「ストーリーテリング」はライターの新しい武器になるのか? 『PR Table』編集長と考える、ストーリーの伝え方

Kotaro Okada
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12 min readOct 13, 2016
『PR Table』編集長 菅原弘暁さん

2016年8月25日、Sansan株式会社のオフィスにてインクワイアが運営するライティングを学び合うコミュニティ sentence 主催の『sentence lab tokyo』を開催しました。

『sentence lab tokyo』では、毎回ゲストを呼んでトークイベントを行い、イベントに集まったライティングに関心がある人同士の交流を行っています。

第2回目のテーマは、『企業の魅力を伝えるストーリーテリングとライターの役割』。スピーカーには『PR Table』編集長の菅原弘暁さん、モリジュンヤが登壇、編集者・ライターの長谷川賢人さんがモデレーターを務めました。

「PR Table」が解決する課題とストーリーの力

まず、菅原さんから「PR Table」の取り組みについて紹介いただきました。

「PR Table」は、2015年10月にリリースされた企業・団体の想いを届けるストーリーテリングサービス。菅原弘暁さんは創業からサービスに携わり、編集長をつとめています。

同サービスでは、企業や団体が自社の取り組みをストーリーとして発信しています。自社でストーリーを作成できない場合は、PR Tableに所属している編集者とライターがストーリー作成を代行することもあります。

PR Tableがストーリーテリングに注目した理由を菅原さんは以下のように語ってくれました。

菅原:20年前は新聞やテレビといったマスメディアを通じてでしか、企業は情報を発信できませんでした。しかし今、オウンドメディアやソーシャルメディアなどが登場し、企業や団体がステークホルダーに伝える手段は多様化しています。ユーザや投資家、学生、求職者、果ては従業員の家族といった多くのステークホルダーに情報を届けられる時代に、伝えるべきコンテンツはプレスリリースではないはず。

「何を伝えればいいのか」を考えた時に、想いを言語化してストーリーに載せるべきだと考えました。ステークホルダーに対して、企業が大切にしている価値観をストーリーという形で伝えることで、共感を呼び、その企業のことを好きになってもらえるからです。

菅原氏は、PR Talbeにおけるストーリーとは「プレスリリースで発表するほどでもないけど、ちょっといい話」だと語ります。例えば、起業した際の苦労話や、社長を支えた№2の存在、オフィス移転の裏話、社内制度の導入背景などが挙げられます。

続いて、菅原さんは一般的なプレスリリースとストーリーの違いについて言及。前者はメディアに対して事実を速報で伝えることで、取り上げてもらう行為。後者は全ステークホルダーに対して事実の背景にどのような想いがあって、どう伝えるかを重視する行為です。

菅原:メディアには、企業が伝えたいことを代弁する”義務”はありません。なので「思っていた取り上げられ方と違う」といったことが起きても然るべしです。PR Tableでは企業の伝えたい想いを引き出し、ステークホルダーとの間で生じるコミュニケーションの不和を解決しようとしています。

注目を集めつつあるライティングにおける「ストーリーテリング」

続いて、長谷川賢人さんと、モリジュンヤを交えたトークセッションに。

ストーリーテリング自体はコミュニケーションの領域でよく語られていて、オバマ大統領のプレゼンで重視されていたり、スタンフォードで研究が行われたりと以前から存在するもの。

日本でも、オウンドメディアや採用ブランディングの盛り上がり、PR Tableの成長といった背景から、ライティングにおけるストーリーテリングへの注目が高まりつつあります。

「無機質な情報発信ではなく”物語”を伝えることが大切という話を聞くことが多くなってきた」と、モリは本イベントのテーマに「ストーリーテリング」を選んだ背景を解説しました。

トークセッションの最初のテーマとして挙がったのが、ストーリーを掘り下げるために求められるスキルについて。

長谷川:ストーリーを掘り下げていくために大切なことってなんでしょう?

菅原:相手の中には、必ず内に秘めた想いがあると思いながら話をきいてほしいと、ライターには伝えています。たとえ事実しか話さない人でも「それはなぜですか?」と4回きくと、ちょっとほっこりする話や共感できる話が出てくるんです。

長谷川:なるほど。モリさんが取材する時に、深い話やストーリーを引き出すためのコツってありますか?

inquire Inc CEO モリジュンヤ

モリ:僕は専門性のあるメディアで書いていたりするので、特定の人に、継続的に話を聞くことがあります。その際に「この人のストーリーは面白い」と感じるのは、関係性があってこそ。初対面の相手に対して深く話を聞くには、かなり高度なインタビュースキルが求められると感じています。

菅原:PR Tableも1回目は課題抽出や要件定義のためのコンサルティングで、2回目に取材を行います。コンサルティングは取材対象者ではなく会社の広報担当である場合も多いのですが、その社員取材対象者の社員の方をどう見せたいのかの目線合わせを行います。メディアの人に喋ることで間違ったことが伝わるのが怖い、と思っている企業の方もいるのですが、コンタクトを2回とることで僕たちのことを味方だと思って信頼してくれるようになります。

長谷川:先ほどモリさんから「継続的な関係性が面白いストーリーを引き出す」という話がありましたが、意識的に複数回会っている事例はありますか?

