新規事業やスタートアップで優れたプロダクトを作るときに使える Y Combinator などの考え方

Taka Umada
Startup on Rails (仮)
26 min readJun 4, 2015

(2015 年 6 月 3 日に行った慶応大学での講義の原稿です。2016 年版はこちら

今回の講義ではスタートアップに関する Y Combinator での考え方、特にプロダクトの作る上での考え方を中心にお伝えします。

Y Combinator というのは、US でもっとも成功しているスタートアップのアクセラレーター、日本語で言えば養成所となるでしょうか。4,000 を超える応募の中から選ばれた約 100 のスタートアップは Y Combinator に三ヶ月間参加し、その期間中に一気にビジネスを加速(アクセラレート)することができます。実際に Dropbox や Airbnb といった、皆さんの知るサービスを提供しているスタートアップや、その他様々な分野の時価総額 10 億ドルを超えるスタートアップを Y Combinator はこれまで続々と輩出してきました。

Paul Graham (Photo by Dave Thomas: https://www.flickr.com/photos/pragdave/173643703)

Y Combinator を始めた人は Paul Graham という人です。彼は 90 年代に自分で Viaweb というスタートアップを始めて、その会社を Yahoo! に売却しました (開発言語は Common Lisp でした)。そしてそのお金を元手に 2005 年に大学生相手にはじめたのが Y Combinator です。

Y Cominator は今まで 800 社を超えるスタートアップを育成してきており、スタートアップ育成に関する知見をとても多く貯めてきています。おそらく Y Combinator が「スタートアップを成功させるためのもっとも正確な理論」を現時点では持っているのではないかと個人的には思っています。今日はその Y Combinator で教えられていることを中心にお話しできればと思います。

スタートアップは急成長を目的とする

その Y Combinator の創始者である Paul Graham がスタートアップを定義すると、こうなります。

「スタートアップは急成長を目的とした組織である」

キーワードは急成長という言葉です。スタートアップは短期間で急成長をします。急成長という言葉は以降何度も出てくるので覚えておいてください。

またここで気をつけて欲しいのは、すべての起業がスタートアップであるとは限らない、ということです。むしろ国内外ほとんどの起業はスモールビジネスという形での起業です。スタートアップという形態をとって起業するのはほとんど例外的だといっても良いほどでしょう。皆さん起業に興味があるかもしれませんが、皆さんの起業の形がスタートアップという形態をとるべきか、というのはよく考えるべきだと思います。今日はそういう意味で、起業の中では特殊な形態を持つ、スタートアップという形での起業に関してお話しします。そういう特殊ケースであると思ってください。

一方で、もし大企業の新規事業も急成長を目的として設立されたのであれば、スタートアップ的である、と言えるのではないかと思います。もし皆さんが大企業の新規事業に興味があるのであれば、スタートアップという言葉をそうした新規事業のことだと思いながら読んでください。

スタートアップのアイデアは狂っているからこそ急成長できる

スタートアップは短期間での急成長を狙います。そんなことが本当にできるのか、と言えば、例外的に可能です。実際に Google や Facebook といったスタートアップはわずか数年でほとんどの企業の時価総額を上回り、今や時価総額にして数十兆円の企業となっています。

そうしたスタートアップはどのようなアイデアから始まるのでしょうか。成功するスタートアップのアイデアに共通している点は、「悪いように見えて実は良いアイデア」、言い換えれば狂ったアイデアからスタートしている、というところです。Peter Thiel 的に言えば「ほとんど誰もがあなたに同意しないような、重要な真実」から始まる、といえるかもしれません。

たとえば Google は Yahoo! などがポータルサイトの滞在時間をいかに長くするか、というビジネスをしている時代に出てきた、13 番目の検索エンジンです。Facebook は MySpace が全盛の時代に 10 番目に出てきた SNS で、しかもお金を持っていない大学生向けの SNS でした。今でこそ世界的な企業となったスタートアップは、ビジネスになりそうにもないと思われていたところから出てきた、まさに狂っているアイデアでした。

スタートアップのアイデアは狂っていなければなりません。なぜ狂っていなければいけないのかといえば、簡単に言えば、良いように見えるアイデアは多くの合理的な大企業がその資源を持って事業を立ち上げているはずだからです。あるいは少し成長の兆しが見えれば攻め込んでくるからです。スタートアップには資源がありません。だから大企業がしないような、非合理的なビジネスをしなければ勝ち目がありません。

