31年め


ある放送にて。司会の女性が質問をする。

「この知性化テストで高知性の人を選別し、優遇するという方針のようですが、先生はどうお考えですか?」

先生と呼ばれた男性が答える。

「どうと言うと?」

「つまり、差別につながることが懸念されると思うのですが」

先生がもう一度質問する。

「どういう事を差別と呼んでいらっしゃるのでしょうか?」

「噂では、小学校、中学校、高校、大学の入学試験、そして就職において優遇するように話が進んでいると聞いています。それは、たとえば努力を無視するようなことになるのでは?」

「そこは関係ない話でしょう。おそらく優遇などしなくても大学などに普通に合格するでしょう。だが、あなたの懸念は別のところにあるように思えますが」

先生が司会の女性の目を見る。

「私たち人類は、差別をなくそうと歴史を重ねてきました。もちろん、必ずしも素晴らしい歴史ではなかったとは思います。ですが、これはそれを覆すやり方ではないでしょうか?」

先生が顎に手を当て、少しばかり考える。

「あなたは、どちらの立場に立って、『それを覆す』とおっしゃっているのかな?」

「どちらの立場ということはありません。言うなら、人類という立場に立ってです」

「人類というと?」

司会は少しいらついたように答える。

「現生人類全員です。ホモ・サピエンスと呼べば満足ですか?」

先生が微笑む。

「問題はそこだ。現生人類をホモ・サピエンスと言った人たちはどういう人たちだろう?」

「それは、研究者たちが…」

司会は言葉に詰まった。

「そう。彼らは当然、彼らを基準に考える。我々も彼らと同じだろうとね。つまり、ホモ・サピエンスとは彼らのことだ。彼らと交配可能ではあるが、我々は種として名前もなければ、分類もされていない。単に彼らが我々を排除しなかったにすぎない」

「ですが、私たちの歴史は私たちがつくって」

先生が遮る。

「我々と彼らの歴史だ。どちらかのではありません。だが、おそらくこの数千年―いや、もっと最近かもしれないが―の間に、何かが起きているのでしょう」

「何かというと?」

「彼らと我々の間での交配が困難になってきていると聞いています。我々が変わってきているのか、彼らが変わってきているのか。おそらく両方だと思いますが」

「変ってきているというと?」

先生が資料を後ろのディスプレイに映し出す。

「これは5万年から3万年前のホモ・サピエンスから現在の我々の頭蓋内の容積を示したものです。もちろん、昔のものは彼らなのか我々なのかは分かりません」

そのグラフは、1万年前から数千年まえにピークを迎え、現在は下降傾向にあるように見える。

「これに、今の彼らの頭蓋内の容積を重ねてみましょう」

右端に、曲線から上に外れ、ピークの時よりも上に短い棒が現れる。

「さらに、我々の脳の構造、シナプスやスパインの数、脳の活動状態から求めた、いわば脳の活性化の程度を重ねましょう」

曲線から下に外れた短い棒が現れる。グラフの右に、容積とは異なる単位が表示される。

「彼らのものを重ねるとこうなります」

曲線の上にある短い棒のさらに上に、もう一つ短い棒が現れる。

先生が続けた。

「おそらく、我々は機会を逃したのですよ。いつか、どこかで変異体が現れた。しかしその変異は充分に行き渡らなかった。我々がその変異を拒絶する傾向にあったのか、彼らが我々を拒絶する傾向にあったのかは分かりませんが。だが、まぁ、悲観する必要もない。我々だって必要以上に知性化しているのですから」

「それでも彼らの方が優れているということですか?」

「いや、優劣というよりも、ただ違うというだけでしょう。彼らは、既に動物のその先に行ってしまっているのです。例えば、彼らにも友人はいます。ですが、体を友人と思っているのではなく、その人の背景や知性を友人と思っている。彼らの友人がコンピュータにアップロードされたとしましょう。彼らはおそらく同じく友人だと思うでしょう。ですが、我々はそう思うことは可能でしょうか?」

司会者が答える。

「アップロードされた時点で同一性の保持が問題になるのでは?」

「どうやって同一性を確認するのですか? 『私は以前と変わらない私だ』と言い続けるプログラムなど簡単に作れるでしょう」

「しかし、それは本質的にモノマネをしているだけではないのですか?」

「本質? 本質とはなんでしょうか? そこの捉え方が彼らと我々との、はっきりした違いでしょう。この例はチューリング・テストと似ているかもしれません。条件としてはもっと厳しいでしょうが、結論は同じです。区別できないのであれば、それは区別できないのです」

しばらくの沈黙の後に先生が話し始める。

「誰かが言っていました。火を手に入れた時から、カウントダウンは始まっていると。我々はそれを理解するのに必要な知性を手に入れられなかった。彼らはとっくに手に入れていたのに。彼らは、遠くない未来に、資源を掘り尽くした地球から出て行くでしょう」

司会が、低い声で尋ねる。

「資源の話は聞いたことがあります。ですが、その時には私たちも…」

「もう彼らの足を引っ張るのはやめましょう」

司会者が再び低い声で尋ねる。

「では、仮に彼らが立ち去った後、私たちはどうなるのでしょうか?」

「彼らが居ようと居まいと、資源そのものの確保が単純にコストだけを考えても難しくなりますから。我々は、まぁ悪くても古代ローマくらいの水準に戻る程度ですよ。その後は…」

「その後は?」

先生は答えなかった。