先生は要らない?(新しい学び方)

まず最初に次の動画をみてください。ブラジルの会社経営者リカルド・セムラーさんが会社の新しい経営方法と、新しい教育について語っています。

テーマは(ほぼ)ルールなしで会社を経営する方法です。

この会社は社員が何千人もいるのに、人事部がなく、出勤時間も出勤日も管理されていないのです。20年以上前からです。そしてしっかり利益もあげているのです。

人事部もないので、給与も自分できめているのです。上司も定期的に部下から評価され、低ければ交代するのです。

私の取引先で社員の行動を網の目のように管理していて、顧客や社外でのミーティングが終わったあと、会社の管理部からミーティングについての満足度を確認するメールが届くという会社があります。

私が満足度を低く報告すれば、ミーティングに参加した社員の評価が下がるのです。

顧客満足を上げるための管理なのでしょうが、社員は大変ですね。

それにひきかえ、リカルドさんの会社は、ほとんど管理されておらず、しかもしっかりと収益をあげています。

いったこのこの違いは何なのでしょう?

リカルドさんは社員を信頼することだと言っています。

人間は信頼されると責任を全うしようとします。逆に管理されると責任はありますが、義務感が強くなります。

リカルドさんは、管理しない場合に起こるリスクを手放したのです。そして本当の自由を得ました。

教育をゼロから見直す

そしてリカルドさんは教育にも取り組んでいます。3つの学校を作りそのうち一つは公立学校。ルミアルという学校を設立したのです。先生ではなくテューターがカリキュラムを進行します。

しかも、運営を子供達にサークルを作らせて、任せているのです。退学や停学は彼らが決定するのです。

テューターは高齢者を採用して、「あなたが大切だと信じていることを教えてください」プロでなくてもよい。必要なのは情熱と専門性。バイオリニストが数学を教えている場合もあります。

科目にはサッカーW杯や自転車を45日間で作る方法などのユニークなものもあり、600個あります。必要なものは全て揃っているのです。

年齢でクラス分けしません。6歳でも能力が十分だと思われたら11歳と一緒に学びます。

知識だけではなく叡智を身につけるために

遊び=学びを実践しているのです。知識を身につけるだけではなく、知識を使いこなす叡智を身につけさせるのが教育のテーマなのです。

なぜ、この科目を学ぶ必要があるのかをゼロから考え直しているのです。

また学校の運営方法を無料で提供することに取り組んでいるそうです。(2014年現在)

叡智とはなんでしょうか?リカルドさんはwisdomという言葉を使っています。

三省堂大辞林によると次のように書かれています。
すぐれた知恵。深い知性。 「 -にあふれる」

真実在や真理を捉(とら)えることのできる最高の認識能力

知識はいずれ消えて行きますが、一旦身につけた英知は消えることはありません。叡智があれば、知識はどんどん入ってくるのです。

例えば、我々日本人は、新しい言葉に出会い、意味と使いかたを理解したら、自分の言葉として使うことは難しいことではありません。しかし英語の単語となるとそうはいきません。

一度発音、綴り、意味を理解してもすぐに忘れてしまいます。これは英語が英知にまで落とし込めておらず、知識の段階だからです。

学びや教育は叡智を身につけることなのです。知識だけでは、生きていく上で役に立ちません。

そんな教育は学校でも、社会へ出てからでもこの日本や世界にはなかなか見受けることはできません。

私は叡智を身につけるための学びは、遊びからだと思います。

遊ぶようにワクワクしながら学ぶ。そして叡智が身についてゆくのではないかと思います。

知識を身につけることは必要ないとは言っていません。社会に出て生きてゆくためには、最低限の数学、パソコンの使いかた、ソフトの使いかたなど必要な知識は沢山あります。

しかし、知識を身につけることばかりに意識をむけると、覚えることは山のようあります。変化の激しいこの時代には、パソコンやビジネスに関すと。法律、言語などなど、、、

しかし、生きていくための叡智を身につけていれば、本当に自分にとって必要なものは何かということが適切に判断できるようになっていきます。

大切なことは、楽しく充実した人生をおくることではないでしょうか?知識はそのための手段にすぎません。

人生を楽しく充実して送るための人間に必要なことを判断できる能力が英知なのです。

叡智を身につけることが学びの基本なのです。

叡智を身につけるための方法とは?

三回連続でなぜ?と問うのです。
一回目は答えは簡単にでます。

二回目になるとちょっと難しくなります。

三回目は答えに窮します。

リカルドさんは50歳の誕生日のとき、偉人たちのいる墓地を歩きながら「自分が死んだら何を思い出して欲しいのだろう?」と問うたそうです。そして、次に「なぜ自分は、思い出して欲しいのか?」と問うたのです。

それで思いついたのが、自分の足跡を全て消すことでした。成し遂げたことにあまり意味はない。それより、いつでも原点に戻って新しいことを始められことの方が重要であると気づいたのです。

叡智に満ちた人生をおくるために

「自分はなぜこれをしているのか?」三回自分に問う。このシンプルな方法を実践することで、叡智に満ちた将来が来ますようにとリカルドさんはプレゼンを結んでいます。

Rise Learning Labでは、叡智に満ちた人生をサポートできるような情報をこれからも提供していきたいと思っています。

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