スタートアップは一見非合理に見える行動に見えることをしつつ、でも顧客が実際に求めていたものを提供することによってビジネスを急速に立ち上げます。あるいはマーケットの歪みを見つけてそこを突く必要があります。そして大企業が参入する前に急成長してビジネスを成立させるために、成長のための資金を VC などから調達する、ということをしています。

皆さんがスタートアップを始める時には、たとえば Airbnb のような、従来の社会的規範に反するような狂っている課題を見つけるか、SCHAFT のように技術的に狂っているレベルの解決策を見つけるかをせざるをえません。いずれにせよ急成長するにはそうした狂ったアイデアが必要になります。

スタートアップは不確実性が高いビジネス

一見狂っているようなアイデアのため、そこには当然ながらマーケットがあるかどうかわかりません。本当に顧客がいるのか、ビジネスになるのか、まったく前例がないか、あるいはビジネスにならないと思われている領域の話になってしまうので、スタートアップはその構造上非常に不確実性の高いビジネスにならざるをえません。実際、VC の支援を受けたスタートアップですら 75% が失敗する、という調査があるぐらいです。VC という投資の専門家ですら予測を外す不確実性の高いビジネス、それがスタートアップです。

ただ、その不確実性があるからこそ大きなビジネスにもなりえる、ということです。不確実で誰も踏み込んだことの領域だからこそ、市場のデータもなければ、似たようなプロダクトを見たことがない。顧客が誰かも分からなければ、顧客が大勢いるのかそれとも少人数だけなのかもわからない。でもその不確実性があるからこそ、合理的に考えて大企業は参入することができず、スタートアップが大きく成長する余地があるということです。

たとえば Uber が生まれる前にライドシェアリングのマーケットはほとんどゼロでしたが、Uber 以降は数億ドルのマーケットになっています。そして今やサンフランシスコ市内では、Uber の市内の売り上げがタクシー全体の市内の売り上げ超えるほどになっています。Google が生まれる前に、誰も検索エンジンがビジネスになるとは思っていませんでした。最初はどれもありえないと言われていたようなビジネスだったのです。

多くのスタートアップや投資家はここで間違います。スタートアップはすでにある大きなマーケットではなく、今は小さいけれど将来大きくなるマーケットを狙うべきです。

そしてそのマーケットがどこにあるかは不確実なので、自分の狂ったアイデアが正しいと信じるしかありません。スタートアップにビジョンやミッションが必要と言われるのは、その狂ったアイデアを何度他人から否定されても、それを自分で信じきれるかどうかにかかっているからかもしれません。

とはいえ、そうした不確実性の元でビジネスを行うからこそ急激に成長できる可能性がある。スタートアップとは、構造的にそうしたリスクを持つ起業の形態です。

急成長するための間違った方法

ではスタートアップが急成長するためにはどうすればいいのでしょうか。急成長するためには何よりユーザーを迅速に獲得しなければなりません。

ユーザー獲得を大企業での考え方で行おうとすると、プロダクトを作った後に様々なマーケティング活動をする、ということが思い浮かぶのではないかと思います。たとえば世間から注目されるような PR 活動をしたり、クリエイティブな広告を出したり、口コミ効果を狙ったキャンペーンを行ったり、あるいは営業を雇ったり、と様々なやり方や最新の手法が思い浮かぶのではないでしょうか。

しかしスタートアップは不確実性の高い条件下でビジネスを行います。なので、たとえばどのチャネルで広告を打てばユーザーに届くのか分かっていません。PR を打ったところで注目してくれるのはほとんどいませんし、営業を雇ったところでどこに営業に行けばいいのかも分かりません。そもそも信用のないスタートアップに門戸を開く顧客自体、ごく少数です。

それにそもそも PR はユーザー獲得に不向き、と言われています。実際、Batch というスタートアップが TechCrunch という IT 系の最大手メディアに取り上げられたときのユーザー登録数はたったの 63 でした。また広告に至っては費用がかかります。たとえば仮に 1 万人に広告でリーチできたとして、実際にお金を払ってくれるユーザーはどの程度でしょうか。ちなみに Evernote というよくできたプロダクトですら、お金を払ってくれるユーザーは利用しているユーザー全体の 5% 程度と言われています。1 万人にリーチできたとして、実際に使ってくれるユーザーになる人がそのうちの 1% の 100 人、さらにそのうち 5% がお金を払ってくれるとすると 5 人です。5 人の売り上げで広告費が賄えれば良いですが、なかなかそういうビジネスは難しいのではないかと思います。またお金がかからないように見える口コミマーケティングも、残念ながら多くの企業が失敗しています。そもそも口コミ自体、感情的なコンテンツでの口コミが起こりやすく、なかなか一般的なビジネスで活用するのは難しいのが実情です。

