料理レシピにも「好きな作家」があるんじゃないかという仮説

レシピを「作家」で選べるようになれば料理の精度が上がりそう

1年ちょっと前から塩マッサという調味料が気に入って、割と頻繁に作りまくっています。

一時は身の回りで結構なブームになったりもして、ぼくのFacebookの世界は「ポルトガル風鶏ご飯」で溢れていたこともありました。

そんな塩マッサ生活も割と慣れてきて、結構レシピを無視して「オリジナル」なものとかを作ったりするんですが、これが困ったことにどれもそんなに美味しくない。

悪くはないんだけど、わざわざ塩マッサという手間暇かかるものを作ってまで食べるものではない感じがする程度のレベルにしかならないのです。


で、ふと思ったのが、実はこれ、塩マッサが美味しいんじゃなくて「本に書いてある塩マッサのレシピが美味しいんじゃないのか」と。

そう思って記録と記憶を振り返ると、塩マッサをまぶした肉を焼いただけのやつでも、レシピ通りに作ったものと、自分で適当に作ったものでは結構レベルが違う。

やっぱりこれって要するに「塩マッサがすごい」んじゃなくて「このレシピがすごい」ことに違いない。


そんな時に同時に思い出したのが、夏のスーパー天才レシピ桃モッツァレラ。

この料理も、実は「適当」に作ると大して美味しくなくて、美味しさを最大限に発揮するためには、できる限りレシピに書かれている材料、手法を忠実に守ることが重要なのです。

料理って、すごく「ちょっとした工夫」で味が大きく変わりうるし、本当に「レシピのプロ」が作ったレシピは、その説明もちゃんとわかりやすく、それを守ると結構簡単にすごく美味しい。


レシピって、世の中に無数にありふれてはいるんだけど、そういえば「誰が考えたレシピなのか」ということを考えてレシピを調べたりしてないよなぁ、ということに気がつき、塩マッサ本を書いた栗山真由美さんの新しいレシピの本を図書館で入手してきたのです。

この「料理レシピにも「好きな作家」があるんじゃないかという仮説」仮説がまぁまぁの精度で正解であるのならば、これはこれでまた新しい料理の世界が開けるのではないか、と期待している次第であります。

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