刃と葉

包丁は、誰にでも使えます。

ホームセンターにでも行って、手ごろな価格の包丁を買ってくれば、家に帰って大根を切ることができます。

誰の許可も要りません。誰の監視も必要ありません。

思うままに包丁を振るい、自分なりの料理を作ることができます。なんだったら、そのままの勢いでお店を開くこともできます。

そうです。調理師の資格を持っていなくても、仕事として調理に携わることはできるのです。

ただし、お店を開くには、食品衛生責任者の講習を受ける必要はあります。そこで、衛生法規やら公衆衛生学についてレクチャーを受けるわけです。テストはないのでそんなに難しいものではありません。

だったら調理師は何を学んでいるのかというと、食文化概論、衛生法規、栄養学、食品学、公衆衛生学、食品衛生学、調理理論といったもろもろの学問です(参照)。つまり、包丁の使い方だけではないのです。食べるという行為にまつわるさまざまなことを知識として学ぶわけです。

もちろん、そんなことをいっさい知らなくても包丁は使えますし、美味しい料理を作ることも可能でしょう。でも、それだけでは、プロとしては心許ないわけです。人の口に入れるものなのですから、そこには包丁の扱い方以上のものが求められます。

でなければ、食中毒なんかがわんさか生まれてしまいます。そうなると実質的な健康被害と共に、人々が外で食事する意欲が減退することによる経済的被害も発生します。業界的にはまったくよくないことです。

さらに言えば、ふぐという特別な食材は、ふぐ調理師という特別な資格が求められます。直接人命に関わってくる食材なのですから、これはもっともな判断でしょう。

包丁は、誰にでも使えます。

でも、それを使って仕事をするためには知識が必要です。資格ではありません。資格は知識の有無を担保するものであって、ある種のシンボルのようなものです。本当に必要なのは、自分の作ったものが他の人の口に入るとき、そこにどのような影響が発生しうるかを考慮できる知識です。

では、言葉はどうでしょうか。


Originally published at rashita.net on September 23, 2016.

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