このようにスタートアップが急成長する上で、大企業の考え方をそのまま適用しようとすると無理が生じます。実際、Stanford University の調査によれば、スタートアップの 74% が premature scaling、つまり成熟する前にスケールをしようとして、資金が尽きて失敗します。具体的には広告費に使ったり、人件費が高騰しすぎて資金が尽きることが多いそうです。

急成長するための二つの条件

改めて急成長するための条件を考えてみましょう。そもそも急成長するためには、多くの人がそのプロダクトやサービスを欲しがり、欲しい人すべてにそれを届けることができる、という二つの条件を満たす必要になります。

A. 多くの人が欲しがる
B. 欲しい人すべてに届ける

たとえば理容室のようなサービスは多くの人が欲しがるので A の条件は満たせますが、欲しい人すべてに届けることはできず、B の条件を満たせません。レストランも多くの建築業も同様です。これらはスモールビジネスとしては成り立つかもしれませんが、急成長するスタートアップという形での起業を狙うのは難しいビジネス領域であると言えます。(もちろん技術的なブレイクスルーが起きればその限りではありません)

スタートアップの多くがソフトウェア関連のビジネスである理由は、条件 B を満たしやすい、という点にあります。ソフトウェアは条件 B の「欲しい人すべてに届ける」、つまりスケールするという点に非常に長けています。コピーが簡単ですし、サービスとしてネット経由で多くの人たちに届けることができます。モバイルにはマーケットプレイスまであって、一気に世界の人々にプロダクトを届けることができます。もちろん受託ソフトウェア開発などはその限りではありませんが、ソフトウェアビジネスの起業はスケールしやすい、というメリットがあります。

しかしソフトウェアビジネスでも A の「多くの人が欲しがる」ものが作れるかどうかは未だ問題として残ります。特にあなたのアイデアが狂っていれば狂っているほど、本当に多くの人がそのアイデアやビジネスを欲しているのかは分かりません。では、どうすれば多くの人が欲しがるものを作れるのでしょうか。

Talk to Users (顧客と話す)

その答えは「顧客と話す」ことです。当然といえば当然ですが、方法はこれしかありません。顧客と話しながら、自分たちのプロダクトが本当に欲されているものかどうかを調べていくしかないのです。市場や競合のデータもないスタートアップにとっては顧客の反応が羅針盤であり、それ以外に参考にできるものはありません。実際、Y Combinator では、初期のスタートアップに対して「コードを書く」か「顧客と話す」こと以外はするな、ときつく言っているぐらいです。

そして顧客と話すことは大企業にはなかなかできない、スタートアップにとって大きなメリットです。顧客と直接関わることによって、顧客のことを誰よりもよく知ることができます。そして顧客に秀逸なサービスを直接提供し、顧客をプロダクトや会社のファンにすることさえできます。

ただし気をつけていただきたいのは、スタートアップは狂っているアイデアだからこそ、顧客自身もそのニーズについて気づいていない可能性が高い、ということです。顧客が気づいているニーズであれば、すでに誰かがやっているでしょう。だから顧客と話す、というのは顧客の言うことを聞く、ということではありません。顧客と話しながら、顧客がまだ気づいていない、けれどとても逼迫したニーズを見つけてください。そしてそれは顧客と直接関わることでしかほとんど見つけられません。言葉でいうのは簡単ですが、それはとても難しいことです。でも難しいことだからこそ、まだ誰もやっておらず、急成長できる可能性があります。

一方で顧客に聞くなんていうことをやっていたら、少数の人しか欲しがらないんじゃないか、つまり “多数の” 人が欲しがるかどうか分からないじゃないか、と思われるかもしれません。

Many Likes < Fewer Loves: 多数が少しだけ欲しがるプロダクトよりも、少数が愛するプロダクトを

もちろんその可能性はあります。それは否定できません。プロダクトによっては、初期のユーザーはとても好きになってくれたのに、それが多数のユーザーには広がらなかった、という例が多数あります。たとえばキャズムなどの用語でその状態について知っている人もいるかと思います。

