情報をやりとりし、選び、行動している。
スウォーム・コンパス は、この物語の新しいエージェントとして、ドローンを活用しようとする提案なのだ。

――このプロジェクトを通して、アートがインダストリーに与える影響とは何だと感じましたか?

橋口: 基本的に私は、人間という存在は、インダストリーの考え方とはかけ離れていると思っているんです。プログラムを書いている時も、「こんな人工的なルールで人は物事を考えない」と良く思います。

一方で、アートは人間の心から出たものがそのまま表現されている。だからインダストリーよりも人との距離が近いと思うんです。もしもインダストリーが、人と距離の近いアートが根幹にありながら生み出されていれば、より人に好かれて温かみがあるものになるのではないかと思います。アートとの関わりによって生み出されるインダストリーは、人の生活を豊かにするだけではなくて、心の中を豊かにするものになるんじゃないかな、と私は思うのです。

――アートの力をインダストリーに媒介する存在を、私たちは「企業内アーティスト」と呼称しています。アーティストとして企業活動に加わる中で大切にしていることは何ですか?

橋口: たとえば従来の、インダストリーとしての新しさの定義を考えてみると、それは性能や技術の新奇性や独自性ということになるのだと思います。しかし、アートとしての新しさとは何かを考えてみるとき、「見方を変えること」だと思います。たとえば日常生活で、通勤で使う道の端に木があるとします。その木を見つめて、ふと「今日の木は昨日の木よりちょっと違う」と思った時、新しさが自分の中に生まれます。その新しさとは何かを突き詰めて考え、生かすということが、私たちの仕事のひとつになるのかもしれません。

私が仕事の中で大切にしていることは、「自分はどんな世界をつくりたいのか」と「その世界観に対し、自分は何をするのか」を明確にすること、人に伝えること、そして一緒に働いている人を好きになる、ということです。

アルスエレクトロニカ・フェスティバルは、1979年に開催された第一回のフェスティバルから「アート、テクノロジー、社会」を中心的なビジョンに掲げ、「社会的・文化的なイノベーションには、アートとテクノロジーの両輪がいる」ことを体現し、リンツという街が先進的な文化都市に成長する中で、社会的に重要な役割を果たしてきた。

そのアルスエレクトロニカのビジョンは今、世界中のインダストリーとアートの関わり方を変えようとする冒険を始めているのだ。

Swarm Compass, photo credit: Florian Voggeneder

ネットワークロボット&ガジェットプロジェクト
2020エポックメイキングプロジェクト研究主任
千明裕 さん

大学の頃からコンピュータサイエンスに親しむ。NTT入社以来、ハードウェアの研究開発、データ解析、ソフトウェアエンジニアリング、NTT技術を活用した展示作品など幅広い分野に取り組む。2012から2013年にはMITメディアラボに客員研究員として在籍。

2020エポックメイキングプロジェクト研究員
橋口恭子 さん
大学時代はヒューマンコンピューターインタラクションやユーザーエクスペリエンスデザインを研究。ブログの見た目のかわいさを判定する「かわいい検索」などを開発。NTT入社後もユーザーエクスペリエンスデザインに関わり、羽田空港国際線のプロジェクションサインから、歌舞伎のICTまで幅広くプロジェクトを担当している。

※3 くらしと統計2017 東京の1日 — 東京都の統計 http://www.toukei.metro.tokyo.jp/kurasi/2017/ku17-01.htm

参考文献:鷲尾 和彦著『アルスエレクトロニカの挑戦: なぜオーストリアの地方都市で行われるアートフェスティバルに、世界中から人々が集まるのか』

STARTS PRIZE https://starts-prize.aec.at/en/
Self-Assembly Lab
http://www.selfassemblylab.net/RockPrinting.php
BOUNDBAW
http://boundbaw.com/world-topics/articles/19

TEXT BY AKIHICO MORI

森 旭彦

京都生まれ。主にサイエンス、テクノロジー、アート、その交差点にある世界・社会を捉え表現することに関心がある。様々な研究者やアーティストを取材し、WIRED、ForbesJAPANなど各種メディア、大学に関連したプロジェクトで執筆を行う。

http://www.morry.mobi

博報堂ブランド・イノベーションデザイン

Hakuhodo Brand & Innovation Design

http://h-bid.jp

Ars Electronica Tokyo Initiative

http://aeti.jp/

大家雅広 / 田中れな

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