モリ:僕が運営に携わっている『soar』という媒体があります。社会的マイノリティがテーマで、長文インタビュー記事では、1記事15000字になることもあります。『soar』で取材したいと思った人にはまず一回会って、話を聞くようにしているんです。それで「やっぱりこの人に取材したい」と思ったら、改めて取材に行って、話を掘り下げていきます。

長谷川:一回の取材だけで記事をつくろうとすると、掘り下げが十分にできず、情報の質がコンパクトに収まってしまうケースもありますからね。

モリ:そうなんです。オランダの会員制メディア『コレスポンデント』が提唱している「スロージャーナリズム」という考え方があります。何回も取材を重ね、時間をかけてじっくり掘り下げて、できあがるのはひとつの記事でも良いといった思想です。ストーリーとして成立するような記事を書くための取材をしようと思うと、複数回取材することは必要になってくるんじゃないかと思っています。じっくり時間をかけてコンテンツを作ると、コンテンツの耐用年数も高くなっていくと。

長谷川:コンテンツの耐用年数って良い表現ですね。PR Tableは先ほど「ストーリーはアーカイブ型である」とおっしゃっていましたが、アーカイブ化するために気をつけていることはありますか?

菅原:変わらないもの伝えようと心がけています。どんなストーリーを作る時も、会社のビジョンやミッションに紐付いていないといけないと事前にお客さんやライターさんに伝えています。

社内と社外、それぞれのストーリーの伝え方

編集者・ライター 長谷川賢人さん

長谷川:複数回の取材で継続的な関係性を築くと、その会社に入社したり、専属ライターのような関係に発展することがありそうですよね。会社や団体の持つストーリーを伝えようと思った時に、その会社の中の視点から切り取るのか、それとも外の視点に立つかで、伝え方は大きく異なると思っています。

モリ:内部にいるからこそ伝えられる会社のストーリーはありますよね。

長谷川:まさしくその通りで、花王のものづくりについて綴った高井尚之さんの著書で『花王「百年・愚直」のものづくり』という本があります。著者はもともと出版社で働いていていましたが、後に花王と専属契約を結び、この本を書いたそうです。一回の取材では拾いきれない情報が詰まっていて、会社の中にいるからこそつくることができた本だと思います。

モリ:その事例は面白いですね。

長谷川:この本のように、ストーリーテリングが有効になればなるほど、会社の中に入って書くメリットがうまれるのかなと。一方で、会社の内部にいるからこそやりにくいこともありますよね。例えば、会社のことをきちんと伝えようと思って取材する際に、一緒に働いていて距離が近い人に答えづらい質問をしなければいけない場面もくる。

菅原:経営者の取材の場合は、担当した社員の方が経営者に嫌われてしまう可能性があるので難しいですよね。外部の人間なら嫌われても大丈夫なので(笑)、いつでも僕たちを呼んでくれと言っています。

長谷川:モリさんは取材を行う中で、「この会社に入りたい」と思ったことはありますか?

モリ:取材をしていると「良い会社だな」と思うことはありますが、自分がその会社に入ることは考えないですね。でも、1社専業のライターになるのは、魅力的な働き方だと思います。実際に取材がきっかけでその会社の方と仲良くなり、マーケティングや広報の部署に入社したという話を聞いたことがあります。内部で発信する立ち場になるならば、社内報の発行などのインナーコミュニケーションにおいてもストーリーは重要になりますよね。

長谷川:では、会社に外の視点から関わるメリットは何だと考えますか?

モリ:外部に向けて発信していくとなると、伝える内容や発信の仕方においては会社の外で働いている人のほうが視点の幅を持っています。企業自身による対外的な情報発信で「ブランドジャーナリズム」という考え方があるのですが、ここにも外部のライターや編集者が外部なりに価値を出しながら関われると良いなと。

ストーリーテリングに活きる、ライターのスキルセットとは?

長谷川:様々な企業への取材を通じて「視点の幅」を持っておくことは、企業の魅力をストーリーとして伝える際にも活きてきそうですよね。

菅原:PR Tableでは様々な業態や規模の会社にヒアリングや取材に行くのですが、会社は同じ過ちを繰り返しやすいと感じています。会社の成功/失敗例が取材を通じて自分の中にストックされていくと、自ずとパターンが見えてくるんです。その会社の現在の従業員数を聞くだけで「こういう問題が会社で起きていないですか?」と言えるんです。まるで、占い師みたいだと(笑)。

モリ:取材を通じて蓄積される企業のケーススタディだけではなく、様々なコミュニティに顔を出すことによるネットワークの構築もライターの価値だと感じています。世の中のトレンドを把握していると、取材相手のサービスやプロダクトに対して専門的な視点からアドバイスすることもできますよね。

また、ライターにとって一番価値になりやすいのは「言語化」の部分だと思っています。取材相手の話を聞いて、その想いを言語化したり気づかせてあげることは、ストーリーをより深く掘り下げたり、会社のビジョンやミッションを伝える際にも役立ちそうですね。

長谷川:「ケーススタディの蓄積」や「想いの言語化」は、ライターが持っているにも関わらずあまり意識していないスキルだと思います。ライターのスキルセットを可視化してストーリーテリングと結びつけることで、企業のより深い魅力を伝えることに活かせそうですね。

以上、sentence lab tokyo vol.2のレポートでした。

本イベントの書き起こし記事が全6回にわたってログミーで公開されています。ぜひこちらもチェックしてみてください。

次回イベントは11月1日に開催!「編集」の今を考えます

次回、「sentence lab tokyo vol.3」のテーマは『いま、僕たちが「編む」べきものーー変化する編集の対象、プロセス、そして担い手』。編集者、ジャーナリストの江口晋太朗さんをゲストにお招きして、11月1日に開催します。申し込みは以下のPeatixフォームよりお願いします。

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Kotaro Okada
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1994年東京生まれ。慶應義塾大学でデザイン思考/サービスデザインを専攻。大学卒業後、フリーランスの編集者チームinquire Inc.に所属。2018年8月より『WIRED』日本版Contributing Editor。関心は、文化、社会、経済、デザイン、都市、人新世など。