ただ経験的に、多くの人がほどほど好きなプロダクトよりも、少数の人が大好きになるプロダクトのほうが、後々スケールすることが分かっています。逆にスケールすることだけを狙って、多数の人がほどほどに好きなプロダクトを作って成功する例はあまり見かけません。

たとえば「ペットオーナーの SNS」のようなものは、一見問題のなさそうなアイデアです。数百万人の人がペットを持っていて、ペットに対して強い思い入れがあり、様々な費用をかけています。そのうち 2, 3% の人が使えばビジネスとしてもペイするように思えます。そしてたぶんペットオーナーに聞いても「いいんじゃない」とか「欲しい」とかいう答えが返ってきます。でも実際にサービスをリリースしても、誰も使ってくれません。実際これまで多くのペットオーナーの SNS は試みられて失敗してきました。それはなぜかというと、切実にそれが欲しいと思われていないからです。今すぐ欲しいというユーザーがいないからです。

一方で Facebook は最初、Harvard University の学生だけが使える SNS でした。当時は Wall も Like もなく、大学の履修コースの一覧が分かる機能があったりする、本当に大学生向けのサービスでした。大学生が Facebook を自分のホームページにしたがるような、そんなサービスを作ってました。それが徐々に複数の大学に広がり、世界中に広がっていきましたが、それでも最初は大学生の心をつかむことに腐心していたのです。

だからたとえば、ユーザーの 40% が「このプロダクトがなくなったら非常に残念に思う」というような回答を返すぐらい、それぐらい初期ユーザーの心をつかんでください。初期のユーザーの継続率が、業界標準に比べて異常になるぐらい顧客に好かれてください。ユーザーがプロダクトのことを大好きになって、何もせずともユーザーがすすんで自らプロダクトのエバンジェリストとなってプロダクトを広めてくれるぐらい、それぐらいユーザーに好かれるプロダクトを作ってください。それがスケールするための第一歩です。そのためには初期の ROI などは度外視すべきです。

優れたプロダクトを作るために、スケールしないことをしよう (Do Things That Don’t Scale)

スケールするためには、ユーザーが大好きになってくれるプロダクトを作ることが必要で、そのためには顧客の声を聞くことが必要だ、ということを話してきました。つまりスケールするためには、逆説的ですが、Do Things That Don’t Scale (スケールしないことをする) ということが重要と言えます。

実際に多くのスタートアップがスケールしないことをしていました。

たとえば Pintrest です。彼らが最初にやった活動は、デザイン系のコミュニティイベントに顔を出して、そのコミュニティの人達一人一人に自分たちの作ったプロダクトを紹介して回りました。また Apple Store で展示されている Mac のホームページを Pinterest のトップページにして、Apple Store に来た人たに「なんだこれ?」と思わせていたそうです。

また Airbnb は、当初なかなか宿泊客が現れず困っていました。そこで Web サイトに上がっている写真が悪いのではないかという指摘を Paul Graham から受け取ったそうです。当時は NY がビジネスの中心だったので、彼らは CA から NY に飛んで、部屋の貸主に対して「プロのカメラマンがあなたの部屋の写真を無償で撮りなおします」と言って回ったそうです。実際にはプロのカメラマンなんて雇う余裕なんてもちろんなく、実際にカメラを持って現れたのは Airbnb の創業者たちでした。そうして部屋を一軒一軒回って、創業者たち自身が写真を撮りなおしていきました。すると驚くほど予約客が増えたそうです。

Wufoo は手書きの手紙をユーザーに出して、ユーザーへ感謝の気持ちを伝えてユーザーを喜ばせ、ファンを作っていました。これは大企業には決してできないことです。

今をときめく多くのスタートアップが、最初期はスケールしないことをしていました。そうして一人目のユーザーを獲得し、ユーザーに対して徹底的とも言えるほどの優良なサービスを提供して、プロダクトのファンになっていってもらったのです。Paul Graham も「初期のユーザーを満足させることに注力していたスタートアップが行き詰ってしまったケースは見たことがない」と言っています。

なので皆さんがスタートアップを始めるときも、急成長を目指すスタートアップだからこそ最初はスケールしないことにフォーカスする、ユーザーと直接関ながらプロダクトを作る、ということが重要なのではないかと思います。

