文字を「刻む」ということ。

文字を書くことは人類の歴史の中で絶えず行われてきた。古くは、石版に残したメッセージ。それが、今ではPC、スマートフォンで気軽に行えるようになっている。それは、コミュニケーションが人間にとって重要なものであるということ。そんなの当たり前のことだけど、やっぱり根源的に私達はコミュニケーションが大好きなのだろう。その証拠に、私のスマホに入っているアプリはメッセンジャーや、SNSで埋め尽くされている。ゲームやニュースアプリにもコミュニケーション機能が実装されているものも多い。

では、なぜ人間は本質的にコミュニケーションを欲するのか。突き詰めてみると、私は「心=意識」こそが、その本質に繋がると思っている。人間は心と身体という2つの要素で出来ている。肉体的に健康であり、なおかつ精神的に健康であることが求められる。身体的特徴は目に見えるので分かりやすいけど、心の内側は目に見えない。だからこそ、奥が深いのである。それを表現する手段が、言葉であったり、ジェスチャーであったり、文章であったり、絵や写真などの芸術作品であったり、工業製品であったりする話なのである。人間の本質的な活動は、コミュニケーションによる意識と意識の情報交換。大雑把に言うと意識のぶつけ合い、といっても良いのかもしれない。その証拠に、社会の物やサービスもコミュニケーションで溢れている。現状に不満があるから、新しい物やサービスを作りたいといった欲求も、社会やユーザーに対しての一つの問いかけだろう。

そして、このコミュニケーションの形が日々変化している。古くはインターネットのキラーアプリがEメールであったように、その後スマートフォンが普及すると人々のコミュニケーションは、メッセンジャーアプリでやり取りされるようになった。更に文字だけでなく、Instagramといった写真でコミュニケーションを取るものや、snapchatといった動画でコミュニケーションをとるといったようなサービスが流行していることから、コミュニケーションの形が急速に変化、多様化しているように感じる。またこれから、フェイスブックCEOザッカーバーグが示唆するように、VR(仮想現実)技術の発達とともに、新しいコミュニケーションの形が形成されようとしている。インターネットが変えていくコミュニケーションの形は、Eメールから考えると、たった数年で、随分遠くに来たもんだと思う。そして、IoT(インターネットが全てのものと繋がる)時代の次は、IoTh(インターネットが思考と繋がる)の時代が来て、巨大なAIと繋がり、人工知能、産業用機械(ロボット)、を含めた存在と人間がコミュニケーションしていく時代が来るなんてことも言われている。インターネットテクノロジーのコミュニケーションの最終形態は、人間の脳と脳をネットワークで繋ぐ、テレパシーのようなものかもしれない。

では、言葉はどうなるだろうか?例えば、このMediumは古いコミュニケーションになってしまうのかというと、私はそうでもないと思う。テキストによるコミュニケーションは、意外と強いと思う。それは、文字には人の温もり、熱量、喜怒哀楽、心、気持ちといったものが感じられるから。そして、人の脳はそれを想像して感じるとることができるようになっている。それは人類の長い歴史が培ってきたDNAに組み込まれていると思う。例えば、石板に「愛してる」と刻まれていたら、それは文字以上の物語を感じるように。

これから、益々テクノロジーが進化しても、人間のコミュニケーションをとりたいという本質は変わらないと思う。ある意味テクノロジーが進化しても進化しない部分が人間の本質だと思う。このように、文章を書き記すことは、アナログな作業だか一種の自分自身のアップロードのような作業なのかもしれない。肉体は滅んでも精神はある意味永遠だ。素晴らしい作品は魂を吹き込まれ、時間というものを超越して現代に生きている。だからこそ、これから私は文字を刻む気持ちで文字を書いていこうと思う。

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