養蜂場にて(二コタン)

A Japanese translation by 眞鍋 恭子 of Giacomo Lee’s English story All Around the Apiary (Nikotan), which was written in response to the events of 3/11/11, and originally published in the Tokyo English language magazine Tsuki, issue 6 back in 2012 (free sample here).

Read more by Giacomo at Boing Boing, with a free chapter from his new novel set in Korea called Funereal, as accompanied by the VICE Japan documentary 韓国の偽葬式 (A Good Day to Die: Fake Funerals in South Korea).

養蜂場にて(二コタン)

一 匹のミツバチが、空に燃える太陽のように丸々とした、あるいはそこにそびえ立っているガスタンクのように丸々とした、そんな一匹のミツバチがブンブンと飛 び回っている。ガス会社のマスコットであるエモティコンは、ホンダ・ユウの養蜂場を笑顔で見下ろしている。ミツバチが急降下を始めると、速さのあまりに背 景に溶け込み色を失い、見えなくなった。ブーン、ズズズズ・・・

養 蜂場をホンダ・ユウは、ヨウコの手を取り合って歩いていた。養蜂場を横切って小屋を目指して。太陽から、そして地面の窪みや割れ目から彼女を守りながら。 この養蜂場に作られた彼らの作業小屋は、貨物パレットを地面に突き立てた、白木で作られた控えめな囲いの中にある。笑っているニコタン — 黄緑色の球形 をしたガスタンク — を囲っている、いかにもずっしりとした金属の壁と有刺鉄線とは対照的だ。

ユ ウは押し入った者によって倒された結果として残ったのであろうパレットの残骸を上から押さえる。その間にヨウコは小屋の囲いにある扉の鍵を開ける。小屋の 中には小さな電灯と床に広げられた二つの寝袋 — それらはオークで拵えられた小さな二つの椅子の横にある — 、それ以外には何もない。ユウは二つの椅子を外に 出し、作業小屋のドアの脇に置く。

二人は椅子に座ると互いに手を握り、彼らの養蜂場を見渡していた。そこには二人とあのガスタンクしかなかった。それが世界だった。ただ、そこにはミツバチである僕もいた。僕は全てを見ていた。ブーン、ズズズズ。僕の羽音が、この世界に響く。

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ウー、グルルルル。俺 は窓から頭を出して吠 える。ムカつくような臭いの空気を大きく吸い込む。間抜け野郎が俺を押さえているが、俺の毛が風に舞って奴の古くて黒いスーツに貼り付くのを本気で怒って やがる。俺の毛は白い。だがそれ以外は何もかもが、奴らのかけているサングラスのせいで、漆黒の闇にまぎれている — ブレイズと呼ばれている奴を除いて。奴 はこのライトバンを東京からとんでもないスピードで走らせて来た。俺はヤクザ野郎のパートナー、ハイヴ第6分隊の準構成員#7!やってやる!やってやる ぜ!

***

ブーン、ズズズズ。僕は椅子の足にとまる。壁にとまったハエのように息を殺す。

「それにしても、なぜミツバチを狙うんだろう?」ユウは訝しみ、私と私の仲間について話す。

「Money Money Honey Money…」ヨウコは言葉をそれ自身の調子に乗せて呟く。

「連中はヤクを扱ったり、銃を売ったりするものじゃないのか…?」

二人は何回めかのこの会話を続ける。

「お金がすべて」ヨウコがいつものように答える。

「それにミツバチは輸入の規制以来、倍の値段で取引されるのだから」僕は彼女に続けてつぶやく。だが、二人ともそんな事はとっくに知っている。

ヨ ウコはうなずき、微笑んだ。そして、同じように微笑んでいるユウの向こうに目を向けた。彼が微笑んでいるのは、彼女と同じものを見ているからに他ならな い:タツキ、草むらのあちこちに突き立てていた30もの貨物パレットの間を飛び回る8歳の男の子。ヤクザが押し入ってくるため、今でも何とか立っているパ レットは10個程だけだ。