Lean Startup

ここまで「誰かが欲しがるプロダクトを作る」ことにフォーカスして話してきました。なぜならスタートアップの最も大きいリスクが「そのアイデアやサービスを、本当に人が欲しがるのかどうか」という点だからです。それを「スケールしないことをする」ことによって解決していくことを話してきました。しかしそれだけではビジネスとしては成り立ちません。たとえば収益構造やチャネル、競合優位性といったビジネスモデル全体もまたスタートアップは不確実で、無償では使ってくれてもお金を払ってくれなければビジネスとして維持は不可能です。

だからスタートアップはビジネスモデル全体の検証ができるまで試行錯誤を繰り返す必要があります。皆さんが最初にプランするであろうビジネスモデルはほとんど間違いです。むしろ間違いがなければ十分なリスクを取っているとは言えないでしょう。だからビジネスモデルのリスクの高いところから徐々に検証を行っていき、不確実性を減らしていくのがスタートアップの初期の仕事だと言えます。

そうした考え方をある程度体系化したのが Lean Startup という方法論です。Lean Startup では仮説を作り、顧客や市場に対して検証を繰り返しながら、学びを得ていくサイクルを何度も無駄なく繰り返していきます。顧客の学びを得ていくために Minimum Viable Product、実用最小限のプロダクトを作り、顧客と一緒にプロダクトを開発していくのが Lean Startup です。それでも最初に検証が必要なのは、顧客が課題を持っているかどうかであり、そして皆さんがその課題に対して優れたプロダクトという形でソリューションを作れるかどうかです。

Pivot

ときには繰り返しの中で、もしかしたらプロダクト自体をピボット、つまり軸足をそのままにプロダクトや戦略を変えざるを得ない状況が発生するかもしれません。これを Lean Startup ではピボットと呼びます。

たとえば Burbn というスタートアップは位置情報のチェックインサービスを作りました。けれどあまり爆発的にヒットはしませんでした。ただ顧客の行動データを見てみると、写真共有機能がよく使われていたので、その情報をもとに改めて顧客の欲しいものを考えた末に、写真のおしゃれなフィルタ機能をつけて写真共有アプリとして再リリースされたのが今の Instagram です。

あるいは MBA の皆さんならよくご存知の Honda (B) というケースを使えば、よりこの概念がわかりやすいかもしれません。1960 年代におけるホンダのアメリカ戦略の転換も大きなピボットの一つと言えるのではないかと思います。ホンダは当初アメリカ参入を果たす上で大型バイクを売ることにチャレンジしていましたが、しかしアメリカでのバイクの利用の形態が日本のそれとは大きく異なっており、予想以上にうまくいきませんでした。そこでどうしようか悩んでいたところ、社員が気晴らしのために 50cc のスーパーカブを使って LA 周遊にでかけたことをきっかけにその小型バイクが顧客から注目され、大型バイクの販売から小型バイクの販売へ切り替えてアメリカ参入が成功しました。Honda (B) ではその時の判断の内情が非常に場当たり的であったこと、そして顧客の反応を見て戦略を転換したことが川島喜八郎のインタビューを通して語られています。

顧客の声を聞きながら顧客に学び、徐々にビジネスを修正していくことがスタートアップには求められます。そのためには、ここでも顧客と直接関わること、つまりスケールしないことをする必要があります。

Product/Market Fit

そしてビジネスモデル全体がある程度検証できて、不確実性がある程度減った段階のことを Product/Market Fit と呼びます。もしくは、良いマーケットにおいて、プロダクトがそのマーケットの要望に応えらえるようになった段階のことを Product/Market Fit と呼んでいます。この段階に至れば、あとは資金を投入することで一気に成長を加速させることができる、というタイミングです。ここまでくればスタートアップの目的である急成長、つまりスケールが見えてきます。

では Product/Market Fit とは具体的には何でしょうか。具体的には、プロダクトの継続率が業界の標準以上になり、ある程度大勢の人が欲しがることもわかって、その顧客へリーチする効果的なチャネルが 1, 2 個見つかり、そして CAC (Customer Acquisiotn Cost) が LTV (Life TIme Value) より著しく低くなったときが Product/Market Fit の前兆と言われています。

