新卒6年目を区切りに新しい世界へ

こんにちは、sentence school一期生のもりやみほです。 「編集者/ライター」の仕事に興味を覚えた2015年から、約2年後の今年4月。新卒からお世話になった富士通を辞め、訪日観光客向けWebメディア「MATCHA」の編集者・ライターに転職しました。

安定した企業からの、また異業種への転職は、バンジージャンプを踏み出す一歩と同じくらいの勇気と覚悟が必要でした。色々悩むこともありましたが、それでも転職に踏み切ったのは、大学時代に掲げていた軸が実感できる環境で働きたかったからです。

大切にしていた二つの軸

「ミホと知り合って日本のことが好きになったし、“日本は遠くて行けない”なんて言ったけど、会えない距離じゃないから。また会おうね」

大学の休みを利用してアイルランドへ短期留学した際、仲良くなったベルギーの女の子から言われた言葉です。私を通して「日本が好きだ」と思ってくれたことに心を打たれ、社会人になったら”日本“という看板を背負ってグローバルに働き、「日本っていい国」「日本が好きだ」と思ってくれる人を増やしたいと思うようになりました。

また、仕事を通して“手に職”をつけることも就職活動中に軸としていたことです。 就職活動中「旦那さんの転勤を考慮して、勤務地を柔軟に変更できる」ことが、“女性に優しい企業”のPRになっていたことに違和感を覚えていました。

「どんなに好きな会社に入っていても、自分をとりまく環境次第で、女性は仕事を辞めなければいけないリスクがある」と感じてしまい、一生働くには自分で技術を身につけて、場所を選ばずに働けるようになった方が良いと判断しました。

SEなら会社を辞めて移動した先でも再就職しやすいだろうと考えたのが、SE職で富士通に入社した理由のひとつです。

“文章”に触れたきっかけは、あるライターさんとの出会い

「文系でも大丈夫」と言われて希望したSE職ですが、研修からわからないことだらけ。興味を持つにも何から手をつけて良いかわからず、自分には向いていないかも……と感じていた矢先に、SEとは別の部署へ配属先が決まりました。

向いてないとは感じていたけれど、“手に職をつける”目標が叶わなくなってしまった。また、配属された先の仕事で 「日本っていい国」と思ってもらえるのか、実感が持てずにいました。

もちろん会社全体で考えると、日本のICT技術をグローバルに展開しているけれど、自分がそれを担っている感じがしない。とはいえ、何をすれば実感が湧くのかもわからない。

今後仕事で何がしたいのか見えないまま、目の前の業務に追われる日々を送っていました。残業が続き、入社当時に考えていたことなど思い出さなくなってしまった頃、友人が主催したイベントで、とあるライターさんと話す機会がありました。

私が経験した留学の話や、海外で学んだこと、それを受けてどんなことを思ったのかについて、相槌を打ち、笑顔で聞いてくれるライターさん。

どんどん話しているうちに、アイルランド留学の出来事や、学生時代の渡航経験を思いだし、 「海外で心に残る経験をさせてもらったんだから、今度は世界に対して、何か恩返しできるように働きたい」と考えていたことを思いだしました。

「素敵な経験をされているんだから、書いてみましょう!」

と、旅先でのストーリーを紹介するWebマガジンを紹介していただき、運営メンバーの力を借りながら、アイルランドで一緒に過ごした、ベルギーの女の子との出会いをコラムにして掲載しました。

大切な思い出を文字に起こすのは、的確な言葉がみつけられず丸一日かけても終わらないほど。それでも自分のストーリーを、拙いけれど精一杯の言葉にのせて伝えると、「素敵な話だね」「私も留学したくなった」などのメッセージをもらうことができました。

その後も運営メンバーの一人として関わらせてもらっているうちに、「書くことなら、“手に職”もつけられるし、海外で学んだことを届けられる。“伝える“ことを仕事にして、自分の思い描いていたような働き方がしたい」そう思うようになりました。

sentenceで学んだこと

いざ仕事にしようと思っても、どんな会社があるのか、具体的にどんな仕事内容なのか、一体何から始めたらいいのだろうか……。

わからないことだらけで悩んでいたときに、Twitterでsentence schoolの募集を見かけ、申し込みました。

「仕事にできるように、もっと上手に書くためには?」と思って申し込んだけれど、まず、「どんな書き手になりたいか」から始まった講義。自分はどうして書きたいのか、書いたものを誰に届けたいのか、どんな書き手になりたいのか……。

現時点でも“自分の思い”を言葉で整理し、みんなの前で報告するのは、これから新しい道に進むにあたって原点になったような気がします。

わざわざ職を変えなくても、生活は十分安定している。自分のポジションもあるし、今後必要ともされている。私がライターにならなくてもライティング業界は変わらないのに、会社の残業後や、休日の時間を使ってでも「書く」意味って、一体なんなんだろう。

どう書いていいかわからず悩んだ時、締め切りに追われ、会社の昼休みも使って必死で書いていた時に、「どうしてそこまでして書きたいのか」という問いが何度も頭をよぎりました。

sentence schoolの講義を通して、問いに対して何度も向き合えたからこそ、自分が前進する何よりの支えになったような気がします。

また、転職に対して不安になった時も、一体何が不安なのか言語化することで、乗り越えられたような気がします。

行きたい企業がなかなか見つけられない、事業内容は良くても、福利厚生が整ってない、など、一体何がしたくて転職するのかわからなくなった時、なぜ見つけられないのか、何が不安なのかを言葉にして考えてみました。

そこで感じたことは、今後の生活が見えないことが不安で、今と同じ待遇が用意されている企業を探していて、自分の軸に沿った企業選びができていなかったな、ということ。せっかく新しい世界にチャレンジしようとしているんだから、“今と同じ生活ができるか”はあまり重要視することではないんじゃないか、という結論に達しました。

落ち着いて、「言葉」を使って整理したことで、転職をしたい一番の理由に沿って企業を選び、幸いにも希望していた場所で働けるようになりました。

これからどうしていきたいか

職業としてはもちろんですが、自分の頭を整理するためにも、“言語化する”ことは継続していきたいと思っています。特に編集/ライター業は、意を決して飛び込んだ新しい世界なので、自分の振り返りも込め、編集者の日々を「週報」でnoteに綴るようにしています。

今の私を大きく動かしているのは、冒頭で述べたベルギーの女の子の言葉。彼女に出会えて、私はベルギーが大好きになったし、彼女も日本を好きになってくれて、お互いの国を大切に思うようになりました。

こんな風に一人でも多くの人が、 “大切な国”を増やすことができたら、優しい世界が広がるかもしれない。日本が好き、日本に来たいと思ってくれる人が増えるように、また海外の人と関わった日本人が、相手の国を好きになってもらえるように。

「言葉」を通して、少しでもお手伝いができれば良いなと、思っています。

「ミホと知り合って日本のことが好きになったし、 “日本は遠くて行けない”なんて言ったけど、会えない距離じゃないから。また会おうね」