「ああ、腕白なクマのプーさんだ」 その言葉が口から溢れ、ユウの目には涙が溢れていた

ヨウコも笑みを浮かべ、うなずく。

「あのヤクザの連中め。東京から来たのだろう…」 (タツキの命を奪った街だ。だが、二人はそれを言葉にする事はなかった、いつも。)
「まずは様子を見ましょう」 ヨウコは言う。
「ギャングたちだ、まったく…!」
彼らはブツブツと呟き、ヤクザへの警戒を続けた。

「今は寝るんじゃないよ」 ユウがやんわりとたしなめた。「それこそ彼らの思うツボだ」

二 人の計画は — それが計画と呼べるなら — 、分別に訴えることだった。しかし、エンジンのうなり声がはるかかなたから静寂を切り裂き、近づいてくるのを聞くた びに、今でも二人は小屋に逃げ込むのだった。僕は椅子の足に張り付いて見張る。この養蜂場を見守る、3人めの仲間だ — 誰にも知られてはいなくても。

***

俺 はライトバンから真っ先に飛び出した。すべてを見ていた誰あろう俺、犬の俺。ハイヴ分隊の連中は防護服を着た。着てしまえば、こいつらも俺と同じように全 身が真っ白だ。こいつらが警棒をぶら下げて、田舎道を苛つきながらもたついている間に、俺は走りだしていた。二コタンはいつもと同じ笑い顔で俺たちを見下 ろしていた。

俺を蜂蜜のところへ連れて行け!行くぞ!やってやる!

***

ブーン、ブブブブ。僕は小汚い間抜け犬が木々の間からやって来るのに気づいた。そいつの後ろからは白い服の男たちが歩きにくそうについてくる。僕の仲間たち。針を持つ軍隊を呼ばなければ。でも、僕はただのミツバチなんだ。誰が僕のいうことを聞いてくれる?

ヨウコとユウは椅子を離れ、小屋の中でドアの両側に座った。ユウは、外の様子を見るために、坊さんのような頭が乗った首を伸ばし、僕でも入れないような小さな鍵穴をのぞきこむ。

小汚い間抜けは、蜂蜜の匂いをかいで騒がしくなるが、ついてくる連中の足取りは、ゆっくり、落ち着いている。連中がやろうとしている騒ぎがどんな大騒ぎになるとも知らずに!(ユウとヨウコはまだ作業小屋の中にいて、ドアの向こうに隠れ、鍵穴を覗いていてくれますように… 僕はそう祈った。)

「おい、なんであんな所に椅子があるんだ?」 白ずくめの連中の中で一番でかい奴が聞く。

奴らはパレットの方に行き、僕がいる方を眺める。僕の針が準備に入る…

「ドアが開いてるじゃないか…」ほかのクズ野郎が気づく。

奴らをかき回してやるために、僕は犬を刺してやることもできる。できるけど…

「シー…」白ずくめの男たちの中から二人、小屋に向かってゆっくりと進む。デブとノッポだ。どうしたらいいんだろう。犬は吠え立てるが、そいつはあっさりと手袋をはめた手で口をふさがれた。ユウとヨウコはどうするだろう?

「誰かいるのか?」 デブが大声で言う。

奴らは僕のいる椅子 — 僕の基地 — を、通り過ぎて…

その時、ユウはドアを押し開けた。彼だけが外から見えるように。年老いた彼は膝と片手をドアにあてたまま。

「あんたがた、私の蜂の巣は放っておいてくれないか」 彼は言った。「ここはしがない個人農場なんだ…一人きりでやっている…」

「お前の蜂の巣だと? ここはお前の養蜂場なのか?」 ノッポが尋ねた。

ユウはうなずく。

「警察を呼んだのか?」 デブはそう訊くと、質素な小屋の中を他の角度からももっとよく見ようと頭を突き出してきた。

「ああ、だが今日じゃない。私は人と人としての話がしたいだけなんだよ…」

そ の時、僕が止まっていた椅子の足が、この世の終わりかと思えるくらいに揺れ始めた。僕はとっさに飛び立った。そして見えたのは… あの古い二コタンでさえ揺れているのを、大きく揺れているのを見た。ギャング達は倒けつ転びつ、犬は走り、共に小屋を目指した。落ちてくる物を避けようと しても、それらは積み重なっていく。大地のすさまじい力によって。

