セキララでいられる距離

大工 中村武司

松木 直人 NAOTO Matsuki
TEKAZ BAKAZ CLUB
7 min readApr 1, 2017

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空色曲玉にはられた床を支える材の仕口

先日、名古屋で大工をやっている中村 武司(なかむら たけし)さんにお会いした。中村さんのことは高山建築学校のつながりで知っており、かねてから会って話を伺いたい人の一人であった。

中村さんは名古屋の3代目の大工で、代表的に取り上げられる仕事としては愛・地球博での「サツキとメイの家」がある。ジブリからの依頼を請け負う形で、中村さんは「親方」として工事の統括を行った。現在、ジブリの機関誌「熱風」ではあれから十年ということで職人にまつわる記事を連載している。また、中村さんは「職人がつくる木の家ネット」に所属しており、伝統工法で家を作る取り組みや勉強会などを精力的に行なっている。

そんな中村さんが手がけている、施工中の新築物件、建築家の事務所・自邸、「あじまの家」、「空色曲玉」を見て回りながら、仕事について、大工について話をお聞きした。

建築家Y氏の自邸

大工を職業としている人にじっくりと話を聞くことは、建築を学び始めて6年目にして初めてである。大工は建築を建てるということに関しては本丸とも言えるような職業であるとおぼろげながら感じている。その上、”伝統的な技術による建築”というイメージも上乗せされる。しかし今回見してもらった仕事の大半は、おおよそ伝統と言われるような型にはまるような仕事ではなかった。むしろ伝統的な技術の中にある展開性が存分に発揮されていた。

建築家Y氏の事務所天井
古民家の張り直された天井

例えばこの写真。既存の小屋組に対して、それを縫うかのように材が張り巡らされている。とても細やかな仕事だ。その上材の間に小さく隙間が空いている。釘打ち機を用いては材が一発で留まってしまうため、この隙間は作れないそうだ。釘で仮決めをしながら、少しずつ調整していくことで、ようやく均整のとれたラインが浮かび上がる。中村さんはそのために釘を千本近く”手打ち”したそうだ。
しかしそれを物語る表情はとても楽しそうだ。想像してみる、確かに楽しそうだ。単なる作業に陥らない、”新しい材”と”昔からあった材”が応答した時間の痕跡が残されていた。

この天井は材の上にシートを貼り、軒先まで雨を逃がすようにしたということであるが、それに加え中村さんから話があった。
「雨漏りしない家と、する家どちらが良いか?」
当たり前に考えればしない方が良いに決まっているが、建築の防水機能というのは無限に続くものではない。つまり長期的な視点で言い換えると、
「雨漏りの見えない家と見える家どちらが良いか?」
という問題になってくる。現在の住宅では内装に雨の染み出さない加工がなされていることがあるという。そうすると雨は室内に垂れるのでなく壁に侵入する。気づいたときには壁は傷み、腐る。一方、雨漏りが見える家は良くも悪くも屋根から室内に垂れてくる。いつまでも垂れっぱなしでは困るかもしれないが、そのときは桶でしのぎ、酷ければ職人に頼むか自分で直せばよいのである。問題箇所が見えているならそれはさほど難しくないことである。

これは建築と生活の距離感の話であるとうけとめた。現在後者が奨励されないのは当然といえば当然である。我々の住む家では、雨漏りの対処する技術も修理する材料も、相談する相手すらとても遠い距離にある。クラックの場所を突き止め、FRPやシーリング材などを買ってきて直す人は少数であるし、気軽に相談できる知り合いの職人はいない。そんなものである。料理をつくるような感覚の延長にもはや建築はない。しかし家をながく使いたいのであれば、見える方が理想的である。その距離感でいられる世界が現代において現れたならば、建築は少しだけ生活の中に取り戻されるものとなるだろうなと夢想する。

話を冒頭の写真につなげる。「空色曲玉」はおよそ3層分の高さを持つ木造の米蔵を改装した、オーガニックカフェ兼イベントスペースである。料理はかなり美味しい。かなりオススメである。(2020年現在閉店)

ここの上層に床を新たに張ったのが中村さんの仕事である。床というのか、木造の存在感がありながらも、”空間を張った”ともいえるような軽妙な様子がそこにはあった。
冒頭の写真には、床板を支える梁をさらに支える2本の材が見られる。この材は米蔵の大黒柱を挟み込むような形で取り付けられているが、さらにそれを鼻栓によってガッチリと固定している材がその間に見られる。写真では捉えられていないのを後悔しているのだが、この真中の材と二本の材の間には多少の隙間が見られる。これは将来的に木材が乾燥収縮を起こした際に締めなおすための隙間だそうだ。
そこには建築をはじめから長期に渡って”診ていく”という態度がある。態度が形としてある。メンテナンスが保証されているということは聞くことかもしれないが、なにかそれ以上の安心感を私はそこに感じた。この距離感があるだけで、グッ!と建築は親身なものになる。

浮遊感のある階段
空色曲玉外観

最後に車の中で、中村さんが今度の改築の話をしてくれた。祖父が大工であった人の建物を改築する仕事で、その建物が祖父によってすでにアチコチいじられているらしい。その過去の仕事のハチャメチャさを、興奮して話している中村さんを見ていたら、私もなんだか楽しくなってきた。正直、その興奮を生で味わえたらどんな景色が見えるのだろうかと思う。有名無名に限らず先人の仕事を読んで、ほくそえみたい。

あじまの家:学生と一緒に改築を行ったこの家でも、中村さんは探偵のように家の履歴と作り手の心を読み取っていた。
(詳しくはhttp://q-labo.info/meijo/020_project/000394.php)
まな板を転用した取っ手

方方への、「大工の中村です。」という挨拶は爽やかで親しみやすくて、どこか頼もしい響きであった。

・中村さんの経歴について詳しくは
(http://kino-ie.net/interview_021.html)
・サツキとメイの家について
(http://kino-ie.net/genba_021.html)
・「熱風」
(http://www.ghibli.jp/shuppan/np/)

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