純肉プロジェクトShojinmeat
2003年からあるMITの合成生物学コンテストiGEMなどに始まりこの数年で一般的なアイデアになってきたオープンサイエンスやDIYバイオのムーブメント。渋谷のFabCafe MTRLでも、Fabと食をつなげるような活動が活発に行われている。
筆者が参加したワークショップを運営するShojinmeat Projectは、動物を殺さないで作れる純肉(クリーンミート)の培養を目指して研究開発や広報・コミュニケーション活動を進めている。門戸を広く開いてオープンサイエンスにも注力できるよう、NPOと異なる独自のプロジェクト体制を敷いている。
発起人の羽生氏はSigularity Universityにも日本から参加している稀有な人物だ。
細胞培養全般について
スタッフによるセッションが順番に始まる。まずそもそも細胞とはどんなものかという話、それから細胞培養の歴史について。
シュライデンによる植物細胞(1838)、シュワンによる動物細胞の観察(1839)にはじまり、リンゲル液(1882)や抗生物質(1928)、Hela細胞(1951)そしてiPS細胞(2006)に至るまでの細胞生物学上の重要な理論・技術革新の流れを早足で追う。
続いて次の解剖のセッションのブリーフィングとなる。
解剖する
大雑把に言うと細胞からできた組織が個体を構成するとするのが細胞説だ。細胞からできたそれぞれの組織に対する実感を持とうということで、発生中の鶏卵の解剖を体験する。
映画の『Babel』には、鶏の首を折って殺す異国の見世物に小さな子供が衝撃を受けるシーンがある。ワークショップ参加者はというと、もちろん遊びで解剖するわけではないので、はじめに幾つかの条件に同意する。犠牲になる生命に対する畏敬を失わないこと。それから自己責任で体調管理すること。こういったコミュニティで未来食に興味をもつような参加者はそもそも耐性があることが予想されるが、中には気分が悪くなる人もいるだろう。
解剖では、成長真っ盛りの12日めの有精卵を使う。見慣れた卵に似ているがしかし温かい卵を割ると、まず血が出てくる。そして膜に包まれた成長中のひなが出てくる。当たり前だが、動いている。突然なぜか卵の外に出てしまったひなは、恐らく状況を理解できていないだろう。苦痛を絶つべく、ピンセットを使ってなるべく早く断頭する。
切断した頭部から白い脳と真っ黒な眼球を単離する。さらに眼球の中にはとても美しい無色透明の水晶体がある。胴体、とくに心臓はこの段階でもまだ動いていることが多い。正中線に沿って切開して心臓、肝臓、胆嚢、腎臓、胃と単離して容器に並べていく。要領がよければ脊髄、腸、食道のような細長い部位も綺麗にとれるはずだが、全く慣れない筆者の技術では、雛の小さい体に苦戦しているうち、どこが何の部位なのかも全く分からなくなってしまいギブアップ。
細胞培養技術を使ったプロダクトのコンセプト
ランチ後のセッション。現在の細胞培養技術の目覚ましい成果は歯や髪の再生、網膜の再生などの医療技術だが、やがて日用品あるいはファッションのような自己表現にも細胞培養技術が応用されるだろうという。今のところシリコン製ではあるが、人皮トートバッグや機能性細胞衣服、人工タトゥーというコンセプトを受け入れられる人はどれくらいいるだろうか。
参加者によるブレスト
次は、「好きなもの」「困っている問題」「体のパーツ」をランダムに組み合わせて、何をどうやったら問題解決できるかを考えてみるというアイデアソン的な個人ワーク。
もちろん専門知識はないのでゼロベースだ。たとえば自分で書いたものから「コンピュータ」「肩こり」「ヒゲ」を選ぶことになるわけだが、ここからどういうソリューションがありうるのかは読者の想像力にお任せしたい。
四コマ漫画をかく
最後のセッションは、チームで四コマ漫画を交代で一コマずつ書くという、さらにハードルが高めのものだった。四コマ漫画はもちろん起承転結から成り立つので、左隣から回ってきたコマが起なら承を、承なら転を書いてつなげて右隣へ回す。筆者のチームは6人なので、これで6つの作品ができあがる。
漫画のテーマは(細胞培養のようなテクノロジーが実現する)「未来の学校生活」だ。筆者はフィリップ・ディックの描く学校生活を想像してしまったが、そんな必要はない。
筆者のグループの白眉は、左の女性二人から回ってきた未来の女子高生のおしゃれストーリー。これを崩さないために、絵心のない筆者はスマホの絵を書いてお茶を濁しすほかなかったのだが、なんと沖縄からやってきたという右隣の中1の女子学生さんが、筆者たちの手渡したアイデアを明後日の方向へ炸裂させ、見事にオチをもっていってしまったのだった。
Shojinmeatと細胞農業
後半はもはや細胞培養というよりはクリエイティビティのワークショップのようになっていたが、普段使わない想像力をかき立てて楽しむことができた。
参加者全員で頭を絞って突拍子もないことを考えてみたものの、目的の機能をもつ細胞を生み出すという技術では現実がSFに追いつき始めている。実例としては大腸菌によるインスリン産生、卵アレルギーの人のための卵、牛を使わない牛乳などなど。
筋肉細胞をリアクターで増やすクリーンミートの技術もこういった流れの中に位置づけられる。羽生氏が長年叫んでいることではあるが、最終的には宇宙農業への展開も目指すという。
培養肉は従来の食糧生産がかかえる自給率、ロジスティクス、環境、生物倫理といった諸問題が横たわる複合領域にある。みんなで大きな絵を描き続けるためにも、こういったワークショップによる広いサイエンスコミュニケーションで仲間を集める作戦は、うまくいっているのではないだろうか。