「ホ ンダさん!奥さん!」 僕はブンブンと叫んだ。「誰か二人を助けて!」僕は誰にかはわからないが助けを求めた。揺れは一向に収まっていない。僕はぐらぐら揺れるパレットにとまっ た。そこまで飛んでくると、僕のミツバチ兄弟が下の方で悲鳴をあげているのが聞こえた。養蜂場全体で。彼らは逃げ場を求めていたが、まだただの一つのハイ ヴも地面に叩きつけられたりしてはいない。ギャングたちも、危険にさらされているわけでもないのに叫んでいる。僕が見ていると、揺れが一旦収まると、まず デブの方のヤクザが立ち上がった。

「何てこった…」 デブは呟いた。「助けてくれ!」彼は叫んだ。

馬鹿な犬はといえば、吠えるばかりで何をするというわけでもなく、蝶を楽しそうに追いかける。6人の男はネット付きのマスクを脱ぎ捨て、瓦礫になってしまった作業小屋の中からホンダ夫妻を見つけ出そうとする。僕はブンブンと飛び回り、はっぱをかける。

「そうだ!彼を引きずりだして!彼女はそっちだ、腕が見えるよ!」僕は言った。

二人が、それぞれに3人がかりでやっとの事で引きずり出されるのを僕は見た。男たちは老夫婦を地面に座らせ、埃を払い、骨折や怪我がないかを確かめる。

「大丈夫。もう大丈夫だから」ヨウコが大きな声をあげる。隣でユウがひっきりなしに咳をする。

「本当に大丈夫か?」 デブが聞く。

「あ あ、ありがとう」 ユウが答えた。大丈夫かと聞きながら、ヨウコの頭を肩に引き寄せると、ヨウコは それにうなずいた。白ずくめのの連中は、今は自分たちの埃を払っている。おのおのが不安げにあたりを見渡している。地球には、次には何が起ころうとしてい るのだろうと途方に暮れている。犬はようやく吠えるのをやめ、僕に悪意に満ちた目を向けてきた。僕もすかさずやり返す。お前がどうこうできることなんか何 も無いだろう?

「家まで送ってやろうか?」 ノッポの白いのが訊く。

「ああ。まだ残っていればだがね」 ユウ・ホンダが肩をすくめる。

「養蜂場については途中で考えましょう」 ヨウコがささやく。

「道路はあまり勧められられないな。余震があるかも知れない…」 デブが言う。

6人の強盗たちは老夫婦をエスコートした、そしてバカも後に続いた。僕はその上を飛び回った。もちろんいつでも奴らを攻撃できるように。

「私たちのくまのプーさんはもう会えないんだろうね」 ユウが微笑む。

「す ぐに会えるわ。今日ではないけれど。ね」 ヨウコは、ユウの手をとって答え、笑みを浮かべる。ギャングたちは混乱しているようだ。そして、二コタンはやはり笑みを浮かべている。やはり大きく、やは り丸く、やはり力強く。そんなふうに彼の王座でどっしりと。太陽のようにたくましく。

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By Giacomo Lee & 眞鍋 恭子(Manabe Kyoko), March 2015. Read more at http://giacomolee.net/

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Giacomo is a writer for VICE, Creative Boom, Little White Lies, Long Live Vinyl and more. Check out his Seoul cyberpunk novel Funereal