Product/Market Fit の状態が続いている限り、たとえば有効なチャネルに対して資金を投下すれば、そのチャネルが有効な期間は事業がスケールします。営業などを雇って攻めるのも良いでしょう。またプロダクトの足りなかった機能を一気に追加して、すでにある大企業の事業を食ってかかるタイミングとも言えるかもしれません。とにかくまずはこの Product/Market Fit にたどり着くことがスタートアップにとっては重要なマイルストーンです。そしてそのためにはスケールしないことをしなければ、少数でも良いので顧客が愛してくれるプロダクトを作らなければなりません。

ただし Product/Market Fit は明確に達成したかどうかはわかりませんし、一度達成したからといってそれで安泰というわけではないことを覚えておいてください。たとえば事業拡大を行うために顧客セグメントを少し変えるだけでも、Product/Market Fit の状態ではなくなってしまうこともあり得ます。顧客の動向に注意を払いながら、自分たちは Product/Market Fit の状態を維持できているのかを常に問いかけるべきです。

成長率を指針にしながら、スケールしないことを続ける

スケールしないことを続けることが重要ですが、スケールしないことばかりを続けて結果的に成長しないのであれば、それはスタートアップの「急成長する」という目的を達成できません。だから、スケールしないことをするのと並行して、成長も追いかけなければなりません。

Y Combinator では期間中の週次の成長率を 7% と定めて追跡することを勧めています。たとえばユーザーが毎週 7% で増えていれば、一年で約 30 倍になります。その成長率が達成できなければ何かが間違っているということです。Product/Market Fit を失ってきている兆候かもしれません。もちろんいろいろな言い訳はできるでしょう。「プロダクトのリリースが遅れた」「今は成長率にフォーカスしていない」などなど。しかしスタートアップにはそれが命取りになります。スタートアップは急成長を目的とする組織です。それができないのはすべて言い訳になります。

もし成長率を達成できなかった理由がわからなければ、スケールしないことをしてください。特にサービスから離れてしまった人や、最近ユーザーになった人など、境界に位置する人たちの話がとても参考になるはずです。

顧客と話すためにスケールしないことを極力続けること

まとめます。スタートアップは狂ったアイデアで不確実性の高い市場に挑み、短期間で急成長を遂げる特殊な起業の形です。不確実性が高い中で唯一の羅針盤は顧客の反応であり、スケールを目指すためには、顧客に愛されるプロダクトを作る必要があり、そのために顧客と直接関わるようなスケールしないことをすることが重要だと言えます。

言ってしまえば、プロトタイプを作るのも、プロダクトを早くローンチするのも、プロダクトを売るのも、プロダクトをサポートするのも、すべては顧客の声を聞くための活動の一環です。そして顧客と話して顧客から学ぶための活動です。なぜなら本当の学びは顧客からしか得られないからです。

もちろん顧客の言うことがすべて正しいわけではありません。ただその言外の意味を読み取り、顧客自身が気づいていないニーズに気づいたり、顧客のことをよく知るためには顧客と直接関わる、つまりスケールしないことをすることが最適な方法であると思います。

スタートアップがうまくいくような方法を探す、つまりゲームの攻略法を探そうとしても無駄だと言えます。皆さんがスタートアップとして踏み出そうとする領域は前人未踏の地であり、良い前例などがほとんど存在しない領域だからです。ただ逆を言えば、どうすれば顧客に貢献できるか、ただ本当に顧客のことを考えて、未だ満たされていない顧客のニーズを見つけて、それに対する解決策を提供できれば大きく成功できる、という領域でもあります。

Paul Graham がよく言うように、スタートアップは反直観的です。もし皆さんが急成長するようなスタートアップを作りたいのなら、スタートアップのことを知る必要はまったくありません。皆さんがまず知るべきなのは、顧客のことです。それ以外は一切必要ありません。実際に Mark Zuckerberg は Facebook を始める前にスタートアップのことを一切知らなかったはずです。知っていたらフロリダに会社を立てるという愚かなことはしなかったでしょう。

顧客のことを知るためにはスケールしないことをすることが重要です。つまりスケールするスタートアップを始めるためにはスケールしないことをすることをお勧めします。顧客と話して、顧客から愛されるプロダクトを作ってください。そしてスケールしないことをできるだけ長く続けてください。

それが Y Combinator のことを色々調べてきた私の今現時点で言える、最良のアドバイスではないかと思います。

参考文献

--

--

Taka Umada
Startup on Rails (仮)

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein