検索もレコメンドも引っかからない

カオスと誤配が「出会っちゃいけない」ものを届ける

とある日のナガヤプロジェクトの様子。こういうの見ると、大人ってみんな井戸端会議が大好きなんだなーって思います。

昨日のナガヤプロジェクトにて。手前はシーシャ(水タバコ)しているダメな大人たち。3号室の図書館「おとなり3」ではプラバンアクセサリー作家のずっこさんの展示「ずっこてん!2」をやってます。

その奥の4号室「四つ葉」ではネイルサロンと、ベビーアート教室。

さらに今日は出版社づくりの勉強会をしたり、

子ども向けプログラミング教室がスタートしたり、手食体験したり、今後は誰だか知らない人の胎児エコービデオ鑑賞会をしたりします。

はっきり言って、カオスです。営業的には見事なまでにシナジーが起きてません! むしろ反対に営業機会を逃してる。ずっこてん!に来ようとしたら、その前に明らかにカラーの違う大人がタムロしてて、そこを抜けなきゃ会場に行けない。怖いと思ったのか、そのまま帰っていく人すらいました。

でも、そこで目的のものとは違うものに、ひょんなことから「間違って触れてしまう」って、すごく大事なことじゃないかと思うんですよね。

キュートなプラバンブローチを見に行ったつもりが、水タバコにハマった。いいじゃないですか。逆に水タバコ決めるつもりがプラバンという世界を知る。それが相互理解だと思うんですよね。

結局、定期的にシーシャ会をすることになりました。まずは月に1回くらいからゆるーく。

アルゴリズムの発展によって、なんでも事前に「レコメンド」してくれる世の中になりました。あなたが好きな本はこれでしょ? 好きな音楽はこれでしょ? その精度が大変高い。それはそれでとても素敵なことだと思うのですが、たまには出会っちゃいけないものが出会う、出会わないはずのものが出会う。そういう場があったっていいじゃないですか。巷(ちまた)っつーんですかね。ストリートってのはそういうことだと思うんです。

そしてインターネット、ウェブの世界にはない「場」の魅力というのは、一言で言えば、検索やレコメンドでは引っかからないものに「引っかかってしまう」という、まさにその点にあります。
 
プログラミング教室に連れていきたい親からすれば、大人が水タバコしてる絵はあまり気持ちいいものではないかもしれない。でも、いいんです。違うものが少しずつ触れ合う。そんな場所がないと、情報ばかりじゃ、世界が痩せちゃうじゃないですか。

無駄だ有害だで削っていってしまうと、どんどん遊びの領域がなくなる。自由はそうやって減っていきます。

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